ジノイドさんってば…
獣人さんの名前はジノイド。カンガルーの獣人。いたんだ、カンガルー。ちなみに男女とも袋は持ってないらしい。体重支えられるぶっとい尻尾と、笹の葉みたいな耳が特徴。24歳でタンク。子持ち。
というのを、今朝聞いた。
俺は夕ご飯の途中で爆睡したらしい。全くもって記憶にないが、コクシンが止めなかったら鍋の中に顔を突っ込んでいたらしいよ。せっかく大した怪我なくやり過ごせたのに、大惨事になるところだった。
そんなわけで、俺たちは馬でジノイドはその横を歩いて街へと戻りながら、改めて事情を聞くことになった。正直バースの街には戻りたくない。だがあいつらがどうしているのか、ジノイドの扱いがどうなっているのか、確認しないわけにもいかない。
「俺が気を引いている隙に、フェンイがなにか道具を使う手筈だったんだ。いつも大体そうだぞ。俺はタンクだからな」
「タンクだからは、理由にならないよ。あいつら、馬から降りてもいなかったじゃないか」
「撹乱するためだと言ってたぞ」
「それを信じてたわけ?」
「いつもそうだったから。俺が止めて、女子二人が魔法とかで撹乱して、フェンイが斬り込んで…」
なるほど。そういう戦闘パターンだったわけか。毎回そうしてたから、今回もなんの疑問も抱かず、背を任せたと。
なんとも手の込んだやり口としか言いようがない。どう見ても敵いそうになかったから離脱した、というふうには見えなかった。最初から仕組んでいたとしか思えない。いつからだ? パーティー組む前からか? というか、こんなことをして、あいつらになんのメリットがあるというのだ。
聞けばあのパーティーに入って2ヶ月ほどだそうだ。
「なんで、あのパーティーに?」
聞くと、ジノイドは「誘われた」と答えた。
「長続きしたことがないんだ。俺は、その、よく食うだろう?」
実際今ジノイドは干し肉をかじりながら歩いている。あまりに腹を鳴らすので、渡した。
「昔からなんだ。食費がかかりすぎるとか、腹の音がうるさいとか、あと、スキルの使い勝手が悪いとか。一応説明はするんだけど、俺のせいで荷物が増えるから困るって追い出される」
ゆっくり咀嚼しながら、ジノイドは眉を下げて笑った。
「ソロでこなしていけるほど器用でもないし、拾ってくれたのがあそこだったんだ。盾を構えているだけだと、分配を減らされることもある。彼らはちゃんとくれてたぞ」
「平等か?」
「…さぁ? 俺は文字読めないし、計算もいまいちだからな」
「だったら減らしてると言ってないだけかもしれないじゃないか」
「それもそうだ、ハハハ」
笑い事じゃないよ。ダメだこの人。不遇扱いが身に染みちゃって、当たり前になっちゃってる。もともと深く考えるタイプじゃないんだろうけど、いいカモになっちゃってるよ。ここで俺たちが誘っても、ノコノコついてくるだろうし、命の恩人云々持ち出せば、なんだって頷いてしまいそうだ。
「奥さんもお子さんもいるんでしょう? いいんですか、そんなので」
コクシンが呆れたように言う。
「うん、いや、あれは子供が欲しかっただけで、俺が好きなわけではないからなぁ。子供が産まれたときから会ってないぞ。今はどこにいるのかも知らないし」
思わず息を呑みジノイドを見下ろす俺たち。いや、俺に限って言えば体高そんなに変わんないけど。いやいや、それよりこの人とんでもないこと言ってるよ。
「な、何年会ってないの?」
「2年、いや、5年だったかな」
小首を傾げる。幅がありすぎる。
「もうさ、子持ちって情報いらないと思うんだけど」
「それもそうだな」
納得すんな。
「え、待って。お金仕送りしてるとかないよね?」
「故郷にはたまにするが、奥さんとむす……子供にはしてないぞ。いらないと言われた」
「よ、良かった…」
じゃないよ。子供の性別すら怪しいじゃないか。まぁでも、奥さんは本当に子供が欲しかっただけか。一瞬「あなたの子よ」とか言って、知らない子の養育費むしられてたらどうしようとか思った。
正直この世界では片親とか親無しとか普通だ。養育費なんて言葉もない。育てられる人間が育てる。血が繋がってようがいまいが。親権とかあるのは特権階級の人間だけだ。冒険者とか、あちこちに子供がいるという人も少なくはない。少なくはないが、そこにお金が絡むとややこしいことになる。
「ジノイドはなんで冒険者になったの?」
実はこの中で一番年上になるのだが、ジノイドは俺が呼び捨てにしても気にならないようだ。
「スキルが盾術だったからな。兄弟が多かったから早く独り立ちしたかったし、冒険者は稼げると聞いたから。残念ながら俺はいつも金が無いが」
「それは、食費のせいで?」
「そうだ」とコクリと頷く。それで盾以外は軽装なんだろうか。そういえば盾。もちろんちゃんと回収している。朝明るくなってから、取りに行ったらしい。コクシンでも持ち上げられないほどの重さだったとか。そんな重量で馬に乗れるのか聞いたら、「乗れない」と当たり前のように答えた。馬には荷物を載せ、自分は歩くらしい。まぁそれで行軍速度が落ちることも、追放理由に多いらしい。
ますますもってはめられた理由がわからない。お金でないなら、あいつらにはなんの目的があったんだろう。心当たりがないか聞いてみたが、そもそも疑ってもいなかったから首を傾げるばかりだ。というか、今ですらさほどあいつらに悪感情を持っていないように感じる。自分が至らなくて置いていかれた、そういう認識のようだ。
日が落ち始めた頃、バースの街の外壁が見えてきた。歩きの速度でも寄り道しないと着く距離だったらしい。どれだけ道草食ってたんだろうな、俺たち。
とりあえず馬を預け、冒険者ギルドに向かう。今の時間帰ってきた奴らでごった返しているかもしれないが、面倒はさっさと済ませてしまおう。
「あ…」
入ってすぐ、見たことのある派手目の鎧が目に入った。カウンターで、なにやら女性職員さんと話をしている。その後ろにはパーティーメンバーの女性2人もいた。
そしてもう1人。男装の麗人、ローレイさん。掲示板の所にいて、誰かと喋っている。ガンドラの討伐の件かな。相手はなにかペコペコしている。
コクシンたちに「静かに」とジェスチャーしてから、そっと近づく。
「…ってわけで、ジノイドは残念ながら死んじまったんだ」
おぉい、いきなり殺されてるよ、ジノイド。いや、やっぱりというべきか。フェンイとやらの言葉に、思わずジノイドを見上げる。キョトンとした顔をしていた。
それにしても、今頃報告か。飛ばしてなくても、もっと早く街に着いてたはずなのに。ふと疑問に思ったが、すぐに訳に気づいた。女性2人の生足にキスマーク的なものがついている。内側にがっつり歯型。こいつ脚フェチか。じゃなくて、この時間までイチャコラしてたなこいつら。ジノイドが助かるなんて微塵も考えてないんだろう。
「約束でね。お金を家族に届けなきゃいけない。やつの預けてる金全部引き出してもらえるか?」
何言ってんだこいつ。メンバーが死んでるってのに、ヘラヘラしながら言いやがって。ちょっとは悲しむふりとかできないのか。怪しまれるぞ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
いや、職員さんも何言ってんの? 特になにか確認するわけでもなく、書類を書かせるわけでもなく、奥へと向かう女性職員。今の会話だけで預金引き出すとか、コンプライアンスはどこ行ったの?
止めないのか?とコクシンが見てくる。どうせなら現行犯で言い訳できない状態でとっちめたい。引き出した金をフェンイが受け取ったところでアウトだろう。まぁ、法もクソもないんだが。おかしいな。冒険者ギルドって、一応世界規模のギルドのはずなのに。俺等ハズレばっかり引いてないか。
「こちらになります」
職員が持ってきたトレーの上には、それなりの金貨が積まれていた。金欠だったんじゃないのか?




