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エッセイと短編

王弟殿下はウサギ令嬢の私をご所望です

作者: 桐城シロウ

 





「殿下ーっ!! 休んでください、ちょっと本当に! 次の予定、ありませんから! あっ!? そこのお嬢さん、ちょっと手伝って貰えませんか!?」

「えっ!? わ、私ですか……?」



 それはよく晴れた、麗らかな春の日のこと。クリーム色の地に植物柄が描かれた絨毯(じゅうたん)が敷かれ、淡いグリーンの壁紙が張られた廊下にて立ち止まる。このエオストール王国の王宮は煌びやかと言うよりも、上品で落ち着きがあって好きだった。柔らかな栗色の髪に、澄んだグリーンの瞳を持つシャーロット・オーウェンがぱちくりと何度か瞬いて、ぜいぜいと息を荒げている、書記官らしき男を見つめていた。そして、彼女が廊下の壁紙に溶け込むかのような、淡いグリーンのドレスを揺らして首を傾げる。



「あの、そちらは……?」

「殿下ぁーっ!! ほらっ、殿下の好きなウサギちゃんですよ!? もふもふ好きですよね!?」

「……もふもふだと?」



 ぴくりと反応して、その御方がこちらを向く。吸い込まれそうな、深い青色の双眸(そうぼう)がこちらを捉えていた。絹のような光沢を放っている髪は濃いブラウンで、磨き抜かれたアンティーク家具のよう。逞しく引き締まった体には王族らしくない、よれよれの白いシャツとズボンが……。呆気に取られて、その色気を漂わせている男性を見つめていると、形の良いくちびるを動かして「ウサギちゃん」とだけ呟く。



「えっと、はい。私、ウサギの獣人のシャーロット・オーウェンと申します……今日は魔術書庫務めの父に、」

「ウサギちゃんだ!!」

「良かった、休むと仰せだぞ!! ちょっと誰か来て、手伝ってくれ! このワーカーホリック殿下を寝かせる! 何としてでも寝かせる!!」



 よろよろと、“殿下”と呼ばれている御方が両手を上げて、「ウサギちゃんだ」と呟いてやって来る。ど、どうしよう? 少しだけ怖いかも? それに、シャツがはだけて胸元があらわになっている。ついうっかり、その逞しい胸元に釘付けになっていると、おもむろに抱き締められた。ふわりと、紙とインクのような匂いが漂ってくる。



「わっ!?」

「可愛い……!! 耳がふわふわしてる!」

「えっ? あ、あの? 殿下? えーっと、尻尾はやめてくださいね!? 耳だけ、耳だけでお願いします……!!」



 慌てて、縋りつきながらお願いをしてみると、「ああ、分かった」と呟いて、私の垂れた栗色の耳をふわふわともふり始めた。す、すごく至近距離で耳をもふってらっしゃる……。その優しい手にうっとりしていると、先程の方がふうと溜め息を吐いた。



「申し訳ありません、ええっと、シャーロット様……そのままバカ殿下を、違った、殿下を私室まで連れて行って欲しいんですが」

「えっ!? ですがその、大丈夫でしょうか!? たかだか子爵の娘がその、アルフレッド殿下の私室にだなんて、」

「大丈夫です! 何ならそのまま迫っちゃっても大丈夫ですよ! 女嫌いでもう大変で大変で……」



 女嫌い。そう、この齢二十八歳の王弟殿下は女嫌いで有名だった。大国の王女に言い寄られた時も、夜会で高級娼婦に言い寄られた時でも、無の表情で黙り込んでらした。「女なんかと結婚したくない」というのが口癖であり、同性愛者ではないのか、だから側近は見目麗しい者で固めているのかと、王宮は常にその噂で持ちきり。冷や汗を掻いていると、私の耳をもふもふしてらっしゃる最中の殿下が低く呻いた。



「ルイ……余計なことを言うな。もふって休むから」

「ええ、是非そうしてくださいませ!! あっ、シャーロット様? 獣人って確か、完璧にその姿になれましたよね!?」

「あっ、はい……ええっと、ですが、このドレスは魔術仕掛けでは無いので全て脱げてしまう、」

「じゃあ、私室で着替える形で! ご案内しますね!」

「えっ、えええええ……?」



 もふもふされつつ、戸惑う。すると、ふいに殿下が体を離して、こちらをじっと見下ろした。吸い込まれそうな青い瞳の下には、くっきりと、寝不足のである証のクマが浮かんでいる。野性味がありながらも端正で、色気のある顔立ちが台無しになっていた。そして、ひび割れたくちびるがゆっくりと動かされる。



「……私で良ければ、一緒に寝てくれないか?」

「へっ!? ええっ!?」

「すみません、今の殿下はポンコツなので……無視しちゃってください」



 ぎゅうっと両手を握り締められ、頬が熱くなってしまう。心臓をばくばくさせながら見上げると、おもむろにふっと微笑んだ。少年のような、無邪気な微笑みだった。でも、疲弊が滲み出ている。



「可愛い……もしかしたらこれは、一生懸命公務を頑張っていた私へのご褒美かもしれないな。君は神様が遣わしてくれた天使なんだ、きっと」

「えっ、ええっと、あの、違います! 眠った方がいいですよ!? 早く!」

「言いますねぇ、結構。こちらです! ご案内します!!」



 やたらといい笑顔のルイに案内され、殿下の私室に辿り着く。えっと……どうしよう? あまりにもばくばくする心臓を押さえていると、あれやこれやと言う間に侍女が呼ばれ、ソファーの上にふかふかの枕と毛布が設置され、二人きりにされた。ぱたんと、扉が閉まる。み、未婚なのにきっちり閉められた……。涙目で扉を見つめていると、背後で殿下が「さて」と呟く。



「じゃあ、私と一緒に寝ようか。ウサギの姿に戻ってくれないか?」

「ふぁ、ふぁい……戻ります」



 ご命令とあらば戻ろう。そもそもの話、女嫌いの殿下だし。きっと何も起こらないはず……たぶん。そろそろと靴を脱いで、こちらを凝視してくる殿下に「あ、あの! 後ろを! 向いてください、お願いします!」と頼み込んだあと、お腹に力をこめて、ぽんっとウサギの姿に戻る。



(あっ!? 大丈夫かな? 下着、見えてないかな……)



 ばさりと床に落ちたドレスの上に乗って、ふんふんと前足でドレスを引っ掻いていると、突然後ろから抱き上げられた。



「わっ、わあぁっ!? あの、殿下!?」

「すまない……意外といい体をしていた。可愛い」

「いっ、いい体……」



 それはそうでしょう。何たって私はふわふわむちむち毛皮の、垂れた耳がチャームポイントのロップイヤー! でも、この間、お菓子を食べすぎたせいかちょっとだけ太ってしまい、むちむち感がいつもより増している……。



「うっ、うう……でも、肋骨にはまだ触れるでしょう!? 殿下!」

「肋骨? ああ……大丈夫。ちょっとぐらい太っている方が、むちむちふわふわしてて可愛いよ。触り心地がいいし」

「さ、触り心地……でしょう!? 私の毛皮は一族の中でもトップレベルで、ほわっ!?」



 ふんがっと、いきなり顔を埋めて私の匂いを嗅ぎ出した。あわあわと焦って暴れていると、おもむろに歩き出して、私をソファーの上におろしてくれた。ふんわりと、足の裏に毛布が触れる。戸惑って見上げると、にっこりと微笑んだ。



「可愛い……さ、寝ようか。ああ、しまったな。君をおろす前に、毛布に潜り込んでおけばよかったな」

「あっ、おりますよ?」

「おお……流石はウサギ」



 ぴょいんとおりて、殿下が潜り込むのを待つ。やがて、美しい手が伸ばされた。見上げていると、「おいで」と優しく声をかけられる。



「はっ、はい……それでは、失礼して」

「っとと、はー……もふもふ。可愛い」



 飛び込んできた私を抱き上げて、毛布の中に引き摺り込む。こうして、男性と一緒に眠るのは初めてだった。収まっていたのにまた、ばくばくと心臓が鳴り出す。もにもにと、毛布の中で動き回っていると、「よいしょ」と呟いてぎゅっと抱き締めてくれた。



「あの……殿下?」

「うん? どうしたの」

「おやすみなさい……その、今日もお仕事お疲れ様です。どうぞ、あまり無理はなさらずに」



 そう話しかけながら顔を出すと、すうすうと眠っていた。は、早! ちょっとだけ何かを期待していたのに。でも、この疲れきった寝顔を見ていると、何も言えない。



(アルフレッド殿下は……二年前、クーデターが起こりかけてからこんな風になってしまったと聞く)



 それまで、体を酷使してまで働くような御方じゃなかった。現国王陛下を廃して、アルフレッド殿下を次の王にと推す貴族の一派が現れ、処刑されてからというものの。昼夜を通して働き、大げさなくらい、国王陛下の政治手腕を褒め称えるようになった。心無い人達はみんな、「命が惜しいのだろう」と囁いているみたいだけど。



「……悲しいですよね? きっと、お兄様に疑われることも。人殺しだって、そんな風に疑いの目をかけられるのも」



 今からおよそ四年前、国王陛下が一心に愛情を捧げていた、王太子様が毒を盛られて亡くなってしまった。この時も、アルフレッド殿下は疑われてしまった。でも、たぶん、この御方はそういうことをしないんじゃないのかな……。



(なんて、会ったばかりじゃ分からないけど)



 せめて、私の毛皮でお慰めしよう。そうしよう。お尻をふわふわと動かして、顎の下に潜り込むと、くすりと笑って撫でてくれた。ごつごつとした指先が、毛皮の奥の地肌に触れる。



「ありがとう、そう言ってくれて……おやすみ、シャーロット嬢。申し訳ない、いきなり部屋に引き摺り込んでしまって」

(お、起きてたんですか……!?)



 あまりにもびっくりしすぎて、声にならなかった。それからと言うものの、私はワーカーホリック気味な殿下を休ませるべく、度々呼ばれるようになった。私が殿下に恋をして、「毛皮目当てなんじゃないのかな?」と思い悩んだり、実は女性に慣れていなくて、公務しか出来ないポンコツ殿下と一緒にティータイムを楽しんだり、獣人への差別やしがらみを乗り越えて、結ばれるのはもっともっと先の話。



「……えっ!? なんで起きたらこんな……可愛いもふもふちゃんがここに!?」

「殿下……覚えてらっしゃらないのですね? 強引に私を、部屋に引き摺り込んだというのに?」

「ええええっ……? そんなまさか、私が? どこかの森で拾ってきて? いいや、流石にそこまで毛皮に飢えていたつもりは……!!」




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[一言] あ〜意志が通じるならばオレもウサギを抱いて寝たい…(笑)
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