狂人よこんにちは 下
トガワとのチャットを終えた後、僕は動画の続きを見る。
動画に出てくる男性、トガワは語る。
「絶対に負けない人間はいない。勝つために必要なことは2つだ。1つは勝とうとする強い意志。意思を持つものは入念に準備をして何をしてでも勝とうとする、だから強い。だが、意志だけでは勝つことはできない。だからタイミング、時期をとらえることが必要だ。時期をとらえれば誰にでも勝てる。世界最強の格闘家だって寝ているときなら勝てる。何十人に警備されている演説中の元総理だって時期によっては暗殺される」
精神論、というわけでもなさそうだ。
そして、画面のトガワは1枚の紙を突き出した。
そこにはこう書かれていた。
『時期を操ることはできる。有利で戦える場所に誘導することもできる。相手に聞こえるように言うわかりやすい挑発だって有効だ。君の親父が会いに来るように偽装すれば、狙われる時期をずらせる』
「……」
なぜだ?
今まで話していたのに急に文字で伝えてきた?
相手に聞こえるように言う?
「そうか」
僕の家は盗聴されている可能性がある。
それを逆に利用しろということか。
まず、僕は今いる地下室を調べることにした。
結果、地下室に盗聴器などの機械はなかった。
僕とトガワの会話は盗聴されていなかったと考える。
だが、地下室の外、屋敷の中にはあった。
コンセントの内側、とんでもないところに盗聴器が仕組まれていた。
盗聴器はそのままにしておく。
そして、僕は携帯を耳に当て、電話をするふりをした。
「……親父か。あんたのせいで僕は命を狙われている。だから助けに来い。ああ、忙しいのはわかっている、だから、半年は待ってやる。僕が傷つけば死んだ母さんはあんたを絶対に許さねえぞ」
セリフがわざとらしいか…?
盗聴しているであろう殺し屋に通用してほしいものだ。
僕は、殺し屋の立場になって考える。
脅迫状に書かれていたように、僕を殺すのは腹いせだろう。
依頼主の本命は詐欺師である親父だ。
その息子を殺そうとするくらい親父のことを憎んでいるのだ。会いたくて会いたくて震えているに決まっている。
だから、半年以内に親父が会いに来る可能性があるのなら、その要因となる僕を殺すのは得策ではない。僕に何かがあれば、親父は帰ってこなくなるので、半年なら待ってもいいと相手は思うかもしれない。
僕は殺し屋に勝つ準備を進める。
トガワは相手に毒を盛る方法をいくつか教えてきた。
難しい手法ばかりだ。
だが、とある方法なら準備に日数はかかるが確率は高い。
そして、僕は血のにじむ訓練をし始めた。
実際、血を吐いた。
半年後。
殺し屋と戦う準備は整った。
いままでも適度に電話をするフリをしてきたが、これ以上時間稼ぎをするのも限界だろう。
僕は、盗聴しているであろう、殺し屋の立場で考えてみる。
僕と親父が合流するのはよくない。2人を相手にしたくないし、どんな対抗策を親父が持ってくるかもわからない。ならば、合流する直前に、弱者である僕を捕まえる。その僕をエサにして親父を呼びつける、のが定石か。
僕は、半年前に命を狙われているとわかってから、決まったスケジュールを歩むことにした。
学校に行き、帰り、鍛える。夜になれば地下室にこもる。
決まった時間にご飯を食べ、人通りが多いところだけを移動する。
学校以外どこにも出かけない。荷物はすべて宅配。
僕が自宅にいて、地下室に入るまでの時間だけが襲撃しやすいように思わせる。
なので、最後の電話をするフリをする。
「もしもし、親父か。約束通り明日には帰って来いよ。敵は親父を見つけることもできねえザコだ。屋敷のセキュリティも突破できねえ、しょぼいやつだから、逃げるのも簡単だ」
……やっぱわざとらしくないか、この挑発?
「……」
もし殺し屋が来なかったらどうしよう。
まあ、その時はその時考えよう。
夜、その時は来た。
一瞬の停電。屋敷が暗くなる。
窓ガラスが割れる音、何かが入ってくる気配がする。
自家発電に切り替わるまでの一瞬、屋敷のセキュリティは機能しなくなる。
電気がついたとき、少し離れた廊下に、男が立っていた。
目と口だけがあいた黒い帽子を顔面にかぶり、前進黒ずくめの大柄な男、片手には大きな鉄パイプを持っている。
「よお、ボウズ。俺のことザコだとかずいぶんバカにしてくれたなあ」
どうやら、ご立腹のようだ。
「う、うわあああ!」
と僕は悲鳴を上げて、男から走って逃げる。
そして、事前に準備していた大広間に逃げ込み扉を閉めて鍵をかける。
扉の外から、男が鉄パイプを叩きつける。
扉が壊れる。男は僕がいるのを確認して部屋の中に入る。
それを見届けた後、僕はリモコンのスイッチを押す。
扉と窓に分厚い鉄のシャッターが降りて白いガスが噴射される。
そして僕は部屋の奥へと急いで逃げていく。
「催涙ガスか? 舐めたマネしやがって」。
男は少し考え、僕を追いかけることにした。
そう、男の判断は正しい。
ガスの対策を知っている、もしくはシャッターを開けるスイッチの場所を知っている僕を狙えばいい。
だが、男には誤算があった。大広間にまかれているガスは催涙ガスなんて生易しいものではない。猛毒のガスだ。
僕にアドバイスをしたトガワは言った。殺し屋に毒を盛ることはとても難しく、罠にかける事も難しい。だが、自分と相手を共に罠にかけ、両者に毒を盛るならそれは容易い。
そして、この部屋は戦うことに向いていない。床には油をぬったパチンコ玉が多数ばらまかれており、動きにくい。鉄のガラクタが無造作に置かれ、所々、天井から太い鎖がぶら下がっている。銃を使いにくい、刃物や長物を使いにくい。そのように僕が設置をした。
男は、部屋の奥に逃げた僕を追ってくる。
そして、歩きにくい床、ガラクタを通り抜け僕の前にたどりついた男は目を見開いて驚いただろう。
「ゴホッ、ゴホッ。きついなこのガス」
そこには咳き込む僕がいる。
「……おめえ、バカじゃねえか。ガスマスク用意するもんだろ、普通」
「馬鹿はお前だ。そんなものを用意したらお前に奪われるだけだ」「……」
男は絶句する。
僕からマスクを奪う、または、別の部屋に逃げる僕を追うつもりでいたのにどちらの予想も外れたのだ。
男は鉄パイプを壁にたたきつけた。
「ボウズ、おめえの負けだ。殺さねえからシャッターを開けろ」
「負けるのも死ぬのもお前だけだ」
「んだと?」
「お前この毒ガスがどれだけ危険か知らねえだろ。僕は知ってる。180日間毎日この毒を服用して血を吐いたからな。結果として僕はこの毒の耐性ができた。だから僕は死なない」
死なない程度の毒を服用し耐性をつける、これをミトリダート法と言う。
「……」
「お前、昔僕を階段から突き落としただろ。『負けても逃げてもいいが、卑怯者には必ず報復しろ』。母さんの教えだからお前は確実に殺す」
「じゃあ、おめえが死ね」
男は鉄パイプを僕めがけて振り下ろす。
僕はそれをよける。
息が乱れ、動揺している相手の行動は読める。
何度か攻撃を避けた後、男は何度もせき込んだ。
そして、血を吐いて倒れた。
僕は男が地面に落とした鉄パイプを拾い上げる。そして、ふり上げ、男の足に大きく叩きつけた。
僕は大広間から出て、シャッターをまた閉じる。
警察でも呼ぼうかと広間に戻ると先客がいた。
椅子に背広姿の男が座っている。
トガワだ。
「こんばんは、オニビ君」
トガワはまるで友人に話すように言った。
「ど、どうして僕の自宅がわかった?」
僕は驚いて聞いた。
いや、トガワが僕の命を狙っているのならわかって当然か。
「しらみつぶしに探して見つけた。殺し屋に狙われている子どもなんてそんなにいないからな。そして何かが起きたら見張りから私に連絡が来るようにした」
「……」
こいつ、僕の命狙うやつと関係ないのか? なぜ来たんだ。
「なんで来た?」
「車で来た」
「……。何の目的で来た?」
「君に教えたあの毒は危険だ。死人が出ないように助けに来た。殺し屋はあの部屋にいるのか?」
そう言って、トガワはシャッターが降りた大広間を指さした。
「殺し屋なんて死んで当然の人間だろ」
僕はトガワに吐き捨てた。
「悪人だって人だ。人を殺さなかったというのは貴重な財産になる」
「……勝手にしろ」
僕は大広間のシャッターを開けて、トガワはそこに向かう。
その背中に僕は声をかけた。
「毒ガスが充満していて危険だぞ」
トガワは僕を見た。
「私が作った毒だ。私より強いわけがない」
トガワは大広間の扉を開けて中に入っていった。
「……のど痛え! やべえよこのガス! 床ぬるぬる!」
うるさいやつだな、トガワ。
トガワは殺し屋を担いできて、解毒の処置をした。その後、警察を呼んだ。
僕は警察に事情聴取されると思っていたが、トガワが何かを話して書類を見せたら警察は殺し屋を連れてパトカーで帰っていった。
トガワは警察に顔が効くのか?
警察が帰った後、机を挟んで僕とトガワは向き合う。
「……」
帰らねえのかこの人。何の用事があるんだ?
トガワが口を開く。
「あらためて、自己紹介をしよう。私の名は渡川三途。上羅学園の学校医をしている」
渡川は名刺を渡してきた。
『渡川三途』
この人ネット上で本名名乗ってるのか…。
あと、三途ってとんでもない名前だぞ。
「……」
警察とのやり取りから、渡川は悪人ではなさそうだし、丁寧語で話すことにしよう。
「僕は佐倉夏木と言います。中学生です」
渡川はあごに手を当てて考えた。
「ふむ、佐倉と呼べば本地のクソ野郎とかぶるな。君のことは夏木君とよぼう」
「ご自由にどうぞ。渡川さんは本地、僕の親父を知っているのですか?」
「昔何回か会っている。マジでむかつくやつだ」
どうやら仲が悪いようだ。
「なにされたんですか?」
「ブラスバーミンガムってボードゲームでイカサマされた」
「えっ? 弱い渡川さん相手にイカサマですか?」
「ああ、イカサマだ」
「お金盗られたんですか?」
「ん? 賭け事なんてしないぞ。そんなことしたらボードゲーム会出禁になるぞ」
「……具体的にどうイカサマされたんですか?」
「忘れもしない、私はコールブルックデールとストーンに酒樽を立てようとしていた。あいつは、私がやろうとした直前にその2か所に酒樽を立てやがった……私の手札を盗み見したに違いない」
「ストーンは2枚、コールブルックデールは3枚同じカードがあるから起こりえる。偶然かマップを見る目線を読まれただけですよ」
「いや、あいつイカサマ野郎だって。私はあいつに詳しいんだよ」
「息子の僕のほうが詳しいですけど!……この話はやめましょう。それで渡川さんは僕に何か言いたいことがあるのですか?」
「ああ。君に以前話したが、私はすごく困っている人を助ける活動をしている。感謝されて、ハッピーになれるんだ」
「変な勧誘はお断りです。僕には関係ない」
「じゃあ君に関係ある話をしよう。これからどうするんだ?」
なかなか難しい質問である。
「さあ? 今まで通りがんばるしかないんじゃないですか?」
「次はもっと強い殺し屋が来るかもしれない。いつか死ぬぞ」
「……」
「佐倉本地が捕まれば、息子の君は狙われなくなる」
「……でも。誰も親父を見つけていない」
「探し方を間違えているから見つからないんだよ」
「じゃあ、どうやって見つけるのですか?」
「クイズを出そう。白サギという大きな鳥を知っているか?」
「たまに田んぼにいるやつでしょ。知ってますよ」
「白サギに会うにはどうすればいいと思う?」
僕は考える。
「いろんな田んぼを探せばいつか会うでしょう」
「しかし、どの田んぼに、どの時間に行けばいいかわからないだろ」
「では、カメラでも仕掛けたらどうですか?」
「カメラを警戒して白サギが出てこないかもしれない」
白サギのことなんてよく知らないし。
「わからないですね。田んぼを探すか、白サギの住処を探すしかないでしょう」
「違うな、正解は農家と友達になることだ。友達になって、白サギがどの田んぼ、どの時間に出やすいのかを教えてもらえばいい」
「……なるほど」
「白サギが田んぼを愛するように、詐欺師はお金が大好きだ。おそらく、資産家、権力を持った誰かが君の親父をかくまっているのだろう。だから、普通に探しても見つからないし、警察も権力者相手にそこまで踏み込めない」
「じゃあ、どうすればいいのですか?」
「世界中の資産家と友達になればいい」
「……僕お金持ってませんよ」
「友情にお金は関係ない。現に私だって持っていない。でも、人助けをしていたら多くの資産家と友人になった」
「ほんとですか?」
「本当だよ。理論上、友人の友人をたどれば世界中の全ての人間にたどりつく。君の親父は必ず見つかる。だから、私のボランティア活動を手伝ってくれ」
僕は悩んだ。
渡川はおかしい人なんだよなあ。
でも、理屈は通っている気がする。
「……いいでしょう。手伝いますよ」
渡川は微笑んだ。
「ありがとう、夏木君。さっそくだけど、私が勤めている上羅学園に転入してくれ」
「あっ、そこまでやるんですね」
「同じ学校のほうが活動をやりやすい。ついでに学園の寮に入ったほうがいい。こんな屋敷よりセキュリティがしっかりしている。手続きのお金も私が払っておこう」
「……ありがとうございます」
いったいどんな手伝いをさせられるのか。
こうして僕は引越しをして転入をした。
これは、変な人間と関わってしまった僕が、一人の犯罪者を捕まえようとする話である。