助け出せ!
ヤバいヤバいヤバい! 変化ないんだけど! 効いてないのかっ!?
ガンドラが首を上げた。コクシンとラダがたどり着いたのが見える。このままだとあいつらも危ない。なにかないか! なにか!!
馬を飛ばしながら考える。と、ガクンとガンドラが膝を折った。ズシンと重い音がして頭が落ちる。よし、寝た! 顔面をぶつけているが、その衝撃で起きることもない。地響きのようなイビキをかきはじめた。
「コクシン!」
先の2人に追いつき、馬から飛び降りた。先にブランカたちを走らせ、離脱させる。コクシンは、気絶しているのか寝ているのか、ぐったりしている獣人を抱えてなんとか動かそうとしていた。ラダもひーひー言いながら引っぱってガンドラから引き離そうとしている。
「足が!」
コクシンの声に獣人の足を見る。めり込んだまま抜けないらしい。しゃがみ込み地面に手を当てる。魔力を流し込んで、土を柔らかくする。ずぽっと足が抜けた。ぐいっとコクシンが力を入れて引きずり始める。
このままなんとか…。
しかし願いは虚しく、イビキが止まった。
「レイト!」
ラダが息を呑む。まだ、まだもうちょっと寝ててくれ! 振り返りざまに、最後の眠り薬を投げようとした。
ぶはぁーーー!
あくびなのか何なのか、やつは大きな息を吐いた。それだけだ。それなのに俺の体は浮き上がって後ろに転がった。ゴロゴロ転がる。
「こなくそっ!」
勢いがなくなったところで、体勢を整える。コクシンは、大丈夫。獣人の体が重かったからか、飛ばされてはいない。けれど逆に1番ガンドラに近い位置にいる。ラダは、ひっくり返ってたけど大丈夫そう。半泣きで駆け寄ってくる。こういうときに限って、逃げ出したり気絶したりなんてしない。根性あるじゃんか。
「けほっ、レ、イト…!」
土煙をまともに吸ってしまったのか、コクシンが咳き込みながらこっちを見た。いやいや、今心配するのは俺のことじゃじゃないでしょうが!
ガンドラは、首をもたげていた。怒りは収まったか?
「だめか!」
コクシンの方に踏み出そうとしたのを見て、駆け出す。コクシンは必死に獣人を移動させている。くそったれ!! あいつら、覚えてろよ!?
「落ちろ!」
幸い歩みは遅い。体重が掛かった方の足元に向けて、思いっきり魔力を流した。ぼごんっと穴が空くと同時に、ズキッと頭に痛みが走った。片足がハマったガンドラが唸る。
「もうちょっと、寝てろ!」
握りしめたままだった眠り薬を、近くなった顔面に投げつける。
「これもオマケだ!」
魔法鞄から、もう1つ取り出して投げる。まだ実験段階の、精神安定薬。眠り薬の緑の煙にピンク色が交じる。一瞬くらぁっと来た。やべ、俺にも効きそう。慌てて離れる。後退しながら振り返ると、再びイビキをかきはじめているガンドラが見えた。
頼むから寝ててくれ。そんで、起きたら忘れててくれ。3度目はもう無理。ガンドラをトレインするわけにもいかない。頼むから、帰ってくれ。
がくっと足から力が抜けた。顔面から倒れるのを堪えるので精一杯だ。足に、力が入んない。
「レイト!」
ぜーぜーしていると、コクシンに呼ばれた。もう起きたのか? 振り返ると同時に、ふわりと体が浮いた。またか!と思ったが、違った。コクシンが俺を抱えていた。なぜだかお姫様抱っこだ。なんでだよ!と突っ込む気力もない。荷物のように担いでくれていいのよ…?
「れ、レイト! 怪我、怪我はっ!?」
なんとか俺たちが隠れられるだけの岩の陰に身を潜める。たどり着いた途端、ラダにしがみつかれた。
「あー、多分、平気。魔力切れ」
頭ズキズキするから、揺さぶらないでぇ~。高揚してるから痛みとかないけど、これ後で筋肉痛とかになるやつ。
「ラダは? 大丈夫?」
コクコクとラダが頷く。
「か、かすり傷だけ」
「私もなんともない。レイトのおかげだ」
コクシンも頷いた。そっか。よかった。2人共至近距離にいたからな。いやぁ、やらせといて何だけど、あのデカいのの前に突入していくとか、よくやるわ。
「レイト。動くぞ」
岩の向こうを伺っていたコクシンが、抑えた声で告げる。並んで覗き込んだ。
むくりとガンドラが顔を上げた。精神安定薬の併用のおかげか、1回目より長く寝てたな。ガンドラはキョロキョロすると、妙に可愛げに小首を傾げた。それから動こうとして、穴にハマった自分の足を見てまた首を傾げる。ずぽっと足を引き出し、くわっとあくびをしたあと、ゆっくりと方向転換を始めた。棘の方を向けられて緊張が走る。が、ガンドラは何事もなかったかのように、のたりのたりと魔の森の方へと歩き始めた。
ぷはーっと止めていた息を吐き出す。
「なんとかなったな」
「勘弁してくれよ、レイト」
ズルズルと岩にもたれるようにコクシンが座り込んだ。土埃にまみれた顔が、俺を見る。
「心臓止まるかと思った…」
うん。どれのことだろう。いや、全部か。
「ごめん。あと、ありがと」
文句も言わず付き合ってくれて。
「2人共お疲れ」
口元を覆っていた布を外し、ホコリまみれで笑い合う。とりあえず、無事で良かった。人の生死がかかっていたとはいえ、自分の命までかけるもんじゃないな。
あと、問題は足元に転がっている獣人だ。なんとか助け出すことができた。大きな怪我はないようだが、起きる気配がない。盾を持っていたからタンクなんだろうけど、それ以外の装備は簡素なものだ。
「ん、そういえば盾は?」
近くにない。聞くと、ラダが「重くて持ち上がらなかった」と答えた。あー、まぁそうかもな。あれだけの攻撃を耐えられるだけのものだ。でも拾っとかないと、多分あれが持ち物の中で一番高価なものなんだろうし。
「起こすか」
額をペンペン叩いてみるが、ピクリともしない。
そういえば、回復薬与えて走らせれば良かったんじゃないんだろうか。いや、そのときはもう意識がなかったか。回復薬って、目覚まし作用あったっけ。気付け薬ぶっかけてからとかじゃ、間に合わなかったか。
少し落ち着いてくれば、あれこれ反省点が見えてくる。まぁ、いつものことだが結果オーライだ。
ペンペン、ペン、ペペンペン…!
起きやしねぇ。
ぐぅぅぅー。
かわりに腹が大きな返事をした。ぐーぐーとイビキではなく腹の虫を鳴かせる獣人。さて、どうしたもんか。
困っている間に、コクシンが馬たちを回収しに行ってくれていた。街道まで走り、固まって大人しくしていたそうだ。俺たちを見つけると、駆け寄ってきて鼻面をグイグイ押し付けてきた。うんうん、怖かったねぇ。賢くて勇気のある、最高の馬だよ、君たちは。
桶を出して、たっぷり水を出してやる。ご飯もあげようね。人参もつけようじゃないか。3頭とも怪我はないようだ。あ、そうだ。回復薬も忘れずにあげないと。
「う、うぅーん」
俺たちもここでご飯にしちゃうか、と用意し始めた頃、ようやく獣人が身じろぎした。呑気に伸びをして、目元を両手でぐしぐしして、大あくびをしながら目を開けた。寝転んだまま俺、コクシン、ラダと順繰りに見やり、ぐーと腹を鳴らした。だめだ。何をしても緊張感の欠ける空間になってしまう。
「ご飯食べるか?」
聞くと、ぱぁっと顔を輝かせた。すぐに手探りでなにか探し始める。
「すまない。今手持ちがないんだが」
あ、財布探してたのか。頭上の耳がしゅんとなった。
「いいよ。とりあえず奢りで。色々話も聞きたいし」
「すまないな。…ん? おまえ、冒険者ギルドにいたやつか」
今はフードを被っていない。それでも気づいたらしい。まぁ、背丈という大きな特徴はあるよね。っていうか、覚えてたんだな。
 




