面倒は増えるものだ1
本日の教訓。
『面倒事を後回しにすると、余計面倒なことになる』
「ハッハッハッ! いやいや、こんなきれいなお嬢さん方とお知り合いとは、レイトさんも隅に置けませんなぁ」
上機嫌のガバルさんが、何回目かの乾杯をする。その左右にスキンヘッドとモヒカンがいて、こっちもニコニコしていた。
「いやぁね。口が上手いんだから」
「うふふ。でも悪い気はしないよねー」
楽しそうに杯をあおる、パンタさん。先日お世話になったパーティーの紅一点、水魔法使いでポニーテールの人だ。そしてその横でつまみのナッツをかじる女の子、マイディー…。記憶にも新しい、テイマーだ。
何故か俺たちはテーブルを共にし、酒盛りを繰り広げている。俺たちの右側にガバルさんたち、左側にパンタさんとマイディー。食堂の片隅で、俺はどうしてこうなったと途方に暮れていた。
それなりの宿を取り、食事は美味しいところということで、以前ギルドで聞いたことのある食堂へと足を向けた。お酒混じりの賑わいはあまり好きじゃないけど、偶にはいいだろう。そう思っただけなのだ。
「あら。レイトくんたちじゃない」
名前を呼ばれてそちらを見ると、パンタさんがいた。今日はローブを羽織っておらず、随分と女性らしい格好だ。そしてその隣。相手の顔を見て、お互いぎしりと固まった。なぜここにいるマイディー。
「なぁに? 知り合い?」
パンタさんが首を傾げる。
「いや、昨日の…」
もごっと口ごもったマイディーに、パンタさんは「ああ。あの話レイトくんだったんだ」と笑った。
「ほんと、よく言ってくれたわー。この子あの従魔が絡むと周り目に入らなくなっちゃうからさ」
「…親しいんですね」
「まぁ、冒険者の中でやっぱり女性って少ないし。同じ街で活動してたら、自然とね。仲は良くないわよ。ただの飲み友。ね?」
すでにかなり飲んでいるらしい、パンタさん。何気にすごいこと言ってるな。しかしマイディーは気にしたふうもなく、ただ頷いて同意している。仲良くなくても一緒に飲めるんだぁ。
「あれ、そういえば。外にモウいなかったけど」
いたら絶対入ってこなかったのに…。
「街の外でお留守番してる。あの子、あたしがお酒飲むの嫌がるのよね」
「絡むからでしょ」
「絡んでない」
「いつも以上にべったべたしてんじゃないのよ」
「あなたが男に絡んでるよりかはマシよ」
「なんですってぇ」
ほんとになんで一緒に飲んでるんだろう。
なんだかんだ話しているうちに、何故か同席することになっていた。
コクシンは警戒マックスだし、ラダは雰囲気に飲まれて顔を青くしている。早いとこ理由をでっちあげて退散したい。ご飯の味なんかしないよ。
「おや、こちらにおいででしたか」
タイミングを見計らっていたら、更に追加が来た。ガバルさんと世紀末2人組。お知り合いですか、ご一緒しても?とあっという間に同席決定。直後。
「結婚してください!」
出会って数分で世紀末2人組が、パンタさんとマイディーに結婚を申し込むという珍事が発生。ちなみに、スキンヘッドがマイディーでモヒカンがパンタさんに手を差し出した。
「「ごめんなさい」」
そして玉砕。恒例行事なのか「やっぱり〜」と頭を抱えた2人組。なんなのこいつら。
「家訓なんすよ。いい女見つけたら、とりあえず告れと」
どんな家訓だ。そんな家訓あってたまるか。
「おかげで親父、奥さん7人いるっすよ」
まじか。とんだハーレムだな。
「知らないうちに増えてるんすよね。赤ん坊とか奥さんが」
アハハハと顔を見合わせて笑う世紀末。
「ちなみに、ご家族みんなそんな恰好なの?」
ふと聞いてみると、いやいやと首を振られた。
「俺らだけっすよ。作ったものを宣伝代わりに身に着けてんすけど、変っすかね?」
「作ったもの?」
「ああ、そうでした。紹介もまだでしたな。懇意にさせてもらっている方の息子たちでしてね、レイトさんにお知恵をお借りできないかと参ったのですよ」
ポンとガバルさんが手を叩く。俺に知恵を借りるってなんだ?
「三男のノランドです」とスキンヘッド。
「四男のトイザスです」とモヒカン。
「「彫金師です」」
君らはアイドルかなんかなの?
「彫金師?」
首を傾げると、ノランドが「こういうのっす!」と首にかけていたネックレスを胸を反らせて俺に見せた。ゴツい革紐にペンダントトップがついている。ぱっと見なんの模様なのかわからないが、細かく彫られていることはわかる。
「家具や馬車の飾り金具や、装飾品を作ってるんですよ。タガネというのを使って金属を彫るんですけどね。ご覧の通り腕はいいんですよ」
ガバルさんが教えてくれる。見た目に反して細かい仕事ができる2人のようだ。
「でも、これはちょっとねー」
マイディーがノランドの手首を取って眉をひそめる。ブレスレットにも彫金が施されているが、お気に召さないらしい。
「どこが悪いんすか!」
くわっと目を見開き、ノランドが身を乗り出した。
「いや、悪いっていうか…そんな大声出さないでよ」
びっくりしたようにマイディーが手を離す。慌ててトイザスが頭を下げた。テーブルにゴンと額を打ち付ける。
「すいませんっす! 悪気はないんす。ただ声デカいだけなんす。泣かないでくださいっす!」
「泣いてないわよ!」
若干引き気味のマイディー。
「いやぁ、驚かせて申し訳ない。度々お客さんを怖がらせてしまうようでね。ただただ、自分の作るものを高めていきたいだけなんです」
ガバルさんがフォローする。つまり怒ったわけではなく、どこを直したらいいのか聞きたかっただけらしい。容姿で損をするタイプだな。
「ん? じゃあ、家を訪ねてきたときのも…」
首を傾げると、ガバルさんが困ったように「はい」と頷いた。
「実は、木工屋の話が発端なのですよ。レイトさんがきっかけで今盛り上がっておりましてな」
木工屋…なんだっけ?
「あれだろ、ジェンガ」
コクシンがこそっと教えてくれた。あーあれね。え、盛り上がってるって何?
「金物屋でもレイトさん発案のものが売れておりまして」
は? 聞いてないけど?
「お知恵をお借りして、彼らも盛り上がりに乗らせていただけたらと思ったのですが。あのような言い方に…」
つまり、『(木工屋たちが)随分稼いでるらしいじゃねーか。俺らにもちょーっと(知恵を)分けてくれよぉ』ということらしい。紛らわしいな!
「とりあえず、怖がられるならその格好やめたらいいんじゃないんですか」
ずがーんと衝撃を受ける兄弟。
「こ、これは俺たちのアイデンティティっす」
「そうっすよ。逆にナメられちまう」
「えぇ?」
聞けば店を立ち上げた当初は至って普通で若かったこともあり、仕事が取れなかったり値切られたりしたらしい。ナメられないように頑張り、こんなものが作れるんだと身に着けていった結果、世紀末ができ上がったと。
「まぁ、品さえ良ければ客はつくでしょうけど…」
一見さんは回れ右しちゃうんじゃないのかな。
「少なくとも女性客はつかないんじゃないかしら」
パンタさんの言葉に、マイディーも「そうねぇ」と頷く。
「1人で店に入るには勇気がいるわよね」
「「どんな服装ならいいでしょうかぁ!」」
おいこら、男共。アイデンティティはどうした。もうさ、彼女らに聞いたらいいんじゃない? 俺ら帰っていいんじゃない?
 




