〝化け物〟たちの最期
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ロインはミザリーがこの場を離れたことを
確認して安堵のため息をついた。
あとは目の前にやってきた
化け物と化したリョーヤという男を
どうするかということだった。
「ぶッコロすとは言ッたけどなァ……
剣でぶッ刺して槍で貫かれて
なおもくたばらねェやつを
どうコロせばいいんだ……!?」
ずるり、と体を這わせながら
降り立ったリョーヤ──否、化け物は
通常なら明らかに生きてはいないだろう傷を
負っていた──
いや、もう1つ気になる点がある。
体中に何か〝黒い手〟のようなものが
まとわりついているのだ。
両手、両足、胴体、頭。
体のありとあらゆる場所を〝黒い手〟が
無理やりに動かしているように見える。
その様にロインはおぞましさを感じた。
「オォォォォォォォ前ェェェェェェェェ
殺スゥゥゥゥゥゥゥ!!!
〝神〟カラ力授カッタァァァァァァァァ!!
オ前殺スマデェェェェェェェェ
体動カセルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
オレノ剣ヲォォォォォォォォ
返セェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」
「いい加減にしやがれてめェ!!
そんな剣へし折ッた記憶なんざ
俺にはないッ!!」
ロインはそこまで言ったとき、
裏路地で襲撃された時のことを
思い出していた。
確かにあの時
衣服の入った袋に当たって
剣がぼっきりと折れた男がいたが、
それは明らかにこちらのせいでなく
向こうがずさんに斬りつけたせいで
剣が耐えられなかったのだろうと考えている。
つまり原因は男の方にあり、
ロインに因果は何もないはずなのだ。
「俺が折ッた?
てめェの不注意でへし折ッたくせに
俺に押し付けようとしてんじャねェよ!!
全部てめェの身から出た錆だろうがッ!!」
「ダァァァァァァァァマレェェェェェェェェェェ!!
オレノ剣ヲォォォォォォォォォ!!!」
いきり立って化け物は
ロインに向かって襲い掛かってくる。
その動きに合わせてロインは横っ飛びに避けると、
その背後には熱く焼けた火室の扉がある。
化け物はそこへもろに突っ込むと
機関車に大きな衝撃が走り、
火室の熱によってその顔が焼ける音がした。
「アバァァァァァァァァァァ!!!」
「姉ちゃんがそこで肉を焼いていたの
見てたからな!!
目ん玉丸焼きになッちまえ!!」
ロインの目論見は上手くいったらしく、
化け物は目元を押さえてうめき声を──
「ア゛ァァァァァァァァァァ!!」
「うォッ!!?」
予想が裏切られることとは多いらしいが、
まさか目をつぶしてもなお
こちらを正確に狙ってくるとは思わなかった。
ロインはまさかと考える、
この化け物の体はすでに自力では動いておらず、
今は〝黒い手〟がすべての感覚器官をつかさどって
いるのではと想像した。
「だとしたらヤバいな……
目をつぶしてすげェ速さで走っている
キカンシャの下にでも放り込んだら、
仕留めるついでにキカンシャも
転ばせられるんじャないかと
思ッたんだけど……!!」
予想が外れてどうするべきか
一瞬考えたロインは、
化け物に刺さったままの剣を見つけた。
トルションが弾き飛ばされたときに
剣を離してそのままだったのだろう。
しかし化け物もその視線に気づいたらしく、
顔を腹に向けると
剣を引き抜いて苦悶の声を上げた。
「ウゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァッッ……!!
オ前ェェェェェェェェェ、
殺スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
「あッ、チクショウ!!
剣に目なんて向けるんじャなかッた!!」
そのまま剣を振り回し始めた化け物に
ロインはただかわすだけが精いっぱいになった。
機関車中を傷つけまわり、
あちらこちらに裂け目ができていく。
「おかしいだろおいッ!!?
どう考えてもこのキカンシャッてやつ
金属製じャねェか!!
なんで剣で裂け目なんかできるんだよ!?」
ロインの叫びは金属同士のこすれ合う
けたたましい音にかき消されて
霧散していく。
しかし剣の方も無事ではなかったらしく、
ついにボキリと音がして
根元から折れて床を跳ねると、
そのまま外へと転がっていった。
「アァァァァアアアアアアァァァァァ!!!
オ前ノセイデッ……!!
オ前ノォォォォォォォォォォッ!!!」
「それすら俺のせいかよッ!!」
いい加減決着をつけなければ
まずいと思ったロインは、
化け物の足元の床に
先ほど剣で作られたらしい
大きな裂け目ができていることに気付いた。
その裂け目は完全に貫通しており、
すさまじい早さで流れていく地面が見える。
──それを見たロインは
うまくいくかもわからない、
だが何もせずにこのままで
いるくらいならと、
一か八かの賭けに出ることにした。
「いや……確かに、俺のせいかもなァ……
お前の剣をへし折ッたのも、
今持ッていた剣がガラクタと化したのも。
すべては……俺のせいだなァ!!」
化け物はロインの言葉に、
もはや言葉にならない叫び声をあげながら
突っ込んでくる。
ロインはその突進を紙一重でかわすと
化け物の立っていた場所に仁王立ちになった。
「さァ来いよ!!
そのちんたらした体で
俺の剣でも取ッてみるか
ぼろきれ野郎!!」
煽りに反応した化け物はロインに向かって
とびかかってくる。
ロインはその動きに合わせて
腰の剣を抜くと、
のしかかられる寸前で
右へと飛ぶ。
化け物がそのまま床に倒れこむと、
ロインは火室の扉を足場にして
化け物に襲い掛かった。
「そんなに剣が欲しけりャあよォ!!!
俺のこの剣くれてやるッ!!!」
ロインは渾身の力を込めて
化け物に剣を突き立てると、
そのまま全体重をかけて深く、
深く突き刺した。
「ヴァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「うるッせェ!!
剣を返せというから
くれてやッたんだろうが!!
文句垂れるんじャねェ!!!」
深く突き刺さった剣は床に空いた
裂け目を突き抜けて地面に届いたらしく、
やがて激しく暴れ始めた。
「うォッ!!
どうやら目論見通り──」
その瞬間、
機関車が激しく揺れた。
どうやら突き刺さった剣が地面をこすり、
化け物に突き刺さって抜けなくなったことで
地面に乗り上げるような形に
なりかけているらしい。
「アヴァァァァァァァァァァァ!!!
アアアァァァァァァァ……
ア……最強ノ剣ガ……
オレノ、モトニ……」
機関車に引きずられても
びくともしないロインの剣に、
どこか満足したような声を上げながら
化け物は静かになっていった。
「気に入ッてくれたみたいで
よかッたぜ!!
……俺も脱出しないと!!」
機関車は激しく揺れ始め、
今にも線路から外れそうなほど
ガタガタとしている。
ロインは機関車の横っ腹に張り付くと、
全力で手と足を動かして
先頭へ向かう。
その際に何度も機関車に激しい衝撃が走り、
いよいよ線路から外れる時が近いことを
感じさせた。
「うォォォーッ!!!
もッと急げ俺ェ!!」
「──おい、あそこに見えるのって……!!」
耳に届いた声に前を向くと、
最初に乗ってきた機関車の貨車が
見えてきた。
すでにロイン以外の全員が
戻ったらしく、
こちらを見る何人もの人影の中に
ミザリーの姿も見えた。
「お前ぇーっ!!
急げ、
なんだかキカンシャの様子が変だ!!」
「わかッたァーーッ!!!」
機嫌の悪い猛獣のように
身を震わせ続ける〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟の
先頭までようやくたどり着いたロインは、
眼前の貨車を見据える。
「早く飛んでください!!
なぜかは知りませんがその機関車、
今にも脱線しそうになってますよ!!」
ゼクルヴィッスの声に
ロインは大きく息を吸い込み、
目の前の貨車めがけて大きく飛んだ。
その瞬間、
〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟が大きく跳ねて
獲物に襲い掛かる大蛇のように
ロインの背後で飛び上がった。
ロインはただひたすらに手を伸ばし、
ゼクルヴィッスがその手を取ろうと
体を伸ばす。
──そしてロインの手がゼクルヴィッスに届き、
2人はもんどりうって貨車に転がった。
「あ痛ァッー!!」
「うおあっとぉ!!」
そして獲物を逃した〝ブルゴーニュ・アレゲニー〟は
その勢いを失うと
こと切れた様に失速し、
ひときわ大きな金属音を響かせると、
線路を外れて海へと、すべてを道連れに
すべり落ちていったのだった。
貨車に倒れこんだロインのもとに
傷だらけのミザリーが歩み寄り、
涙を浮かべた目を向けると
笑顔を浮かべる。
「よく戻ってきた、偉いぞ……」
ロインも疲労が積み重なった
体をもたげ、
同じく笑顔で答えるのだった。
「……ただいま、姉ちゃん」
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ゼクルヴィッス「あ痛たた……頭打っちゃった」
カビネー「はぁ……っ、お2人とも
冒険活劇みたいなことしてましたね……」