再び空を飛ぶ
大量のネズミの処理をする。胸の辺りを割いて、魔石を取り出すだけの簡単なお仕事だ。ここまで量が多いとゴミ捨て場に捨てるわけにはいかず、結局一旦街の外に出て処理してしまうことにした。外れとはいえ、街中で魔物の死骸を燃やしまくるわけにはいかないからね。
穴の中にネズミをポイポイし、枯れ木を組んで火を点けとく。あとは燃え尽きるまで待つべし。
うーん。お腹空いた。
「コクシン、肉買ってくるのと、肉狩ってくるのどっちがいい?」
ふんふんと素振りをしていたコクシンが振り返る。
「よし。狩りに行こう」
だよね。ということでバトンタッチ。火の番お願いね。いや、ついてこなくていいから。分かった。じゃあ、コクシン行ってきて。小型の1つでいいよ。
トボトボと林の中に消えるコクシン。さてさて、何を獲ってきてくれるかなー。
俺はその間に、魔石をきれいに水洗いして数を数える。52個あった。まとめて袋に詰めておく。小さいから、大したお金にはならないだろう。
背後ですとんと音がした。
振り返ると、ギルドにいるはずの牛柄もっふもふ君だった。
「どうしたんだ?」
立ち上がろうとしたら、襟首をぱくっと咥えられた。
「は?」
ふわりと体が浮いた。
「ちょい待ち、ちょい待ち! いや、止まれー!」
どんどん高度が高くなる。あ、コクシン発見! 手に鳥っぽいのをぶら下げている。
「コークシーン!!」
コクシンが顔を上げた。驚愕の表情。なにか言っているが、すでに俺には聞こえない。走り出したコクシンがどんどん小さくなっていく。
いや、これどういう状況?
ぶらんとぶら下げられたまま数分。意外と早く俺は地面に降ろされた。そこは冒険者ギルド前。そしてそこには、地べたに座って串肉を貪るボブカットの女の子がいた。
「あ。あなた? 助けてくれたのって。ありがとうね、命拾いしたわ」
愛嬌のある笑顔でそう言われるが、頭が追いついてこない。
「モウ、連れてきてくれてありがとうね」
顔を寄せたパンサーの首にしがみつき、愛おしそうにスリスリするマイディーちゃんとやら。
「は? なに? それを言うためにわざわざさらってきたってのか?」
俺の言葉にキョトンとした顔をする。
「え、モウ。さらってきたの?」
「がう」
「なにか、ごめんね? お礼を言いたいから連れてきてって言っただけなんだけど」
ごめんで済んだら警察いらねぇんだよ!
「あのさ。俺は街の外に、仲間と一緒にいたんだよ。問答無用で俺だけ連れ去られて、あいつどれだけ心配してると思ってんの? あんたの気軽な一言で、そいつは立派な誘拐犯だよ。分かってんの?」
俺の剣幕にビビったのか、マイディーはさらに強くパンサーに抱き着いた。それに反応したのか、パンサーが俺に唸るような姿勢を見せた。
「だいたい、礼が言いたいなら自分で来ればいいだろう。呼び出すって何様だ?」
「そ、そんな言い方しなくても…」
「じゃあどう言ったらいいんだ? 悪いのは理解しなかったそいつだってことか? 今もそいつはあんたを守ろうと俺に牙を剥いているのに? 気づいてるか?」
ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。玄関口で喚いてるからな。あ、ギルドマスター来た。
「ちがっ、違うの! モウ、だめよ!」
マイディーの声に、しかしパンサーは唸るのをやめない。俺は完全に敵認定されてしまったらしい。
「だめ!」
マイディーが抑え込む。
「レイトっ!」
「がふぅ!?」
いきなり横からタックルを受けた。ずっしゃーと地面を滑り、骨も折れんばかりにハグされる。
「レイト、レイト! 無事かっ!? 怪我は!?」
「こ、コクシン」
今まさに擦ったところとか、ぎゅーっとされてる背骨とか痛いけど、流石に言えない。ゼェゼェ言いながら、俺の無事を確認してるんだもん。
「だ、大丈夫…でした…」
かくっ。
「レイトー!?」
首しまってるよ、コクシン……。
そんなわけで、はからずも俺を絞め落としてしまったコクシンはバックハグの状態でしくしく泣いている。というか、コクシンの膝の上に俺が座っている。何を言っても「すまん」しか言わないので、気が済むまで泣かせておこう。
テーブルを挟んで俺の前に、マイディーが座っている。そして上座にはギルドマスター。モウは外だ。
「改めて、ごめんなさい。あの子が言葉通りに受け取ることは分かってたのに、軽率だったわ」
深々とマイディーが頭を下げる。コクシンの慌てふためきっぷりに、ようやく事の大きさを自覚したらしい。
正直もう、沸点を越えたのでどうでもいい。
「それはもういいです。何で俺はここでお話ししなくちゃいけないんでしょうか? 帰りたいんですけど」
「まぁまぁ、そう突っかかるなよ」
のんきに言うギルドマスターをジロリと見やる。肩をすくめて、ため息をついた。
「やっぱりだめかぁ。お互いにパーティー組んだらどうかと思ったんだが」
「「お断りです」」
俺と彼女の声がハモった。顔を見合わせる。あっというふうに、マイディーが手を振った。
「あなたがどうこうってわけじゃないの! あたしにはモウしかいないの。モウだけいればいいの。だから組めないって、そういう意味よ」
「そうですか」
こっちもお断りなんで、ちょうどいい。
「しかしなぁ、マイディー。今日みたいに近くに人がいなかったらどうするんだ。キングパンサーだって万能じゃないだろう。こいつらとは言わないから、組んでみないか?」
「イヤよ。モウが妬くじゃない」
「うん?」
「あたしだって、モウが誰かと仲良くしてるの見るの嫌だし」
「あー、それがソロでいる理由か?」
「そうよ。あたしとモウは相思相愛なの」
なるほど。ってなるかー!
マスターが頭を抱えている。
「それならそれで、ソロでもいいと思いますよ。力配分を気を付ければいいんですから」
ぶっ倒れなければなんの問題もない。
「あぁ、あれね。だめなのよね、気持ち良くなっちゃって」
マイディーが自分を抱きしめうっとりと笑う。
「魔力がごそっと抜ける感覚が堪んないの。吐き気が来るでしょ、そこを超えるとね、ふわぁって、全部浮くの」
あ、これ。ヤベェやつだ。
マスターも引いている。
「ギリギリのラインがいいのよ。ああ、もうだめって瞬間が堪んないの。モウも楽しそうだし。あの子、あたしが目覚める瞬間が一番好きなのよ」
ちょっともう、その辺わかんないです。
「あ、今日のこと? 岩が痛そうだったんで、鼻で押しやったらはまっちゃったって言ってたわ。流石に慌てたーって」
うふふっと笑うマイディー。こりゃ当分ソロだわ。反省する気ないどころか、自ら進んで追い込んでるんだもん。性癖なら仕方ないよね。
「まぁ、ホドホドにな」
ギルドマスターも、さじを投げた。
もう一度「ごめんなさい」と、今度はコクシンに頭を下げてから、一足先に彼女は去っていった。
「はぁー。言動がちょっと変わっているとは思っていたが、あんな感じだったんだな。仕方ない。ついでに内容物の話もしとこうか」
ぱんっとマスターが膝を叩く。
「あ、はいはい。もう出せたんですか」
「ああ。2人入っていた」
「えっ」
気づかなかった。
背中側にもう1人いたらしい。どちらも俺の予想通り冒険者だった。ギルド証が溶けずに残っていたようだ。隣町で登録したばかりの新人だったらしい。依頼中に行方不明になっていた。なんともいたたまれない話だ。いや、明日は我が身な話、かな。
マスターに「よく連れ帰ってくれた」と言われ、帰路についた。たまたまだ。彼らは運が悪く、そして運が良かったんだろう。
「あー、そういえば腹ペコなんだった…」
借りている家が見えてきた頃気づいた。コクシンは鳥を持っていなかった。放り出して俺を追いかけてきてくれたんだろう。後ろをトボトボ歩くコクシンを振り返る。
「ご飯買いに行こうか」
コクリと頷いた。コクシンは悪くないのに。やっぱりあの女、許すまじ。