人助けをしよう
野営地をあとにとっとこ進むと、川に出た。川幅は広いが、橋がかかっているので渡るのに問題はない。問題があるのは、その橋の手前で幌馬車がひっくり返っていることだ。
「どうする?」
コクシンが聞いてくる。どうしようねぇ。
面倒事は嫌だし、積極的に首は突っ込みたくない。だが目の前に困っている人がいるのに、無視して行くほど人非人ではない。というか、人が見えないな。
もう少し近づくと、馬車の向こうから丸太を抱えた男が出てきた。こっちに気づき、汗を拭う。
「すまないな。馬なら通れるだろう」
幌馬車は橋の入り口を塞ぐように倒れているが、馬で通るぶんには問題ない。
「どうしたんですか? 馬は?」
悪い人ではなさそうだ。彼は丸太を車体の下に入れ、テコの原理でジリジリ動かそうとしていたらしい。少しだけ引きずったあとがある。
よく見ると、幌馬車はボロボロだった。ツギハギがあるし、あちこち板を打ち付けてある。覗くと完全に車軸が折れてしまっていた。車輪が取れ、それもヒビがいっている。
「相方が探しに行ってる」
周囲に馬車を引いていただろう馬がいない。
「狼が出てな。1頭だけだし追い払えたんだが、新入りの馬が暴れちまって、ひっくり返した挙げ句逃げちまったんだ。相方がもう1頭に乗って追いかけてくれてる」
2頭立てだったらしい。
「それは大変だったね」
ちらっとコクシンを見ると、小さく頷いた。それぞれ馬から降りて、馬車をどかす手伝いを始める。といっても、俺とラダは戦力外なので、散らばった荷物をまとめることにする。
「すまんな」
「急ぎではないから、構わない。それより、相方が無事だといいんだが」
ギシギシ悲鳴をあげる車体を押しながら、コクシンが答える。
彼ともう1人は同じ村の出で、行商をしているらしい。
「だましだまし使ってたんだが、こうなるともう買い替えるしかねぇな…」
せつなそうに馬車を見下ろす男。できるだけいい馬車を手に入れようと、修理して節約しつつお金を貯めているところだったらしい。
「おーい!」
知らぬ声が聞こえた。振り向くと、林の方から両手に馬を2頭引いて男が歩いてくるのが見えた。1頭は足を痛めているのか、ピョコピョコした歩き方をしている。それを見た残っていた男が顔をしかめる。
「怪我してんのか?」
「分からん。それより、彼らは…?」
「通りすがりだ。どけるのを手伝ってくれてる」
「起こしたら使えそうか?」
ゆっくりと男は首を横に振った。それにもう1人が深いため息をついた。
「せめてあと二月、いや、一月でも保ってほしかったが」
「しかたねぇよ。今まで貯めた金で何とかするしかねぇ」
「そうだな。あんた達もありがとうな」
馬を引いてきた男は、俺たちに向き直って小さく頭を下げた。顔つきは渋いが、いい人のようだ。
「とりあえず、荷物の整理と馬車をどうにかしないと。あと、馬か。回復薬あげていいですか?」
俺が言うと、不思議そうな顔をされた。やっぱり馬に回復薬ってあまりないんだな。
「効くのか?」
「効きますよ。うちの馬も引き取ったときは傷だらけだったんですけど、キレイでしょう?」
「悪い奴らに使われててな、ハゲがあったりしたんだ」
傷だらけと言ったときに男たちが眉をひそめたのを見て、コクシンが付け加えてくれた。
「大丈夫。これはそんなに苦くないから」
良かったらどうぞーっとラダが2人にも自分の鞄から初級回復薬を渡す。俺も魔法鞄から1本取り出し、馬の口元に近づける。足を引きずっていた馬は、よく見ると小刻みに震えていた。よっぽど怖かったのか、それとも痛いのか。
「ん? 嫌か? 痛いのなくなるよ?」
蓋を開けて口元にやるが、イヤイヤして飲んでくれない。
「しょうがないな、ほら。ブランカ」
俺の馬にやる。ブランカは回復薬を飲み慣れている。俺の手の中の瓶を歯でそっと咥えると、ぐいっと顔を上げて喉に流し込んだ。空瓶を「はい」とばかりに俺に返す。
「な? 飲めるよな?」
新しいもう1本を取り出すと、馬は仕方なさそうに口を開いてくれた。むせないように飲ませる。ごきゅっと喉を鳴らした馬は、パチパチと瞬きした。それからその場で足踏みをする。
「うぉぉ。本当に治ってんのか? ちょっと歩いてみ?」
飼い主に引っ張られて、トコトコと馬が歩く。もう足は引きずっていない。
「す、すげぇな。え? 普通の初級回復薬だよな?」
「ですよ。たまにあげるといいですよ。ただ、馬によってはあげないと動かなくなる子がいるそうなんで、それだけ気をつけて」
俺たちの話を聞いたガバルさんが、自分ちの馬に同じようにあげてみていたのだが、1頭が「くれなきゃ動かん」とばかりにねだるようになってしまったらしい。
そんな話をしつつ、荷物を寄せ、馬車を動かす。
「そういえば、このあとどうするんです?」
俺が聞くと、行商人2人は顔を見合わせた。馬は無事だが、馬車は再起不能だ。荷物をどうするんだろう。
「持っていけるぶんだけ馬に積んでいくしか…」
「良かったら、入れていきますよ」
ポンポンと魔法鞄を叩く。コクシンが「魔法鞄だ」と付け加えると、2人は驚きに目を見開いた。
「まさか持っている人間に出会えるとは。いや、そういえば妙に荷物が少ないな。なるほど、魔法鞄持ちとは。しかし、いいのか?」
「次の街までなら」
「助かるよ」
馬や馬車を大事にしている彼らになら、バラしても問題はないだろう。これが助けてもらえて当然という態度の奴らなら、助けを呼んでくるとか言ってさっさとずらかるけど。彼らは通りすがりの俺たちに真摯に対応してくれている。
許可を得て、箱の数を数え目印を付けてから収納していく。荷は布や穀物、装飾品まで色々あった。紛れることはないだろうけど、お互いの信用は大事。
残ったのは幌馬車だけだ。ズリズリ脇に避けられた馬車。ふと思いつき、馬車に手を触れる。
しゅん。
馬車が消えた。ちょっと移動して、馬車を取り出す。横倒しのままの馬車が出てきた。最初っからこうしてれば、汗かく必要なかったんじゃないんだろうか。
「…レイト」
コクシンの呆れた声。いやだって、2人共何も言わなかったじゃん! 俺のせいだけじゃないよ!
「今思いついたんだもん」
それにあれだよ。人柄とか見るのにさ、時間がいったじゃない。泥棒扱いされても困るじゃない。必要な時間だったんだよ、うん。
「すごいな。馬車丸ごと入っちまうのか」
出来た行商人2人は感嘆しただけで、無駄な時間だったとは言わなかった。
放置しとく訳にも行かないので、馬車は再び鞄に入れた。再利用出来そうなものはしたいというので、次の街で荷物と一緒に引き渡す。
ポッコポッコと馬5頭で道を行く。
「え、あそこに泊まったのかい? 無事で良かったな」
途中、あの岩棚の話が出た。無事ってどういう意味だ。
「化物が出るって有名なんだよ」
「化物? 魔物じゃなくて?」
ふっとあの鹿のことが頭に浮かぶ。
「それが、遭遇したという人に聞くと、見た姿がまちまちなんだ。大きな牛だったという人もいるし、複数の狐だったという人もいる。化けて人前に出てくるから、化物さ」
「不思議なことに、直接襲いかかってくるとかはないらしいよ。ただ、なにかして怒らせたりすると、いつの間にか同士討ちになってたり、戦利品が駄目になってたり、また全員が熱を出したなんてこともあったらしい」
2人が教えてくれることに思わず「ふへー」と声が漏れる。じゃあ、矢を射かけてたり、追い払ってたら俺たちもひどい目に遭ってたのかな。
「なんで知ってるやつはあそこに近づかないんだよ」
「そうなんですね」
だったら危険マークでも置いといてほしい。野営の跡あるなら大丈夫な場所と思うじゃない。まぁでも怒らせなければオッケーってことだよな。俺らはお土産もらっちゃったし。言わないけど。
「何なんでしょうね」
「さぁな。神か悪鬼か。どちらにしろ、お近づきになりたい相手ではないな」
俺もそう思う。次もいいように転ぶかはわからない。触らぬ神になんとやらっていうしね。
 




