言い逃れは許さんよ
「はーい。そこまでー」
フェンイが引き出された金貨を、自分の口座に入れてくれと言ったところで制止をかけた。努めて明るい声で、周囲に聞こえるように大きな声で。
「あぁ? なん…げぇ!? ジノイド!?」
振り返ったフェンイが俺の後ろに突っ立っているジノイドを見つけて、おかしな声を上げた。メンバーの女2人はフェンイより反応が速い。そっとその場を離れようと動いたが、そうはいかないよ。
「おねーさん、どこ行くのー? おにーさん放ったらかしにしたらかわいそーよー?」
最初にあげた俺の声で、周囲の意識はこっちに向いている。逃げようとした女2人は周りの目に気づき「ちぃ」っと舌打ちした。俺をものすごい目で見下ろしてくるが、正直怖くない。残念だったな、そういう顔は家族からよく向けられてたんだよー。自分で言ってて虚しくなるが。
ここには踏み台がないので、マイ踏み台を魔法鞄から取り出す。こういうこともあろうかと、木箱貰っといたんだよね。それに乗り、カウンターの向こうの職員さんを見た。何が起こったのか、分かっていない風だ。
「ねぇ、おねーさん」
大きな声で語りかける。
「あの大きな人ね、あなたに今死亡扱いされたうえ、預金勝手に引き出されたジノイドさん」
「えっ」
「勝手に殺さないでくれるかなぁ。何ならタグで確認してみる? さっきあなた、なんの確認もせずお金引き出したよね。なんのためのタグなの? パーティーメンバーだからで信じちゃうの? というか、タグ無しで引き出せちゃうの? もしかして俺らのも勝手に引き出されてる?」
「え、いえ、そんな…」
周囲がザワッとなる。
「俺知ってるんだぁ。こういうことがないように、死亡もしくは行方不明扱いになっても、半年は口座動かせませんって規則があるって。たとえパーティーメンバーでも引き出せませんって、冒険者になったとき読むよう言われた手引書に書いてあったよね。おねーさん、知らないのかな?」
女性職員の目が仲間に助けを求めるようにウロウロするが、誰も口を出さない。トカゲのシッポなのか、それとも彼女だけの問題なのか。
「し、知らなか…」
「うん。知りませんでしたで済む話じゃないんだぁ。それはそれで問題だよねー? 俺ですら把握してるルールを、職員が知らないってどうなの? 俺等さぁ、命がけでお金稼いでんのね。そのお金を、右から左に軽々と扱っちゃってくれてさ、俺等の命もそういう扱いなの? 誰が死のうと、登録抹消するだけでいいもんね? さっきもさぁ、笑顔で死亡報告聞いてたもんね?」
「そ、そんな、つもりは…」
職員がうつむく。うんうん、我ながら嫌味たっぷりだな。大声で芝居じみたねちっこい物言いをわざとしているが、だんだん気持ち悪くなってきた。さぁて次はと。
「それで、あんたは何素知らぬ顔で聞いてんだ。勝手にジノイド殺しやがって」
横に突っ立っている、フェンイを見上げる。俺が職員さんとっちめ始めたもんで、気を抜いていたようだ。周囲の注目を浴びて、慌てた。
「な、何言ってんだ! ほんとに死んじまったと思ったんだ! 俺たちも必死に戦ったんだぞ! こ、ここまで戻ってきたときは、俺たちも血まみれで」
「ほう。それじゃあ、後で衛兵さんに聞いてみようね。あんたたちが血まみれで帰ってきましたかって」
「い、いや、街に入る前に治したから」
「へぇ、おかしな事するんだね。血まみれで馬走らせてたのに、わざわざ回復してから街に入るんだ。なんでさっさと回復しなかったの? ていうか、血まみれが綺麗サッパリ治せるほどの魔法だか回復薬あるなら、なんでジノイドは助けなかったの?」
「ちが…。あ、あれだ、途中行商人に会ってな!」
嘘が下手だなぁ。ジノイドなんでこんなやつらと2ヶ月も一緒にいれたんだろう。
「そういえば、糞どうしたの? もう売っちゃったのかな?」
俺の唐突な話題転換に、フェンイは顔をしかめた。
「俺たちはガンドラの糞など持ってはいない!」
へぇ。じゃあ、ジノイドは何に殺されたことになってるんだろう。
「糞はどうしたと聞いただけだよ。ガンドラなんて言ってないだろ」
フェンイが顔を赤らめる。
「ちょっとすまない。今、ガンドラと言ったか?」
不意に、いつの間にかできていた人垣を割り、さっそうと男装の麗人が登場した。その後ろにはさっき彼女と喋っていた男がいる。神経質そうな、メガネを掛けたおじさんだ。せわしなく目を動かして、何故か汗をかいている。
「えっと、ローレイさんでしたっけ。無事街に着いたようで何よりです」
ローレイさんは俺を見て目を細めて笑顔を作った。
「やぁ。大熱弁が繰り広げられていると思ったら、君か。おかげさまでね。彼に話を聞いても?」
「どうぞ」
フェンイは突然現れた人物に目を白黒させていた。流石に品が隠しきれない彼女には「なんだテメェ」とか啖呵は切れないらしい。
「突然すまないね。私はBランクのローレイという。少々尋ねたいことがあるのだが、いいかな?」
ローレイさんBランクなんだ。すげぇな。見たところ武器らしきものを持ってないけど、どうやって戦う人なんだろう。
「ガンドラと相対したのかい? もしかして、依頼を受けたのかな? ギルドマスターは誰も受けていないと言ったのだが、ことと次第によっては話が変わってくる」
ローレイさんが、最後の言葉をメガネのおじさんに向けて言った。あ、その人がギルドマスターか。
フェンイはブルブルと首を横に振った。
「う、受けていない。ガンドラがどうのなんて、そいつらが勝手に言ってるだけだ!」
「やだなぁ。俺が嘘ついてなんの得があるのさ」
指差されたので、その指をぺいっと払う。
「正直さ、ガンドラどうこうはどうでも良くてね、なんでジノイドを置き去りにして逃げたのかってことを聞きたかったんだ。なんのことはない、ジノイドのお金目当てだったんだね」
「な、なんてこと言いやがる! 必死に戦った結果だ。このままでは俺たちも危ういと、苦渋の選択だったんだ。ガンドラは想像以上に硬くて、俺の剣では」
「あれあれ? やっぱりガンドラと戦ったんだぁ」
「い、いや、今のは言い間違いで…」
「君、さっきと言っていることが違うじゃないか。なぜ嘘をつく」
俺とフェンイのやり取りに、ローレイが気分を害したように割り込んできた。
「違っ」
「何が違う。ガンドラに手を出したんだね? ああ、なんてことだ! ガンドラに討伐依頼なんてものが出ていると聞いたときは耳を疑ったが、実際出ていて、しかも無謀にも手を出した輩がいたとは!」
大仰に天を仰ぐローレイさん。
「あれは自然災害そのものだ。手を出してはならないと、生息区域に住む冒険者には通達されるはずだ。なのに、まさかギルドマスター自身が知らなかったなど、許されざることだ」
ギロリと怒りの矛先がメガネのおじさんに向けられた。おじさんは汗をかきながら、身を縮こまらせている。
「い、依頼を受け付けたのは、職員で…」
「あなたが教育していないから、言われるままに引き受けたのだろう? 聞いていれば、死亡届のことや預金のこと、随分とずさんなようだね。もちろん本部に報告しておくから、覚悟しておきたまえ」
おろ? ローレイさんってば、普通の冒険者じゃないのかな。干からびるんじゃないかってくらい、ギルドマスター汗かいてるけど。
「君もだ。パーティーメンバーの死を偽装するなど、あってはならない。きっちり話を聞かせてもらうからね」
美人の凄みのある真顔にフェンイは口をパクパクさせている。
「君もだよ」
そして受付の職員さん。ちろりと見られて、「ひゃいっ」と飛び上がった。
「そして君だが。もう少し話を聞きたい。可能かな?」
俺もか。まぁそうだよな。
「もちろん。すべて真実を話すと誓おう」
ちょっとお芝居っぽく会釈してみた。ローレイさんの表情が緩んだ。スラッとした手を上げると、パチンと指を鳴らす。と、どこからともなく黒服の男たちが現れた。
「それぞれ別の部屋にご案内しろ」
「えっ、な、なんだぁ?」
「きゃー! 離しなさいよぉ!」
「待ってくれ! 知らなかったんだぁ!」
フェンイ、女性2人、ギルドマスターがそれぞれ男たちに連行されていく。いやほんと、何者? すっかり主導権が握られちゃってる。まぁ、目立ちたくなかったからいいんだけどさ。コクシンにあそこまで派手に登場しといてとか言われそうだけど。ちなみに、コクシンたちは口は出さなかったけど、ちゃんとあいつらが逃げないように囲ってくれてたんだよ。
俺たちにも黒服の男たちが付いた。あ、その前に。ジノイドのお金回収しとかないと。




