償いのために〝生きる〟
「はぁ……はぁ……
いい加減に、あきらめたら、どうだ……?」
「ぜぇ……ぜぇ……
ははっ、てめぇには、
わからないだろうなッッ……
〝教会〟に楯突いたら、
どうなるのかッッ……!!
だから俺たちはッッ、
やらなくちゃならないんだッッ……!!」
ミザリーと男の〝殴り合い〟は、
お互いにボロボロになってもなお
続いていた。
もはや顔には痣や出血がない場所が
ないのではと思えるほどに傷つき、
ミザリーの足もがくがくと震え始めていた。
途中でキヅクが兄を説得しようと
声を張り上げることもあったが、
それでもなお男は屈することなく
頑なに抵抗している。
「はぁ……その〝教会〟とやらとも
話をつけると、余は言っているのに……
なぜ拒否する……!」
もう何度目かのやり取りの後、
男はせせら笑いをして言った。
「ぜぇ……
ははッッ、
そんな御大層なことはな、
〝神〟を殺せるほどの力を、
手にしてから言いなッッ……!」
ミザリーはその言葉に、
ゼクルヴィッスが持っていた槍の名前を
思い出す。
「はぁ……
〝神殺しの槍〟というものが、
あったなら……
貴様は投降するか……?」
「ぜぇ……ははッッ
そんなものが、存在するならなッッ……
だがあったとしても、
俺はもう抜けられねぇよッッ……
この手でどんだけの人間を
手にかけたと思ってるんだッッ……!!」
男の声には強い後悔の念がにじみ出ていた。
ミザリーはこの男の手がすでに
血に染まっていることを理解する。
だが、後悔している今ならば
まだ戻ってこれる好機は
必ずあるとも考えた。
「はぁ……はぁ……
それならばキヅク殿の元へ
余らが〝連れていく〟。
……そなたはまだ戻れる立場にいるはずだ、
後悔しているのなら、
そなたはまだ正気でいるはずだ……
罪は、犯したのなら、
償い続ければいい……
余の知っている者にも、
罪を犯したが生きていこうと
決意したものがいる。
帰る場所があるからと、
罪を償おうとしている者がいる……
そなたはまだこちら側の人間だ、
絶対に超えてはならない境界線に
足をかけているが、
踏み越えてはいない……!
戻ってくるのだ!!」
ミザリーは信じられないといった顔をした男に、
もう一言を付け加えた。
「はぁ……!
命を奪うことを強要するような〝神〟ごとき、
この魔王が滅ぼしてやろう……!
だから、そなたは妹の元へ……
キヅク殿の元へ戻るのだ……」
掴み上げていた胸ぐらを離し、
肩に手を置いたミザリーは
蛇足とは思いつつ頭を下げた。
「説得するためとはいえ、
そなたをここまで傷つけてしまい
申し訳ない……」
「……ははッッ」
男は乾いた笑いをすると、
ミザリーの頭をこつんと叩いた。
「ここまで痛めつけておいて……
説得じゃあないだろうがッッ。
こういうのは脅迫っていうんだぜッッ……!」
「うっ……全く持って、その通りだな……」
ミザリーがその言葉に
どうされても仕方がないと
観念していると、
男は再び笑い出す。
しかしその笑い方は
今までのような馬鹿にしたものではなく、
どこか晴れやかなもののように感じた。
「ぶぁっはっはっはっ!
そんな言い方して、くれたのは……
あんたが、初めてだ、よッッ……」
そう言いながら、男は前のめりに倒れこむ。
ミザリーが慌てて支えると、
男は小さな声で言った。
「ありがとうよ、魔王さん……
俺は駄目だったけど、
けりつけて……
キヅクを助けてくれ……」
「何を言う。
これからはそなたが
キヅク殿を守っていくのだから、
辞世の句のようなことは言うものではない」
「それは……確かにその通りだなッッ……」
男に肩を貸して前の客車に帰ろうとすると、
ロインが号泣しながらミザリーに
抱き着いてきた。
「姉ぢゃぁぁぁん゛!!
だい゛どょゔぶぅぅぅぅ!?」
「あびゃっ!?
鼻水だらけじゃないか!
そのまま抱き着くんじゃないぞ、
ちゃんと拭け!」
「ゔん……」
鼻紙を取り出してかみながらも、
ロインはミザリーの体を気遣う。
「姉ちゃん、
こいつが『俺の視界範囲内すべてのやつに
負傷が返ッていく』ッて聞いたから、
俺たちが見えないように
ずッとこいつの目の前に立ッてたんだよね!?
でもそのせいで姉ちゃんがァァァァ~!!!」
再び号泣を始めたロインに、
そこまで考えてはいなかったとは言えないミザリーは
半笑いで返した。
そこにもう待っていられなかったのか、
キヅクが駆け寄ってくる。
そして男を気遣うように顔をなでた。
「兄貴ぃっ!!
こんなボロボロになるまで……」
「すまなかった、キヅク殿。
余もここまでするつもりはなかったのだが
まさかここまで粘られるとは……」
申し訳ないという顔で
頭を下げるミザリーに、
キヅクは「そんなことないよ」と
顔を上げるように促した。
「確かにここまでボコボコに
されるとは思わなかったけどさ、
それでも兄貴を説得してくれて
ありがとう……
あたしはできなかったことだから……」
「余の予定では
拳で語るなどとはいかずに、
言葉で説得する予定だったのだがな」
笑いあいながら語らうミザリーたちのそばに
トルションが近づいてきてロインに歩み寄る。
「いやー、何が起きたのかさっぱりですが
うまくことが収まったようで何よりです!
……ところで」
トルションはロインの耳元に顔を寄せて
こっそりと聞いた。
「あのお姉ちゃんがあの男を
殴っていたのって、
幽霊の仕業じゃないかって
ことになった時のいら立ちを
ぶつけていたんじゃあ──」
「馬鹿ッ!
姉ちゃんがそんな浅い理由で
人を殴るわけねェだろ!
そんなことは思ッても
口にするもんじャねェ!!」
「口にするなということは
少しは思っとるんですねぇ……」
しっかり聞こえていたミザリーは
恥ずかしさで顔から火が出そうになる。
せめて男の顔と同じ痣だらけで
顔が赤くなっていることが
わからないことを祈った。
何はともあれ二両目の客車を
攻略したということで
一両目に戻ろうとすると、
ちょうどゼクルヴィッスと
カビネーが戻ってきたところだった。
「ただいま戻りまし──!?
どうしたんですかその傷は!?」
ミザリーの様子を見たゼクルヴィッスは
肝を冷やしたのか、
顔を青くして駆け寄ってくる。
「うむ……
ローブの者たちの1人を
説得するために、な……
少しばかり傷を、
負ってしまったが……」
「少しばかりじゃないスよ!
足がくがくしてるじゃないスか、
どう見ても重症スよ!!」
カビネーの言葉にミザリーは
そんなに自分は見透かされやすいのかと
自分の体を見下ろす。
顔はわからないが
衣服のあちこちに血が飛び散っており、
足も隠しているつもりだったのだが
震えている。
──確かにこれは重症と見抜かれても
当然かもしれない。
「ああ……
確かにこれは、
意外と重症かも、
しれないな……」
一両目まで戻ってきたことで気が抜けたのか、
ミザリーは唐突に膝から力が抜けるのを感じ
その場に男ともども崩れ落ちる。
「姉ちゃん!!」
「兄貴っ!!」
ロインとキヅクの声が聞こえて
ミザリーはうつ伏せから
なんとか体を起こし、
問題ないとつぶやく。
「くそッッ痛ぇ……ッッ
倒れるなら倒れるって
言いやがれよなッッ……」
「ふふっ……
すまない、突然膝から
力が抜けてな……
そなたは大丈夫か?」
「頭ぶつけそうになって
ビビったこと以外は、
問題なしだッッ……」
その返答にロインとキヅクは
ほっとした顔をした。
「というわけだ……
余も問題ない。
だが、しばらくの間
余は一緒にはいけそうにないな……」
「大丈夫だよ姉ちゃん、
ここから先は俺が
解決してくるから!!
姉ちゃんのそばを離れるのは
心配だけど……」
ロインの不安そうな顔に
ミザリーは手を伸ばしてその頬に触れる。
「大丈夫だ、
余はどこにも行かない。
むしろお前が帰ってこないと
駄目だぞ……?
無事に戻ってこい」
「姉ちゃん…………ッ
大丈夫、俺は必ず無事に帰るよ!!
そして姉ちゃんと一緒に家に帰るんだ!!」
その返答に、
気が付けばミザリーも
自然と返していた。
「ああ……
一緒に帰ろう」
ゼクルヴィッス「勝手に突っ込むなって言ったじゃないですか!!」
ミザリー「す、すまない……」