罪と罰
貨車の上で寝転がりながら
生還を喜び笑うロインに、
ミザリーも自然と笑顔がこぼれていた。
〝催眠〟による心の中の真実は
気になるものの、
今は表面上に出てきているものではない。
だが、もしもこれから先そのようなことが
起きるようだったらと思い
何か対策をしなければな、と考えていた。
「本当にお疲れさまでした
ロインさん。
よろしければこの後にでも
褒章伝達式に参加してもらえたら
うれしいんですが……」
「へへへへッ、こうやって五体満足で
姉ちゃんのところに帰ッてこれた、
それだけで俺は十分──あッ!?」
ゼクルヴィッスと会話していたロインは、
突如起き上がると貨車を見回した。
「おッさんは!?
俺がここに、
姉ちゃんとこに無事に帰ッてこれたのは
おッさんのおかげでもあるんだよ!!
おッさんは無事か!?」
「トルションさん、ですか……」
ゼクルヴィッスは言いよどむと、
今いる貨車の後ろを指で示した。
「今、応急処置をしています。
ですが傷が深く、
どこまで持つか……」
ロインはその説明を聞き終える前に
立ち上がると、
ゼクルヴィッスが指さした方向へと走り出した。
「あやつ……
トルション殿に
助けられたのだな。
では余も礼を述べに行かなければ」
ミザリーもそのあとに続いて歩み寄ると、
そこでは血をいまだに流しながら
背中を縫われているトルションの姿があった。
「おッさん!!」
ロインの呼びかけに
トルションはわずかに身じろぎした。
「ちょっと、
動かんでください!!
今動いたら本当に死にますよ!?」
背中を縫っていた自警団員が
トルションをなだめるように
声をかける。
「声聞かせるくらいはいいか?」
「あなた誰です?
今は無理をさせられん状況です、
時間を取らせんでください!」
医者らしき自警団員は
邪魔をするなというように
ロインを追い払おうとするが、
トルションがうめき声をあげて
問いかけた。
「そこにいるのは……
お兄さん、ですか……?
無事に、戻れたようで、
何よりです……」
「あまりしゃべらんでください!
出血がひどくて体力を消耗してんです!」
「それでも……
言いたいことが、あるんです……
お願いします……」
トルションの懇願に
自警団員はきっと口を一文字にして
きつく言い含めた。
「……30秒です、
それ以上話すことは
許可できません」
「それで……
十分です……」
トルションがその答えに満足した声を出すと、
自警団員はロインを見た。
「というわけです、
話すなら手短に」
「ああ」
ロインがしゃがみこんで
トルションの耳のそばに顔を近づけた。
「おッさん、
大丈夫か」
「わはは……
この程度、蚊に刺された、くらいですよ……」
トルションの顔はうつ伏せのままで
見えないが、
その声には苦痛の色がにじんでいる。
ミザリーは、
もしかしたら彼はもう持たないかもしれないと
思ってしまった。
「おッさんが仕留めたあの野郎、
虫の息だッたがなおも追ッてきてな。
きッちりとどめ刺してきたぜ」
「ああ……
お兄さんに手間を……
かけさせてしまいましたね……
でも仕留めてくださり、
ありがとう、ございます……」
大きな息をついて
トルションは安心したように
ぐったりとする。
その様を見てまずいのではないかと思った
ミザリーだったが、
ロインはさらに続けた。
「でもな、
俺たちはもう帰らなきャならねェ。
だからおッさんがくたばッたら
カミナガッてやつだッたか、
あいつの墓は誰も作ッてくれねェぞ。
それが嫌ならまだ死ぬんじャねェ」
そう告げたロインは、
腰から提げていた血の付いた
布でくるまれた何かを
トルションのそばへと置いた。
「わはは……っ、
それは、生きていなきゃあ、
なりませんなぁ……
重ねて……ありがとう、ございます……」
トルションは再び活力を
取り戻したかのように
大きく息を吸い込んだ。
「余も彼に話したいことがある、
一言だけいいか?」
ミザリーがロインの肩をたたき問いかけると、
「わかッた」と頷いて横にずれた。
「トルション殿、
余の連れを無事に連れ帰ってくれたこと、
心の底から感謝する。
そなたも必ず生き残ってくれ」
「この声は、
お姉ちゃんですか……
わはは……
若いの2人から、
頑張れと言われたら……
やるしかない、ですね……」
トルションの声には明らかに
活気が戻り、
体は大きく息をしているように上下している。
「そろそろ時間です!
もう話さないように」
自警団員に制止されて
ミザリーたちはトルションのそばを離れる。
だが、何となくではあるが
トルションはもう大丈夫だという
確信がミザリーにはあった。
ロインと何があったのかは知らないが、
そこに彼が生きる希望を見出したのだろう。
「……よかったな、お前」
「うん?なにが?」
「お前が話しかけたことで
トルション殿は
生きる希望を持ったようだ。
それは立派なことだぞ」
「そうかな?
でも、ありがとう姉ちゃん!!」
ロインは満面の笑みで答える。
……これが血まみれでなければ
きちんとした画になるのだろうが。
しかしとミザリーは自分の姿を思い返す。
一方的に殴っていたようにも思えるが、
その分殴り返されたようなものなので
体は痣だらけである。
そう考えれば今の2人は
似た者同士だと思い、
思わず笑いがこみあげてきてしまった。
「ふふっ……!」
「どうしたの、姉ちゃん?」
「なに、余とお前は似ているなと思ってな」
「似ている……かなァ?
姉ちゃんは美人だけど
俺はそこまでではないしな……」
ロインが首をかしげていると
機関車は町の上を走る線路に差し掛かり、
街を一望できるところだった。
そこにゼクルヴィッスが
歩み寄ってくると、
街を眺めながら笑った。
「いい景色でしょう?
炭鉱を走る機関車に一度
乗せてもらったことがあるんですが、
ここからみえるのが絶景で
今でも目に焼き付いてるんです」
「確かにこの景色はすごいな……
町で一番高い建物の蒸気供給所も
下に見えるぞ!」
「はァ~……!
ここからの見晴らしは
確かに最高……ん?」
ロインは何かに気付いたようだったが、
その時ゼクルヴィッスが深々と頭を下げた。
「お2人のご協力のおかげで
この町を守ることができました。
今回の指揮官として、
心より感謝申し上げます」
「成り行きで参加することになってしまった
ことだったが、
結果的に上手く収まってよかった」
「あれ?
でも姉ちゃん、
俺たちゼクルヴィッスの罪が
どうとかだからそれを
何とかしに来たんじャ……」
ミザリーとゼクルヴィッスは
黙り込み──
『ああっ!?』
忘れていたというように
2人は同時に声を上げた。
「どうすればいいのだ……?
魔法のことに関して知っているのは
誰だ、えーっと……」
「トルションさんと……
そうだ、カビネーがあの場にいましたね!」
ミザリーたちが慌ててカビネーの姿を探すと、
キヅクとキヅクの兄のそばに立つ
カビネーの姿を見つけた。
「おお、そこにいたか!!
カビネー殿!!」
「……んおっ?
俺スか?
はい、なんでしょうか!」
こちらを尊敬のまなざしで見つめてくる
カビネーにまぶしさを感じながらも、
ゼクルヴィッスは昨日何が起きたのかを
説明した。
「──というわけだ、
俺は自分の意志で父を殺した。
今回の指揮を任されなんかしたが……
俺はそんな奴なんだよ」
「そうだったんスか……」
「……えらく淡泊な反応だな?」
ミザリーがカビネーの反応に
疑問を感じると、
カビネーは姿勢を正して答えた。
「確かにゼクルヴィッスさんは
お父さんを自分の目的のために
死なせてしまったかもしれないス。
でもその事実はおそらく、
誰も知らない方が幸せな結末に
なると俺は思うんス」
カビネーはゼクルヴィッスに視線を向けると、
その目線に強い意志を含ませた。
「その結果ゼクルヴィッスさんが苦しむ結果に
なるとするんなら、
おそらくそれがすでに罰になっていると思うんス。
生き続ける限りずっとその罰を受け続ける、
そしてお姉さんを救い続けることが
貴方への罰なんだと俺は思うんス」
「……そなた、存外達観した考えを
持っているのだな……」
ミザリーは意外な顔をカビネーに向けた。
ゼクルヴィッスはしばらく顔を伏せていたが、
やがて顔を上げるとどこか決意を固めた
顔をしていた。
「……そうか。
カビネーがそう思うんなら
俺はその罰を受けようと思う。
真実が明かされることが許しなら、
それを隠し続けて生きる罰を、
俺は受けます」
「……あくまで俺の考えスけどね!」
カビネーは笑い、
ゼクルヴィッスは決意を固めた顔で
深く頭を下げる。
ミザリーはそんな償い方もあるのかもしれないと知り、
ゼクルヴィッスとランシエーヌの未来に
いつか幸が来ることを祈った。
ミザリー「それにしても体が痛い……
もらった服も血でまだら模様だな……」
ロイン「帰る前にもう一度青い店に行ッてみる?」