それフラグですかね
寝坊した。早番だった俺はコクシンとバトンタッチしたあと、グースカ寝こけ、ラダたちが朝ご飯の準備を始めても寝ていた。寝かせといてやろうという優しい配慮のおかげで、起きたのが昼間近だった。
「大丈夫か?」
あまりに寝ていたので、体調が悪いと思われている。全然大丈夫。寝すぎてダルいくらい。
「平気平気。ごめんね、ご飯せっかく作ってくれたのに」
冷えた昨日の残り肉と、ラダが作ってくれていたスープ、パンで遅い朝ご飯を済ます。ちょっと塩味濃かったけど、今から動くから問題無し。
「それは構わないが、1日ここにいてもいいんだぞ?」
「いやいや、元気だって。進もうよ」
なんだろうね。知らない間に疲れが溜まってたんだろうか。昨日久しぶりに暴れたからかな。あ、もしかしてプルンコかな。酔ってたのか、俺?
まぁなにはともあれ、自由に時間を使えるのが俺たちの強みだ。昼前だろうとも出発するよ。どうせ今日も野営だし。目的地の街まではまだ距離がある。
いざ騎乗というときになって、進行方向から馬車と馬が複数近づいてきているのに気づいた。先頭にいた1頭が、抜け出て走ってくる。
「やぁ、こんにちは。ちょっといいか?」
馬上から声を掛けてきたのは、銀髪のきれいな顔をした男性、ではなく女性だった。あれだ、男装の麗人というやつだ。軍服に似たかちっとした服装が似合っている。
「私はあのキャラバンの護衛をしているパーティーのリーダー、ローレイというものだ。君たちは、これからどっちに?」
コクシンとラダが俺を見る。
「バースから、北にある街に向かってる」
俺が答えると、彼女は涼し気な眼差しを俺に向けた。
「そうか。ここまでの道のりで、魔物は出たか?」
「街道では出てない。外れたところでは、コボルトに集られたけど」
ローレイは少し考え、笑みを浮かべた。
「プルンコがなっているところか?」
「そう」
「なるほど。あそこはいつも何かしら魔物が集まっている。魔物にもあの実は美味いらしい」
ハハハ、と軽やかに笑う。まじか。あの行商人ズそんなこと一言も言わなかったけど。いや、当たり前のこと過ぎて気づかなかったのかな。
喋っている間に、キャラバンは横をゴトゴト通り過ぎていく。ローレイはパーティーメンバーらしき人に、片手を上げただけでまだ留まっていた。
「じゃあ、こちらからも情報を。この先魔の森との境にガンドラがいる。近づかなければ無害の大型魔物だ。気をつけるがいい」
あ、この人これを教えてくれるためにわざわざ来てくれたのかな。まぁ、魔物の出没情報も大事だけどね。
「ありがとうございます。…ん? あれ、バースの街のギルドで、討伐依頼が出ていたような…」
ガンドラは超でかいヤマアラシみたいな魔物だ。背に魔鉄の棘があって、下手をすると串刺しになる。ただ普段は大人しい上に、土を食べて特殊な鉱石を糞として出すので、益獣ならぬ益魔物に位置付けられている。人里近くに来ても森に帰るまで放っておくのが通常らしい。そうそう、そう魔物辞典に書いてあったのに、討伐しちゃうんだと見たとき不思議に思ったんだっけ。
「ガンドラの討伐依頼かい?」
ローレイは悩ましげに眉を寄せた。この人どんな表情も様になるなぁ。
「おかしなことだね。私も街についたら確認してみよう」
視線は先に行ったキャラバンに向いていた。
「そろそろ私は彼らを追うよ。じゃあね」
「あっはい。ありがとうございました!」
馬を促し、彼女は身を翻していった。コクシンじゃないけど、貴族っぽい人だったな。
「キレイな人だったねぇ」
お。ラダはああいう人が好み? 緊張するから見てるだけでいい? そうだね。なんか、ダラダラできない感じだよね。
「んじゃ、行くか。ガンドラはもちろんスルーで」
「「了解ー」」
ブランカに跨がり、ポコポコ進む。今日は途中で肉を狩らないとな。しかし、魔の森かぁ。危険度は跳ね上がるが、薬草とかいいのあるんだよなぁ。いやいや、もちろん行かないよ。流石にね。でも、ガンドラの糞は気になる。落ちてないかなぁ。
途中、フォレストウルフが3頭、ゴブリンが5体出てきたが難なく撃破。ちなみに魔物の助数詞は特に決まっていないらしいので、いつも適当だ。
日が暮れる前に狩りをしようと、林の中に入る。今日はボアとかいいなぁ。しかし出てきたのは角のあるウサギだった。まぁウサギも美味しい。
ギィン!!
不意に金属音が響いた。はっと顔を上げたコクシンが剣に手をかけ、ラダが俺の側に寄ってくる。馬たちは揃ってある方向を向いていた。
かすかな剣戟の音、あと人の声が聞こえる。どうする?とコクシンが横目で俺を見た。基本魔物との戦闘に横入りはご法度だ。面倒事には巻き込まれたくないし、そっと音から離れるのが一番いい。
「あ、あそこだ! 大きなのが動いた」
小声でラダが樹と樹の間を指差す。俺の目にも茶色の巨体が動くのが見えた。縞々…いや、あれ棘か? てことは、ガンドラか。魔の森はまだ先だったんじゃないのか。いつの間にか入り込んじゃったのか?
どうやらガンドラがいる場所は、俺たちがいるところより1つ斜面下になるようだ。見下ろすような形で、全貌が見えてしまった。
棘を鳴らすガンドラ。その巨体の前に、見覚えのある姿があった。甲羅みたいな盾を構えた、あの山盛りの肉を食っていた獣人だ。その背後に、3人。何故か彼らは騎乗している。
「フェンイ!」
獣人が叫んだ。ガンドラが一歩踏み出す。
「フェンイ、早く!」
「そのまま抑えてろっ!」
派手目の鎧を着た、馬上の男が叫び返す。その手には赤黒い塊が抱えられていた。そして、あろうことか3人揃って身を翻した。馬に鞭を入れて、脱兎のごとく駆け出す。女1人は、獣人の馬だろう、1頭を引きながら…。
「フェンイっ!?」
悲痛な声。その直後、ドシンと鈍い音が響いた。土煙の中、ガンドラが突進するのがうっすら見えた。
「っマジかよっ!!」
ブランカを走らせる。慌ててコクシンとラダがついてきた。
「どうするつもりだっ!」
コクシンが横に並ぶ。
ガンドラはとてもじゃないが俺たちでは倒せない。獣人をかっさらって、逃げるのも多分無理。足は遅そうだけど、獣人も遅そう。ついでに担ぐのも無理。ならばどうするか。
「ラダ! 眠り薬! ありったけぶつけろ!」
「わ、分かった!」
俺も魔法鞄から、いくつか掴みだす。
「私は!?」
「獣人引っ張り出して離脱!」
「それはっ」
「俺たちもすぐ下がる!」
「…分かった!」
コクシンが1番力あるし、そんなぎりっとかしないで。
馬で斜面を駆け下りる。ガンドラは俺たちには気づいていないようだ。
思ったよりでかい。これ手で投げても顔まで届かないな。何より足元まで行くのは危険すぎる。
「ごめん! 作戦変更っ!」
手綱を引いてブランカを止める。急な制止にも、ブランカはちゃんと止まってくれた。一拍遅れてコクシンとラダが慌てて止まる。
「矢で狙う!」
鞄から取り出した布を2人にそれぞれ渡す。俺が鼻と口を覆うのを見て倣った。大量に撒くと、俺たちも寝ちゃうからね。慌てると色々抜けるな。焦るな、考えろ。
土煙が晴れてきた。獣人は…耐えている! 足が地面にめり込んでいるように見えるが、突進をあの盾で受け止めていた。だがそれだけだ。見た感じ武器を持っていない。2度3度耐えられるかわからないし、棘を出されたらひとたまりもないはずだ。
「っ当たれ!!」
矢尻に粉状の眠り薬が入った袋を括り付けている。バランスが崩れるが、そこは弓懸の性能頼りだ。ガンドラまで届けばいい。矢を放った瞬間、コクシンとラダは馬をスタートさせた。これで効かなかったら洒落にならない。効くはずだ。ガンドラは物理にも魔法にも強い。ただ状態異常系は効くらしい。そう読んだ。そうであれ!
「もう一丁!」
ガンドラの顔のあたりで緑の粉が舞った。矢は弾かれている。準備していたもう一矢放つ。ヒットするのを待たず、ブランカの腹を押して合図する。間に合え!
 




