ゴロゴロの日
ねっちねっちねっち…
ラダがモチイモを練っている。餅つきをしているみたいで楽しい。楽しいのだが、気分は上がってこない。
現在俺は部屋の隅で、布団をかぶって丸まっている。顔だけ出してゴロゴロしている。ふて寝というか、引きこもりというか、「今日は休み!」を発動して全力でダラダラしている。
昨日は濃かったなぁ。
おかしい。のんびりまったり冒険者ライフが待っていたはずなのに。なんでこんないろいろ降って湧いてくるのかな。イベントもフラグもいらんのよ。平凡って難しい。
「よし。こんなもんかな」
ラダが手を止め、ボウルの中身を確認している。ラダにはトリモチの改良と実験をお願いしていた。改良は、粘着力が強すぎるのをどうにかしたい。実験は、酸っぱいものならなんでもいいのかというあれだ。
レモン、スライム、酢、酸味のある葉っぱ、発酵食品。いずれもトリモチになった。しかも品質的に同じものが出来上がるという不思議。なのに、効果を弱めようと調整すると失敗する理不尽。大雑把なのか、繊細なのか…。
腐って酸っぱいブツでも作ってみたのだが、ちゃんとトリモチになった。なったのだが、何故か臭気が残り、捕縛道具というより、嫌がらせ、いや、拷問道具みたいになったので、即廃棄した。
混ぜ棒を当て、魔力を注ぎ込むラダ。そういえば、注ぐ魔力によって品質変わるんだっけと思い出し、やってもらっているわけだが。ものの数分で、ボウルの中身が光った。
「出来たよー」
しゃがんで見せてくれる。クリーム色のテニスボールサイズの玉が2つ。いわゆるカラーボールと言われるやつだな。衝撃を与えると、中のトリモチが飛び散る仕様。この大きさで何故か人一人簀巻きにできる容量出てくる。しかも、普通に持ってるときは割れないけど、ちょっと魔力込めてから投げると簡単に割れる。
「んー。変わりなし、だね」
「そっかぁ」
鑑定結果は同じだった。なんでだろう。ポーションとかそれで品質が変わるのに。弱体化できないってことかな。今のままだと使い勝手悪いんだよな。
実は衛兵の方からトリモチの製法を教えてくれないかと言われている。捕縛方法として簡単だし、強力だ。人にも魔物にも使える。ゆえに、俺は何かと理由をつけて保留にしていた。だって、これ悪用されるじゃん。犯罪に使われるかもしれないものを、教えられない。いや、道具に罪はない。殺人に包丁が使われたからって、包丁が悪いわけじゃない。使う側の問題だ。分かってはいるのだ。
「そもそも…」
ごろーんと床を転がる。
この世界、普通に毒薬とかしびれ薬とかある。もちろん魔物用だが、そのへんで普通に手に入る。俺だって目潰しだの、眠り薬だの作って使っている。今更だと思う。思うんだが、なんだろうなー。
ゴロゴロゴロ…
「ちょっと、レイト。それ布団汚れない?」
「んー。後で洗うー」
除去薬とセットでなきゃ使えないからって断ろうかな。それでもいいとか言いそうだな。あれ、トリモチ取れてもベットベトになるんだよな。除去薬の方改良すべきか?
「そういえばコクシンは?」
テーブルの上を片付けながら、ラダが「庭にいるよ」と答えた。朝は暗ーい顔でご飯食べてたけど、俺がだらけてる間に消えていた。
モゾモゾミノムシのまま窓ににじり寄り、立ち上がって外を見てみた。
「おぉう」
上半身裸で片手腕立て伏せをするコクシンがいた。普段の言動があれだからなよっぽく感じるけど、筋肉めっちゃ付いてるんだよな、実は。もちろん無駄な筋肉は一切ない。惚れ惚れするわー。
一区切りついたのか、コクシンが立ち上がり、光る汗を拭う。なにかフィルター掛かってないかな、周りもキラキラして見えるぞ。
お。今度は素振りか。淡く剣が光っている。
今回のことはしょうがないっていうか、コクシンに非はないんだけどな。あまり自分を責めないでほしい。
「はー。ご飯作ろうかな。くっそ甘いの食べたい」
布団の中でしばらくジタバタしたあと、ようやく俺は布団から出た。土埃の付いた布団に若干罪悪感を覚えつつ、見なかったことにして魔法鞄に押し込む。そうだ。気分転換に今日は宿屋に行こう。布団は明日だ。今日はとことんだらけるぞ。
「何作ろうかな」
砂糖が入った瓶を眺めつつ、メニューを考える。
ドンドンドン!!
ふいに玄関ドアが激しく叩かれた。ラダと顔を見合わせる。訪れるような人なんか居ないはずなんだけど。
バーン!とドアが勝手に開いた。ほぼ同時に、音に気づいたのか裏口のドアも開いてコクシンが飛び込んできた。
「邪魔するぜぇ」
2人組が玄関を塞ぐように立っていた。1人はスキンヘッド、もう1人は青髪のモヒカン。ジャラジャラアクセサリーを首からぶら下げ、鋲の付いたいかつい服を羽織っている。どこの世紀末野郎だ。
「随分稼いでるらしいじゃねーか。俺らにもちょーっと分けてくれよぉ」
スキンヘッドの言葉に、コクシンが抜いたままだった剣を向ける。
「強盗か。大人しく斬られろれ…」
一瞬、ヤダかっこいい!ってなったのに、なんでそこで噛むかな。剣は淡く光り始める。
「まっ待て待て! 俺たちは強盗じゃねー!」
慌てたようにモヒカンが手と首を振った。立てた髪が揺れている。その度に一束づつほぐれてへにゃっていく。何で固めてるんだろう。生まれつきモヒカンとか、ちょっと想像した。違うよな?
「ではなんだ。返答次第によっては斬り刻む」
「いや、切り刻んじゃだめでしょ」
やけに好戦的なコクシンに、どうどうと腕を引いて止める。正直全然怖くないし、このあとナイフとか出されても秒で制圧できる。ラダも荒事に少しは慣れたのか、トリモチボールを手に臨戦態勢だ。
「でも」
コクシンが振り返る。昨日のことがあるからなぁ。
「おまっお待ち下さい! 私めですよ! ちょっとお前たちどっちか寄って!」
世紀末の後ろから、聞き覚えのある声がした。入り口を塞いでいる2人がギュッと身を寄せ合った。
「違うでしょ! 端に寄れって言ってんの!」
2人が右と左に寄る。狭い入り口で。隙間から地団駄踏んでいるオッサンの姿が見えた。
「後ろ下がって、いや、まっ、一緒に下がるな…あー!」
どすん✕3。
俺はコントを見せられているんだろうか。
男3人が玄関先で転がっている。コクシンも毒気を抜かれたのか、剣をしまってしまった。2人に押し潰されているのはガバルさん。以前世話になった商会の人だ。
「……」
バタン。
とりあえず、ドアを閉めておいた。もう、今日はダラダラの日なんだからさ。嫌な予感しかないよ。向こうからやってくるトラブルはどう回避したらいいんだ。
「よし。逃げるぞ!」
「「えっ?」」
2人を引き連れ、裏口から外に出る。トントンと今度は控えめに玄関のドアが叩かれる。コクシンがもの言いたげに見下ろしてくるが、構わず庭を抜けた。ぐるっと裏の林を回って街に戻る。こっそり家の方を見ると、まだ玄関先に3人がいるのが見えた。
「いいのか?」
コクシンの言葉にコクリと頷く。
「今日の俺たちは休み! 何もしません! ということで、宿屋行くよぉ~」
失礼と言えば失礼だが、せめて1日何もない日があってもいいと思うんだ。もうなにかありつつあったけど、明日にしてください。
「ん? あ」
やけに視線が集まるなと思ったら、コクシンが上の服脱いだままだった。はい、服着てねー。魔法鞄から取り出し渡す。歩きながら着るコクシン。恥ずかしいとかないのかね、君は。はいはい、そこのお嬢さんタッチは厳禁ですよ。マントも被せとこうね。




