客車~二両目~
開いた扉の先にあったのは、
どこか質素な内装の客車だった。
一両目が革張りの椅子、
高級であろう木材であつらえられた内装、
天井から提げられた豪奢な造りのランプで
あったのと比べると、
二両目の客車は布張りの椅子、
木目がやたらと協調された内装、
吊るされたただのランプと言った様子で
どこかごく普通といった印象を受けた。
「先ほどの〝客車〟と比べると、
なんだかここは普通だな……」
「うん、
さッきの〝客車〟がすごい金持ッてそうな
連中が乗るとしたら、
こッちはあまり金持ッてないやつらが
乗るようなところッて感じだね」
「客車の評価はいいですから。
それよりも何かあったり、
誰かいたりしませんか?」
トルションが不安げな声を上げて、
中の様子を伝えるように催促する。
「む、そうだった。
ふむ、見た限りではだれもいないように──」
ミザリーが一歩、
音を立てないように踏み込んだ時。
並んだ椅子の向こう側、
そこに誰かが座っているのが見えた。
「どうしたの──」
声を出そうとしたロインの口をふさぎ、
口の前で人差し指を立てる。
ロインはその意味に気付いたらしく、
後ろのトルションに耳打ちをした。
ミザリーがそのほかに何かないかと
周りを見回していると、
客車の奥、
ミザリーたちとは真反対の位置の椅子に
もう一組誰かが座っている。
すると背中をたたかれて
ロインがミザリーの耳元でささやいた。
「もう十分偵察はできたから
戻ろうッて言ッてるよ」
ミザリーはそれに頷いて足を後ろに下げようとした。
「ちょっと待ちなさいよ!!
ここまでやってきておいて
戻るとかどういうつもり!?」
突然車内に響いた声に3人はびくりとし、
どこから聞こえたのかと
客車の中を見回す。
するとミザリーたちとは反対側に座っていた
人影が立ち上がっており、すごんだ顔をしていた。
「普通ここまでやってくるのは
勇気ある人たちで!
足を踏み入れたのなら
そのまま進んで戦いになる!
そういうもんでしょう!?」
まくしたてる人物の声と顔に、
ミザリーは覚えがあった。
そしてそれがブルーマン・ショップから帰るとき、
襲ってきた3人組の中にいた女だと気付く。
「貴様は……、
あの時の者か!!」
「ふーん、
覚えててくれたんだ。
そうよね、
あれほどのことがあれば
忘れもしない──」
「すまないが
今はここまででな。
戻るぞ!!」
ミザリーは後ろの2人に
「後ろに下がれ」と手で合図すると、
そのまま後ろに向かって駆けだした。
「えっ!?
コラ!ちょっと待ちなさいよ!!
あたしの話を聞いて──」
客車の外に出ると
そのまま一両目へと戻り、
扉を閉めてロインが持っていた
手拭いで扉と内装を縛ってつなぐことで
開かないようにする。
「ちょっと!!
逃げないで戦いなさいよ!!
ここまで来ておいて……
あれ?開かない?
コラァ!!
何したのよ!!」
扉がガタガタと開けられそうになるが、
しっかりと縛り付けた手拭いが
錠の役割をしっかりと果たしていた。
「開けなさいよ!!
このぉ!!
……いい加減にしないと怒るからね!?
ここでいい所見せなきゃ
あたしはもうおしまいなのよぉ!!
兄貴に見捨てられたらぁ!!
あたしはもう駄目なのよぉぉぉぉ!!」
悲痛な叫びをあげながら
扉を叩き続ける女に、
ミザリーはなんだか憐れみを
感じるようになってきた。
彼女がなぜローブの連中と
つるんでいるのかは知らない、
だがこの様子を見る限り
兄貴とやらに騙されているかのように
感じてきてしまった。
「……こやつは敵なのだよな?
ローブの者たちに
間違いはないはずなのだが……
だが何というか、
助けてはやれないだろうか……?」
「そんなことを言われても
俺にはそんな権限はありませんからねぇ……」
「姉ちゃん、俺こいつを放ッておくのは
気が引けるよ……」
トルションとロインの困った顔を見ながら
ミザリーは何とかしてやれないかと思った。
もしかしたら戦う前に
こちらの意気をくじく作戦かもしれない、
こちらをだまし討ちしようと
弱弱しい真似をしようとしているのかもしれない。
だが扉を叩く勢いと、
聞こえてくる声に嘘はどうしても
感じられず、
ミザリーはどうしたものかと思いつつ
扉に近づいた。
扉から聞こえてくるのは
もう叫び声ではなくなり、
涙交じりの声と化していた。
「なぁ、そなた……
そなたはその、あにき、だったか?
その者に言われてそちらの陣営に
参加しているのか?」
ミザリーの声に、
扉の向こうの声はしゃくりあげながら
答えた。
「ぐすっ……ええっ?
違うわよ。
兄貴が〝教会〟に属してるから
あたしも同じようにやってるだけ……
兄貴が同じところにいようって
言ってくれてるから、ぐすっ……
あたしも……」
言い分を聞き、
ミザリーは意を決した。
偵察だけで済ますということだったが
この娘の兄貴とやらに一言言ってやらなければ
気が済まなくなった。
「ふむ、そなたの兄は
今一緒にいるのか?」
「……えっ?
いや、二両目の〝二等客車〟で待ってるけど……
その前にあたしと戦いなさいよ……
でなきゃ兄貴とは戦っちゃダメなんだから」
「それは一体、
誰が決めたのだ?」
ミザリーができる限り優し気に問いかけると、
扉の向こうの声が静かになる。
聞く問いかけを間違えたかと思ったミザリーだったが
扉の向こうの声が静かに答えた。
「……それは、
〝教会〟の上の人たちが……」
「そうか。
よく話してくれたな、
その〝教会〟とやらとは余が話をつけよう。
そなたが戦う必要はない、
そなたの兄に会わせてくれないか?」
「でも、そんなことしたら
あたしは兄貴に幻滅されちゃう……」
再び泣きそうな声で答える声に、
ミザリーはそんなことはないと答える。
「そなたの兄に会いに行こう。
もしかしたらそなたの勘違いかもしれない。
兄と言うものが妹をそんなに
粗末に扱うわけはあるまい、
余が話をしてみよう」
ミザリーは扉に結び付けておいた
手拭いを外し、
ゆっくりと扉を開ける。
そこにいたのは目を赤くはらし
へたり込んだ、ガタイのいい
青い服に身を包んだ少女の姿だった。
「先ほどは逃げてしまって
すまなかったな。
余はミザリーと言う。
そなたの名前は?」
少女はこちらを見上げながら
ゆっくりと口を開いた。
「あたし……
あたしはキヅク、
キヅク・アリタっていうの……」
「キヅク殿か。
よろしく、
これからそなたの兄と話をしてくる。
ここで待っていてくれるか」
ミザリーが手を差し出すと
キヅクはおずおずと手を差し出し、
そっと手を握った。
「……わかった。
ここで待ってる。
信じても、いいんだよね?」
「うむ、
こういってはなんだが
親しい者を亡くして
自暴自棄になっていた者を
なだめた前歴もあるぞ!」
ミザリーが笑うと、
少女も笑い返して手を強く握り返す。
襲撃された時のことを思い返して
あの力で握られたらかなり痛いかも
しれないと今になって後悔しかけたが、
握られた手は少女相応の力で
はかなげな印象すら抱かせた。
「よし、では行ってくるぞ」
「姉ちゃん、俺も行くよ!!」
ロインが後をついてこようとするのを
ミザリーはどうしようかと考えたが、
1つ思いついたことがあった。
「ついてくるのはいい。
だが手は出すんじゃないぞ、
あくまで余らは話し合いに行くのだ」
「わかッた!!」
少女をトルションに任せ
ミザリーたちは二両目の客車へと向かう。
「そういえば手前にはもう2人、
椅子に座ッてたよね」
ロインの一言にミザリーは頷いた。
「うむ。
あの者らが何かしてきたら
お前に対処してもらいたい。
頼めるか?」
「任せといてよ!!」
ロインの力強い返事に
安心感を覚えたミザリーは、
再び二両目の客車の扉を、
今度は大きな音を立てて開き、
叫んだ。
「頼もーぅ!!」
ミザリー「少し誇張表現だったか?」
ロイン「実際にできてるから大丈夫だよ!」




