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聖女様は良い趣味をしている

作者: sorato

連載中のものとは別のものを書きたくて書いた短編ですが、思ったより長くなりました。

そして作品傾向(不憫ヒーロー)は変わらずです。

 







 その日、アメリアは朝からツキまくっていた。

 朝目覚めてすぐに淹れたお茶にはなんと三本の茶柱が立っていたし、朝食を買おうと出掛けた先で朝市の中でも美味しいと有名なパン屋の一日二十個限定惣菜パンをラスイチで購入することができた。

 今まで買えたのは一度で良いから食べてみたいと開店前から並んだ時のみであったので、これだけでもアメリアはとってもハッピーだった。朝から幸先が良過ぎる。


 ホクホクした気持ちで惣菜パンを食べ歩いていると、魔術学校同級生のエルラ・シャイニーとバッタリ出逢った。彼女はなぜだかアメリアをライバル視していて、試験が終わる度にアメリアの元に現れては成績勝負を仕掛けてくるのだ。アメリアは元々勉強が嫌いな性質(たち)ではないし、予習復習に余念がないので成績は上位をキープしており、エルラとは毎回良い勝負を繰り広げている。

 エルラは勝つとそれはそれは嬉しそうに「私の勝ちですわね!このまま突き放してやりますわ!」と言ってスキップのように軽やかな足取りで立ち去るし、負けると「くっ……つ、次こそは負けませんわ…!首を洗って待ってらっしゃい!」と涙目で走り去っていくのだ。とても可愛らしい人である。良い好敵手(ライバル)であり良い友だ、とアメリアは思っている。


 先日などは、「貴女は成績は優秀ですけれど浮いた噂は何一つございませんね?それとも、自己評価が高すぎて男性への理想も高くていらっしゃるのかしら?」と恋バナまで振ってくれた。確かにアメリアの想い人は雲上の人であり、それ故に堂々と言うのも憚られたので、アメリアは心の内に留めていたのだ。単に話す相手がいなかったということもある。

 恋バナ等初めてであったアメリアはついテンションが上がり、密かに憧れていた稀代の天才魔道具師との呼び声高いカルロス・マードナーについて小一時間程語ってしまったのだが、エルラは律儀にもちゃんと全部聞いてくれた上で「……良い趣味をしてますわね」と褒めてくれた。アメリアとしては是非ともあと数時間はカルロスの素晴らしいところを語り合いたかったのだが、流石に聞いてもらってばかりはまずいと思いエルラのタイプも聞いた。


 どうやら彼女は魔術学校の一学年先輩でありこの国の王太子でもあるラサエル・ストリーチのことが好きらしい。

 エルラは気さくにアメリアに話し掛けてくれるが、身分としては公爵令嬢であり、王太子であるラサエルとも幼い頃から親交があるのだとか。アメリアもエルラと共に一度だけ挨拶をしたことがあるが、金髪碧眼でキラッキラした正に王子!というラサエルの風体は、正直アメリアの好みではない。良い人だとは思っているし、学友としては良いけれど恋愛対象ではないのだ。

 エルラにそれを伝えたところ、信じられないと返されたがその顔は明らかにホッとしていた。そうは見えないけれど、案外ヤキモチやきなのかもしれない。本当に可愛い人だ。


 ちなみに、アメリアとエルラは何度か恋バナを嗜んだが、その内数回はエルラから見えないところでラサエルが会話の内容を盗み聞いていた。様子を見るにラサエルもエルラのことが好きなようなので、くっつくのは時間の問題だろう。

 他人の好意を勝手に伝えるのは良くないのでエルラには隠しているけれども、早く交際してエルラをデートなどに連れ出してあげてほしい。きっと喜ぶことだろうし、出来ればデート後のエルラと恋バナをしたい。楽しそうである。


「こんなところで会うなんて奇遇ですわね。……って、貴女、食べ歩きなんて行儀が悪いですわよ。ほら、口元に屑がついて…」


 世話焼きで優しいエルラが、呆れた表情をしつつも綺麗なハンカチを出し、それで口元を拭ってくれる。肌をするりと撫ぜる触り心地の良いハンカチは、公爵令嬢たるエルラが持つに相応しい値がすることだろう。そんな品をアメリアのために躊躇なく使ってくれるとは、本当に優しい女性だ。アメリアはエルラに対して何度目かも分からない感銘を受けた。

 しかも。


「そんなにお腹が空いていらっしゃるなら、甘いものでも食べに行きませんこと?ああ、勿論嫌ならそう仰って構いませんわよ、私は一人だって行けるのですし。ただ、そうですわね、きっと庶民である貴女は簡単には入れない処ですから、この機会にと……いえ、庶民を馬鹿にしているわけではなくて」


 こんな風に、早口で頬を赤らめながらアメリアをお茶に誘ってくれるのだ。しかも、生粋の貴族令嬢であるエルラは、決して家柄で人を蔑むことはしない。時折ふとアメリアが平民であることに触れるけれども、すぐに「言い方が不味かったのではないか」と自分で考えてこちらが何かを言う前に訂正してくれる。貴い身分であるのに腰が低い。今回の発言だって、庶民であるアメリアが簡単に入れない場所があるのは確かだし、何一つ間違いはないというのに、エルラは申し訳なさそうな表情を浮かべている。なんて心根が優しいのだろうか。

 アメリアはエルラの誘いに笑顔で応じると、ルンルン気分で少し早足で先を進むエルラを追った。ツンと澄ました顔をするエルラの口元は、いつもよりも緩んでいるように見える。綺麗なのに可愛いとは、本当にエルラは素敵な人だ。









 ◇








「おや、奇遇だね」


 エルラに着いていった店でそう声を掛けてきたのは、件の――エルラの想い人であり、この国の王太子である――ラサエルであった。エルラもまさかラサエルに会うとは思っていなかったのか、「ラサエル様!?」と驚いた表情を浮かべている。その頬が赤く染まっているのは、休みの日に偶然会えた嬉しさが滲み出ているのだろう。

 一方のラサエルも、エルラに会えたのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべている。早くくっつけばいいのに、とアメリアは思ったが、まあ二人には二人のペースがある。第三者であるアメリアが口出しできることではないので、勿論そんな素振りは見せずに「こんにちは」とだけ挨拶の言葉を口にした。


「二人は本当に仲が良いね。ここへはお茶をしに?」

「そうなんです!エルラ様が誘ってくださって」

「べ、別に仲が良いだなんて。ただ、その、アメリアがお腹を空かせていてみっともないからと……」

「ふふ、そんなに照れなくても良いのに」

「エルラ様って照れ屋で可愛いですよね」

「本当にね」

「っ、か、かわ…!?ラサエル様も、アメリアも、人を揶揄うのはお止めになって!」


 顔を真っ赤にするエルラは、やはり可愛い。そんなエルラのことを、ラサエルはやはり好意的に思っているらしい。ラサエルとは殆ど話したことはないけれど、いつかエルラの可愛さについて語り明かしてみたいものだ。きっと話が合うことだろう。


「良かったら、一緒にお茶でもどうだい?私にも一人ツレがいるから、人数もちょうど良いと思うんだが」

「い、一緒にですの?ですが……」


 ちらり、とエルラの視線がアメリアに向く。ご一緒したいだろうにこうして戸惑ったようにアメリアに視線を寄越すのは、自分から誘った手前勝手に判断するのは悪いと思ってのことだろう。アメリアのことなど気にしなくても良いのに、と思いながら了承の意を伝えようと口を開こうとすると、それよりも先にラサエルが口を開いた。


「きっと、アメリア嬢も()と話したいんじゃないかな」

「っ、おい、ラサエルお前何勝手なことを……!」

「え?――あっ!」


 ラサエルは自身の後ろにいた(ラサエルに気を取られて気付かなかった)男の腕を引いた。男は三白眼をこれでもかというくらいに見開いている。うねった黒髪が揺らめいて、アメリアはハッとした。瘦せ型の、190cmはあろうかという高身長の男は、アメリアの憧れの人――カルロスそのひとであったからだ。

 相変わらず顔色が青白く、そして若干頬がこけている。身長が高い故に目立つそのひょろりと痩せた身体。本人の体質も影響しているだろうが、それらが寝食を疎かにしてまでも熱心に魔道具を研究するが故であることをアメリアは(一方的に)知っている。


「カルロス様!わ、私、アメリアっていいます!その、えっと、す、好きです!握手してください!」

「は?え、…ああ、どうも…?」

「わー…ありがとうございます…!」


 突然の告白と握手の要求に関わらず、カルロスは戸惑いながらもおずおずと手を差し出してくれた。アメリアはその手をひしと握る。白くて細いけれど、筋張っていて指は長く、手の平はアメリアのそれよりも随分と広い。男の人だなあ、と当たり前のことに頬を赤くし、アメリアはうっとりとしながらカルロスの手をじっくり堪能する。この手が人々の生活に役立つ魔道具を開発しているのだと思うと、崇め奉りたい。勿論カルロスに引かれるだけだと思うのでやらないけれども。

 まさか、見つめるだけで良いと思っていた雲上の人と握手まで出来るとは思わなかった。これはお茶に誘ってくれたエルラとこの機会を与えてくれたラサエルに最上級の感謝をせねばなるまい。アメリアは後日お礼をしようと考えながら、後ろ髪を引かれる思いでゆっくりとカルロスの手を離した。


 今日は絶対に手を洗わない。そんな決意を胸にしながら、今度はカルロスの顔を見上げる。獲物を睨みつける猛禽類のように鋭い瞳は、見つめられるだけでぞくぞくとしてしまうかっこよさである。すっとまっすぐに通る鼻はとても整っているし、少し薄紫がかった唇は不健康そうではあるものの色気があってセクシーだ。毛量が多くうねる黒髪は艶々としており、じっと見ていたら思わず触ってしまいたくなる魅力がある。

 これ以上見ているのは危険だと判断したアメリアは、恍惚としてしまっているであろう表情を意識的に引き締めた。いくら憧れの人との対面とはいえ、流石にだらしない顔を見せすぎてしまったと反省する。


「良かったねえ、アメリア嬢」

「はい!憧れのカルロス様に会えるなんて、本当に今日はツイてます!今日は朝から運が良いんですよ」

「それは何よりだ。それで、麗しいレディー達と一緒にお茶をする栄光を賜っても良いかい?」

「エルラ様が良ければ、ぜひ!」

「私もアメリアが良いのであれば。…カルロス様もよろしいですか?」

「え、あ、……か、構わない」

「わあ、ありがとうございます。カルロス様とお茶だなんて嬉しいです!一生の思い出にします」


 なんと、会って握手をするだけでなくお茶をする等という夢のような事態に発展してしまった。朝からツイてるとは言ったものの、それらが霞む程の幸運である。ラサエルは好みではない等と庶民の分際で失礼なことを考えてしまっていたが、もうラサエルの――王宮の方向には今後足を向けて寝られない。自室の寝台はどの方角を向いていただろうか、等と考えつつ、アメリアは再びカルロスを見つめた。


(障害物なしで見るカルロス様、かっこよすぎる…。しかも、私のことを認識してくれてるなんて、どんな奇跡?)


 こうしてこの距離でカルロスを見るのは初めてであるが、窓ガラス越しであればアメリアは頻回にカルロスを見つめている。具体的に言えば、週1回程度で。もっと言えば、アメリアは昨日もカルロスを一方的に拝見したばかりだ。

 何故そんなことが可能かと言えば、それは目の前のカルロスが人格者だからである。基本的に魔道具師の技術というのは門外不出で、師匠から弟子へと伝わるものだ。その中で、カルロスは異質だった。誰からも師事を受けず、過去の古い文献を元に独学で魔道具師となった。既に世に出回っている魔道具の作製は勿論、新たな魔道具の開発にも余念がない。すごいのは、そのどれらも品質が最高級ということだ。それなのに驕らず良心的で、品質からすればもっと高値を付けても良いのに、一般的な流通価格で魔道具を下ろしている。勿論、アメリアが所持する魔道具は全てカルロスが作製したものだ。

 そして、基本的には門外不出の技術を、カルロスは全ての人に開放しているのだ!カルロスの工房は一室が一面大きな窓ガラスになっており、誰でもカルロスが魔道具を製作する工程を見学することが出来る。週に1回許されているそれに、アメリアは毎週通っているのだ。皆遠慮しているのか時折遠巻きに見学に来る魔道具師らしき者くらいしか見かけないが、アメリアは窓ガラスに張り付くレベルで毎回見学している。アメリアは何も魔道具作製をしたいわけではない。ただ、憧れのカルロスが真剣に仕事に取り組む(さま)を見たいのである。不純極まりないが、あまり見学者がいないので良いと思うことにしている。もし迷惑なら、きっとカルロス本人から注意を受けるだろう。


 ちなみに、アメリアはカルロスと話したのは正真正銘これが初めてだ。特に幼い頃彼に助けられたことがあるわけではなく、運命的な出会いをしたわけではない。ただ、品質が高く価格も安い魔道具を作っているカルロスが技術を開放しているという噂を聞き興味半分冷やかし半分で見学に行った結果、あまりにも好みな外見をしたカルロスに一目惚れしてしまったのだ。後から独学で魔道具師になった努力家なところや高品質な魔道具を安価で販売している慈愛の精神があるところ、そして知識や技術を惜しげもなく公開する親切で豪胆な性格を知り、益々好きに――崇拝するように――なってしまったわけだが。


「ふふ。アメリア嬢、そんなに見つめていてはカルロスに穴が空いてしまうよ」

「――はっ!も、申し訳ありません!」

「っ、おいラサエル…!」

「アメリア、殿方をそのように見つめるなんてはしたないですわよ」


 ラサエルとエルラに注意され、アメリアは羞恥に顔を染めた。カルロスもそこはかとなく頬が赤く、瞳がきょろきょろと忙しなく漂っている。どうやら、居心地を悪くさせてしまったらしい。

 アメリアは憧れのカルロスを困らせてしまったことを猛省し、その後は出来る限りカルロスを視界に入れないよう気を配った。極端かもしれないが、一度視界に入れてしまえばまたカルロスを困らせるレベルで見つめてしまう自信さえあった。今度は逆にカルロスからの視線を感じたような気がしたが、カルロスを視界に入れまいとするアメリアに真偽は分からなかった。カルロスからの視線を受けているかもしれないという緊張で変な汗をかいたし、恐らく変な顔をしていたのだろう、エルラには呆れたような表情をされた。それでも見捨てず時折話題を振ってくれたエルラは、本当に優しい。アメリアは改めてエルラを尊敬した。



 カルロス、エルラ、ラサエルとの茶会は終始和やかなムードで終了した。とは言っても、会話の主導権を握っていたのは基本的にラサエルで、ラサエルがエルラに話し掛け、その流れでエルラがアメリアに話し掛け、そしてカルロスはあまり言葉を発さずに静かに珈琲を飲んでいた。アメリアは無難に紅茶を頼んだのだが、カルロスと同じものが飲みたくて帰りに豆をテイクアウトすることにした。が、流石庶民ではなかなか入れない高級店。豆もそれなりに高価で、日頃カルロスの作製する魔道具を少ない小遣いで買い漁るアメリアにはなかなかの痛手。というより、普通にお財布の中に手持ちがなかった。泣く泣く諦めようとしたところで、ラサエルが「珈琲豆を買いたいのかい?」と話し掛けてくる。


「あ、…買おうと思ったんですけど…また今度にします」

「どうして?」

「ちょっと手持ちがなくて」

「ああ、なるほど。それなら」

「…俺が買う」


 ラサエルの言葉を遮るようにして発言したカルロスが、そのまま受付のトレイに珈琲豆の代金を置く。店員がそのまま会計しようとするのを見て、アメリアは慌ててそれを止めた。


「か、カルロス様!そんな、頂けません!」

「…邪魔した詫びだと思ってくれたら良い」

「そうそう。カルロスが買わなければ私が買おうと思っていたところだったんだ。私が言うことではないけれど、受け取ってくれると嬉しい」

「あ……、ありがとうございます」


 二人の言葉に後押しされ、結局アメリアは有難く受け取ることにした。アメリアは(そして恐らくはエルラも)邪魔されたとは微塵も思わないしラッキーだと思っているけれど、それとは関係なく憧れの人からのプレゼント――実際にはお詫びの品――である。欲しくないわけがなかった。アメリアはカルロスに買ってもらった珈琲豆を大切に腕で抱きかかえ、自宅に帰ってからも自室の神棚に飾った。使わないことは折角の豆を駄目にするだけなのでしないが、少しの間はそうして思い出に浸るつもりである。








 ◇







 その日の夕食後。アメリアは、何故か国王陛下から呼び出しを食らっていた。というのも、夕食を食べている途中に王宮からの遣いがアメリアの自宅を訪れたのだ。勿論呼び出しを食らう理由に全く心当たりのないアメリアだったので、もしかしたら昼間ラサエルに対し不敬でもあっただろうかと考えてみたものの、急に呼び出しを食らう程の不敬をした記憶はなかった(と思っている)ため謎が深まるばかりであった。

 王宮へ向かう道中では、事細かに本日の行動――特に誰と会ったのかについて――を問い質された。遣いの者の態度が高圧的ではなく丁寧な接し方であったので、王宮に近付くにつれアメリアは「もしかしたら何か悪いことってわけでもないのかも?」という考えになっていった。その考えは正しかったようで、王宮に着くと明らかに賓客を招くような応接室に通され、庶民のアメリアではなかなか口にできないような非常に高級そうな紅茶や茶菓子で持て成された。


「失礼いたします。御対様(おついさま)候補の方々をお連れしました」

「…オツイサマ?」


 何が何だか分からないながらもアメリアが勿体ない精神で美味しい紅茶と茶菓子を堪能していると、やたらと所作の綺麗な女性――恐らくは王宮仕えの侍女――が入室した。そして、その後を見知った面々が続く。


「ラサエル様、カルロス様、エルラ様!皆さんも呼ばれてたんですね!」

「やあ、アメリア嬢」

「…どうも」

「先程振りですわね、アメリア」


 まさか、カルロスと二度も会えるとは思っていなかった。今朝からの幸運は続いているようである。アメリアは事態を把握できない一方で、会う機会を与えてくれた国王陛下にひっそりと感謝した。

 他にも、何となく見たことがあるような気がするものの、特に知り合いという間柄ではなさそうな男性が二人程入室する。ひとまず会釈してみたが、お互いに何となく気まずい。誰だったっけと思っていると、その後からこの国において最も有名であろう人物が入室した。


「…っ、国王陛下…!?こ、国王陛下にご挨拶申し上げます…!」

「良い、楽にしてくれ。急に呼び出したのはこちらだ」


 そう、なんと、最後に入室したのはラサエルの父親でもあるこの国の国王陛下その人であった。勿論アメリアが直接会ったことはないが、全国民が知っている超有名人である。いや確かにアメリアは国王陛下から呼び出されたわけなので彼がいるのは間違ってはいないのだが、アメリアとしては流石に国王陛下に呼び出される筈がないので、単に国王陛下の名義で呼ばれただけで要件は他の者から伝えられるのだろうと思っていたのだ。


「さて、アメリア殿。此度、貴殿が聖女であることが判明した」

「せ、聖女…って、あの、穢れを祓う、聖女ですか?」

「ああ、その聖女で相違ない」


 聖女。この世界に生きる国民であれば、物心つく頃には知る言葉だ。御伽噺も有名だし、聖女をモチーフにした小説等も数え切れない程発行されている。

 聖女とは、国の穢れを祓う存在。穢れといっても、実際に何かの汚れを落とすとかそういう万能家政婦的なそれではない。聖女がいると、その力に差異はあるものの国が豊かになり発展すると言われているのだ。何故それが「穢れを祓う」と言われているのかは謎だが、一説によると聖女がいると疫病が発生しにくくなることから、悪いモノ(疫病)――穢れを祓う存在であると言われ始めたことが由来であるとかなんとか。

 とにかく、聖女とはそのような尊ぶべき存在だと言われているのだが、いかんせんポンポコ生まれるわけではない。数十年から数百年に一度であり、ここ数百年は聖女が存在しないことから、アメリア達のような若い世代からすると単なる歴史上の人物的な存在なのだ。そんな、伝説級の聖女が、自分。アメリアの開いた口が塞がらないのも致し方ないことであった。


「私も聖女については学びましたけれども、具体的なことは伏せられておりますわね。聖女とは、実際には何をするのでしょう?そして、ラサエル様はともかく私やカルロス様、そちらの方々が集められたのはどのような理由なのでしょうか」


 呆けているアメリアの代わりに、疑問点を全てエルラが出してくれた。大変頼りになる。親交があるからとはいえ、国王陛下相手に物怖じしない凛とした姿勢。なんて素敵なのだろう。アメリアはうっとりとエルラを見つめた。



 ――その後、国王陛下から詳細の説明があった。

 ここ暫く聖女が発現しなかったため王族にしか伝えられていないが、聖女は愛する人――聖女の対となる人物であることから、御対様と呼ばれる――との接触で力を発揮すること。聖女の幸福度により発揮できる力の強さが変わり、幸福度が高ければ高い程強い力を発揮できること。そのため、無理に囲い込もうとすれば聖女は力を発揮できず、余程の事情がない限り無理矢理縁組を迫られることはなく、基本的には御対様と婚姻・結婚するよう進められること(王族であればそれ程ありがたいことはないが、という国王陛下の言葉にエルラが青褪めていた)。御対様との接触で力が発揮される際、王宮で保管されている特別な水晶が光を放つため、本日聖女であるアメリアが御対様と接触したことが判明したこと(ちなみに、アメリアが聖女だと特定出来たのは水晶が発光する度聖女の姿が水晶に映し出されるかららしい)。御対様が誰かを特定するため、本日アメリアが接触した人物を王宮に呼んだこと(面識のあるようなないような男二人は、パン屋の店員と喫茶店の店員であった)。

 要するに、聖女であるアメリアが力を発揮できるよう御対様と結婚させたいので、今から御対様候補達と接触――今回は握手による接触で確認するようだ――してくれ、ということだ。アメリアとしては愛する人はカルロス以外にはいないのでやる必要もない気はするが、過去愛と憧れを勘違いして御対様以外と結婚し、力が発揮できなかった聖女がいたらしい。


「それでは、早速握手を…」

「あの、国王陛下。もしこれで御対様が確定したとして、その方が私と結婚したくない場合はどうなりますか?」

「基本的には王命で結婚してもらうことになるが…」

「それでは、その方も……そして私も、幸せになれないと思います。確定してしまった後ではその方も言い出しにくいでしょうから、今の内に、既にお相手がいる方には辞退して頂きたいのですが」

「そうなると、もし辞退した者が御対様であったときにこの国の繁栄が――…いや、しかしアメリア殿が幸せになれぬというのであれば、元より意味はないか……」


 確かにアメリアはカルロスと結婚出来るのであれば幸せだろうが、カルロスに他に想い人等がいたことを後から知った場合、恐らく罪悪感で死ぬほど居た堪れなくなるだろう。間違いなく後悔する。それならばカルロスと結婚できなくとも、今まで通りカルロスが魔道具を作製する姿を遠巻きに見つめ続ける方が(たとえその過程でカルロスが他者と結婚したとしても)数倍幸せである。アメリアのカルロスへの愛は、第一にカルロスが幸せであることが優先される、そんな愛であった。

 悩まし気に眉を顰めた国王陛下は、それでも最終的に(不承不承ではあるが)アメリアの希望を通してくれた。どうやら、アメリアが思う以上に聖女というのは融通を利かせてもらえるものらしい。国の繁栄のためには聖女の幸福度が重要というから、当然と言えば当然なのかもしれないが。


「それでは、皆に問う。この中に、御対様を辞退したい者はおるか」

「――国王陛下。私は、辞退させて頂きたく」


 先陣を切って国王陛下に辞退を申し出たのは、その息子たるラサエルであった。国王陛下、と呼んだ辺り、一臣下としてこれを断るという気持ちの表れなのだろう。国王陛下は少し驚いた顔をしていたが、アメリアとしては勿論想定の範囲内である。なんと言っても、彼には既に想い人――エルラがいるのだから。

 辞退を申し出たラサエルを見て、エルラは嬉しそうな、一方で悲しそうな、複雑な表情をしていた。恐らく、ラサエルが他の女――この場においては無論アメリアのことである――と結婚することにならないのは嬉しいが、既に想い人がいるのだということを知りショックなのだろう。その相手はエルラであるというのに、本当に可愛い人である。アメリアは今日何度目かの感想を胸に抱いた。


 一臣下としてとはいえ王太子であるラサエルが辞退したことで、他の者も辞退を申し出易くなったのだろう。次に声を上げたのは、パン屋の店員だった。


「申し訳ありません。私も、辞退をさせて頂きます。恋人がいるもので…」


 パン屋の店員はそう言って、アメリアを見た後本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼に悪気はないのだろうし辞退云々のはアメリアが言い出したのだから別に良いのだが、告白してもいないのにフラれた気分になるのが不思議だった。


「その…私はどうしてもというわけではありませんが、気になっている人がおります。辞退出来るのであれば、辞退させて頂きたいのですが…」


 おずおずとそう言ったのは、喫茶店の店員だった。それを聞き、国王陛下が「ぐ…、これで候補が二人になってしまったではないか」と唸る。二人?と首を傾げたアメリアよりも先に発言したのは、ラサエルだった。


「父上、まさかとは思いますが、エルラも御対様候補の一人なのですか?」

「勿論。過去の文献には、同性の御対様もいたというからな」

「そ、そうなんですの!?」


 ラサエルとエルラが驚きの表情を浮かべる。アメリアもびっくりしたが、誰が候補に入ろうとアメリアの気持ちは変わらないので関係はない。けれども、ラサエルが少し焦ったようにしているのは、それがそのままエルラへの気持ちを表しているようでなんだか微笑ましかった。


「それでしたら、私も辞退させて頂きますわ…」

「なんと……それでは、御対様候補は……」


 国王陛下の目線がカルロスへと向いたかと思うと、国王陛下はそのまま肩を落としてがっくりと項垂れてしまった。それもそうだろう、残るは稀代の魔道具師たるカルロスである。既に名誉も何もかもを手にしている彼が、敢えて御対様に名乗りを挙げる必要は微塵もない。カルロスの美貌であれば、たとえ聖女という肩書がついたとはいえ庶民で平凡なアメリアなんて目ではない位の美女と結婚することも簡単だろう。


「では念のため、握手をしてもらうとしよう」

「えっ!?…その、カルロス様の希望も聞かなくては…」

「…握手、すれば良いのだろう。俺は構わない」

「で、でも……これでカルロス様が御対様だと判明すれば、カルロス様は私と結婚することになるんですよ!?ちゃんと考えた方が…!」


 判明すれば、というか、アメリアの中ではもう御対様はカルロスなのである。カルロスがアメリアと握手することに同意することすなわち、カルロスがアメリアと結婚することだ。カルロスはまさか今日会ったばかりの顔見知り程度のアメリアが自分に恋慕している等と思いもしていないからそのような軽い気持ちで握手しようとするのだろうが、あまりに軽率である。良くない未来を招きそうな気がして、アメリアはカルロスを引き留めた、のだが。


「…それも含めて、構わないと言っている」

「え……」

「まあ、万が一俺がその御対様とやらであれば、の話だがな」


 カルロスはどこか皮肉気にそう言って笑った。が、アメリアはそれどころではなかった。

 ――構わない、と言っただろうか。カルロスは。それ――アメリアとカルロスが結婚すること――も含めて、構わない、と。つまり、カルロスは、平々凡々なアメリアに対して少なくとも結婚しても良い程度に好感を持っている、ということか。

 アメリアは内心でカルロスの言葉を繰り返しながら、歓喜に打ち震えた。そしてその勢いのままにカルロスへと近付き、その青白く筋張った右手を掬い上げて両手で握りしめた。


「カルロス様…っ!お慕いしておりました、結婚してください!」

「―――は?」

「おお、この光は…!!」


 アメリアがカルロスの手を握った瞬間、その場に持ち込まれていた例の水晶が強く光り輝いた。光に驚いたアメリアがついよろけると、カルロスがアメリアの腰を左手で抱き寄せるようにして支えてくれる。

 抱きしめられたのを良いことにカルロスの胸板へここぞとばかりに擦り寄っていたアメリアは知らなかったが、そのときの水晶の輝きは、目も眩む程強いものだったという。









 ◆









 聖女となったアメリアは、その後半年の婚約期間を経て、カルロス・マードナーと結婚した。数百年ぶりの聖女とあって国王陛下はカルロスとアメリアに大規模な結婚パレードを開催するよう依頼したが、「見世物になる心算はない」というカルロスの発言にアメリアが添う形で、少人数の結婚式をしたとされる。

 そんな聖女の御対様たるカルロスは、稀代の天才魔道具師として名高かった一方で不遇の天才魔道具師とも揶揄されていたが、聖女と結婚したことでその二つ名は払拭されたようだ。彼は一般にも技術や知識を公開していたが、最終的には彼らの長子が継承している。

 アメリアの聖女としての力は歴史上の記録を鑑みても歴代トップと言って差し支えない程強かった。端的に言えば、アメリアはカルロスにべた惚れだったのである。その理由を探るため周囲の人間に聞き込みを行った学者によると、聖女の親友であり後の王妃となったエルラ・シャイニーは次のような言葉を残している。



「なんと言えば良いのか……彼女は、良い趣味をしているのですわ」








本来はもう少し短くしてヒーロー視点も入れるつもりでした。力尽きました、無念。

その内書けたら、追加で短編をアップするか、連載版としてアップし直すか出来ればと思います。


※誤字報告ありがとうございます。とっても多くてお恥ずかしい……。

一部あえての表記のものもあったので、そちらはそのままにしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] カルロス視点も是非ともお願い致します! ニヤニヤしたいです!
[一言] 御対様を確認する握手での告白からの水晶が輝くシーン、オバちゃんは何故かパンチDEデートを思い出しました。 ほのぼのとした内容とアメリアの性格がとても可愛く楽しく読めました。 カルロスの本心は…
[一言] あ〜エルラも無事に王妃になったんすね〜 アメリアも親友が側にいて心強かったでしょうね〜 ツンデレエルラちゃんかわゆす…(笑)
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