面倒は増えるものだ2
左右から「帰りた〜い」という圧を感じる。俺も帰りたい。もう宿キャンセルしてでもお家帰りたい。目の前では服飾談義が繰り広げられているが、どうでもいい。いや、格好にケチつけた手前、なにか言うべきか。いやいや、女性ウケ狙いなら丸投げでいいじゃね?
「あの、俺たちはこの辺で…」
「もう帰るの? ちょっと待って、いま珍味が来るから。それだけ食べていってよ」
腰を上げかけると、そう言ってマイディーが引き止めてきた。
「その…お詫びっていうか、あたしが獲ってきたやつなんだけど。めったに食べられないから、食べていくといいわ。お高いし」
最後の一言はいらないんじゃない。でもちょっと気になるのも事実。
「いや、でも」
「お待ちどうさま。ファンフォークルの耳のバター焼きです」
今なんて? 思わずぐりんとお皿を持ってきたお姉さんの方を見てしまう。テーブルに置かれた皿の上には、どう見てもしいたけが載っていた。肉厚のしいたけのバター焼きにしか見えない。
「ミミ…?」
「ファンフォークルっていう、木の魔物よ。耳が美味しいの。山の上の方にしか生息してないから、獲るの大変なのよ。飛んでくるし」
いや、しいたけじゃね? って、何が飛ぶの? 耳? 耳が飛ぶの?
「これ1つでそこのお酒1瓶買えるの。美味しいけど、あたしはお酒のほうがいいわ」
「ちょっと、マイディー! 今日割り勘っつったでしょー! 何そんなもの頼んでんのよ!」
世紀末と話し込んでいたパンタさんが、こっちに乱入してきた。
「あたしが払うわよ!」
「よーし、よく言ったー! お姉さん、銀酒追加でー!」
「はー!? ファンフォークルだけよ! お姉さん今のキャンセルで! というか、パンタ! おっぱい見えてるわよ!?」
「おほほ。ごめんなちゃいねー。マイディーってば、こぼれないもんねぇ」
「剥くぞこらー!」
…耳美味しい。ラダがガクブルしながらどう見てもしいたけな耳を食べている。コクシンはもう表情がない。そういやいつだったか、女の子同士の罵詈雑言に巻き込まれてたっけ。しかし、酒癖悪いなこいつら。モウもこれが嫌で来てないのかもな。
パンタさん、遠征中は頼りになるお姉さんタイプだったのに。お酒は人を変えてしまうんだね…。
「ほっほ。にぎやかですなぁ」
にぎやかで片付けていいんですか、ガバルさん。
「それで、彫金自体はどうしたらいいと思います?」
あ、話し続けるんだ? 装飾系はあんまり興味ないし、急に言われてもなぁ。それに俺が欲しい物を作ってもらっただけで、アドバイスでも何でもなかったんだけど。
「コクシン、こういうの詳しい?」
とりあえず周辺調査だ。
「いいや。よくわからない」
もぐもぐと耳を咀嚼しながらコクシンが答える。歯ごたえいいよね、それ。というか気に入ったな。取皿にもう1つキープされている。
「ラダは?」
「ふぇっ!? え、えーと、見るのは好きだけど、違いはわかんないかな。その、に、ニルバ様とか詳しそう…」
「あぁね。でも、この場には呼べないよね」
「そうだね」
こんなカオス空間にあの人紛れ込ませたくないな。多分まだこの街にいるだろうけど。いや、いないよね? 慌てて周りをキョロキョロ。よし、いないな。
しかし、全然イメージ湧かない。アクセサリーなら、指輪とかピアスとか色々ありそうだけど、特に欲しくはない。どうせなら俺たちでも使えるものがいい。うーん、置物系もいらないし、家具もないし。馬具にもできるのかな。でも、基本無地が好きなんだけど。
「もちろん、タダでなどと厚かましいことは申しませんよ。私どもでできることでしたら、何なりと…」
考え込んでいたら、ガバルさんが慌てたように言ってきた。いや、そのへんは危惧してない。
「んー。狙いたい客層はどこなんですか?」
聞くと、いつの間に上半身裸になっていたスキンヘッドとモヒカンが、「客層?」と揃って首を傾げた。なんで脱いでんだ。あ、あれか。やんやとうるさい周囲に目を向けると、パンタさんとマイディーが周囲の男共の服を引っ剥がしている。もう犯罪じゃないかなそれ。男共が喜んでるからまだギリセーフか? コクシンとラダは…。無事だな。
「必殺!ってい!」
魔法鞄に手を突っ込み、取り出したものを2人の方にぶん投げる。
ぼふん!
コントロールは正確で、顔面に命中した。わずかに緑の粉が舞うが、無毒なので勘弁してほしい。
「けほっけほ。なぁに、もう〜」
「けほけほっ! っくしゃん!っくしょい!」
あれま。マイディーは鼻にでも入ったかな。
「酔い覚めましたか、2人共」
そう、2人に投げつけたのは酔い覚ましの薬である。本来水に溶いてグビッとするものだが、鑑定さんが吸引するだけでも効果があると言ってきたんでね。酔っ払いに絡まれたときに使おうと用意しておいたものが役に立った。
「酔いって、別にそんなに…」
言いかけたパンタさんが、掴んでいた男の服をぱっと離した。周囲に転がる上半身裸の男たち。マイディーは今まさに引っ剥がそうとしている途中で固まっている。
「酔ってないならどうぞ続けてください?」
「…そうね。随分酔ってたみたい。っていうか、私何やってるのかしら…」
素面になったパンタさんが自問し始める。
「なにこれ! なんでこんな男たちの中にあたしがっ? ちょっと、触んないで!?」
自分から触ってたんやろがい。慌てて距離を取るマイディーに呆れる。痴漢行為をしていたのはおまいらだ。
周囲の男たちも一緒に酔いが覚めたのか、なんだこれ、服どこだと、特にもめることもなく散り散りになっていく。良かった。お楽しみに水差しやがってとか絡まれたらどうしようかと思った。
ちょっとすっきり。本人たちは楽しいかもしれないけど、素面にはきついです。しかしよく効くなぁ。また作ってもらっとこう。
「えーっと、なんでしたっけ。あ、客層の話か。万人受けするものって難しいので、例えば女性客を増やしたいとか、貴族向けに高価なものをとか、冒険者向けとか、そういったターゲットがあるのかなと」
兄弟2人は世紀末に戻った。女性2人は…テーブルの隅で頭を突き合わせて、どっちが先にやりだしたかなんてことを話している。正確に言えば押し付けあっている。
「ターゲットって、考えたこともなかったっす」
「っすよね。とりあえず商品揃えるのでいっぱいいっぱいで。来てくれるのは近所の人とか、親父が紹介してくれた客とかっすかね。あと、家具屋とか、親父に言われて営業したとこの人とか…」
「あれ。お店出来てからまだそんなに経ってないんですか?」
聞くとガバルさんが頷いた。
「立地はそんなに悪くないのに、あまり客が入らないらしくてねぇ」
それで手っ取り早く売れるものをってことか。いや、手っ取り早いのは店員を置くことだと思うが。
「うーん。じゃあ、単価はそれほど高くなくて数が捌けるのがいいかなぁ。誰でも使えるような…うーんと、ああ、毒消しの付与されたものとかどうです?」
「ちょっと、あんた馬鹿なの?」
「あぁん?」
マイディーが割り込んできたんで、ついガラが悪くなってしまった。そのマイディーの頭にパンタさんが肘を突く。
「あんたはもぉ、言葉がキツイのよ」
って、パンタさん。その手に持っているコップの中身はなんですかね? 酔いが覚めたからもう一度飲む? この人はもう、酔いが回る前に早く話し片付けないと。
「あのね、そもそも、付与魔術師って少ないのよね。その上、付与するには特別な素材を使わないといけないの。だから、付与を付けると自然と値が跳ね上がっちゃうわ」
「そうそう。だから誰でも買えるようなものなんて無理」
「マジで?」
そういや、ギルドの購買で見せてもらったときも、付与付きは桁が違ってたっけ。
「あたしだって1つしか持ってないし」
「マイディーはただ単に金遣いが荒いだけよ」
「パンタだって、お酒に消えてるんでしょーが」
「私は貯金してるわよ」
マジかー。俺ら普通に持ってるけど。
じゃあ、何があるかなぁ。




