剣を作ろう
どうせならということで、コクシンの剣は、オーダーメイドで作ってもらうことにした。小金ならあるし、魔法と相性のいいものを使ってもらいたい。
コクシン自身はまだまだだからと渋っていたけど、いざ形状や握り手の相談を始めると、嬉々として注文をつけ始めた。良きかな良きかな。
「ラダもなにか買いたいものある?」
隣のラダに聞くと、ううんと首を振った。
「調剤に使うものは一通り揃ってるし」
「別に、薬作りに使うものじゃなくていいんだよ。趣味のものとか」
「趣味…」
ラダが遠い目をする。そういや、調剤が趣味か? 寝てご飯食べて、それ以外の時間ほとんどそれしてんじゃないんだろうか。
「趣味を持とうね」
仕事と趣味が一緒だと、辛い時が出てくるからね。
「レイトは?」
「俺? うーん、料理とか、物作りとか、人間観察とか、読書とか、実験も好きー」
「たくさんだね。っていうか、実験って?」
若干ラダが引いている。まぁ好きではあるけど、のめり込むほどではない。それで趣味と言っていいのかあれだが、本人が思ってればいいんじゃないのかな。
「そのまんまだけど。そうそう、それで思い出した。トリモチの実験をしたいんだよね。酸っぱいものっていうのが、どの範囲なのか知りたくて」
ラダが首を傾げる。
例えば、この世界にはないけど、苺が酸っぱいと思う人もいるだろう。でもだいたい甘いというイメージだ。その線引が知りたい。
ついでに、スライムが酸っぱいというのも試してみたいが、これはコッソリやるつもりだ。だって御者さん、胃をやられたって言ってたからね。ラダやコクシンが反対してくるのは目に見えている。しかし、齧っても溶けないのかな。ん? 胃酸的なものが詰まってんの?
やっぱりやめとこうかな、と日和っていたら、話が決着したコクシンがこっちにやってきた。なにか強張ってるけど。
「どした?」
「…私の、退職金などはまだ残っていただろうか…?」
「あるんじゃない? ていうか、パーティー費用から出すよ?」
ぶっちゃけ、コクシンの持っていた金、ラダの持っていた金、パーティー資金という分け方になっていた。合流してからの稼ぎは、全てパーティー資金に入っている。そしてそこから生活費が出ている。それぞれの持ち金はいざというときのために、手を付けていない。俺のはもう微々たるもんだったんで、混ぜちゃってるけど。
「いや、その、かなり掛かりそうで…」
ありゃま。ちなみにいかほど? ごにょりごにょり。
「う、うーん…」
やべぇ金額が出てきたな。ごっそり消えるわ。盛りすぎじゃね? 思わずコクシンを見つめると、気まずそうに視線を逸らした。
「必要な強化なんだよな? 使いこなせるんだよな?」
「が、頑張れば」
「コクシン?」
「…もう一度行ってくる」
しょんぼりするコクシン。でもね。
「有り金注ぎ込んで使いこなせなかったら、ダメージ受けるのコクシンだよ? また『私のせいで』とか言いながら落ち込んじゃうんだから。別に意地悪でだめって言ってるわけじゃないんだよ?」
「ん、そうだな」
「いや、分かるよ。俺も色々盛り込みたい類の人だから。でも、分相応というかさ、いきなりグレードアップしすぎじゃね?というか。それに、そんな盛り盛りの剣目立つんじゃない?」
なんか交渉していたテーブルに色とりどりの魔石が載ってるんだけど。箱に入ってるの宝石じゃないですかね。
ハッとしたようにコクシンは顔を上げた。
「考えてなかった。目立つのはヤバい!」
いや、ヤバくはないけども。まぁ、初心者用の剣ぶら下げてても王子なのに、キラキラ剣が追加されるとねぇ。ギャラリーが唸るね。
っていうか、鍛冶屋。うちのコクシンに何イロモノの剣作らせようとしてんだ。魔物討伐に使うちょっと魔法に強いやつって、最初に言っといただろうが。
「契約とかまだしてないだろうな? よし。帰るよ」
「えっ」
コクシンとラダがキョトンとした顔をする。
「ここじゃろくなもん作れんだろ。とりあえず、武器屋見に行こう」
立ち上がると、コクシンの応対していた男が「おいおい」と声をかけてきた。
「ろくなもんって、失礼だな。俺はお客様に言われるまま勧めてただけだぜ?」
「だとしても、それをそのまま作って売りつけようとするようなプライドがないやつに頼みたくはねーよ」
ひくっと男の笑い顔が引きつった。喧嘩腰の俺たちに2人がオロオロしている。
偏見だろうがなんだろうが、職人は自分の作りたいものを作る!というイメージなのだ。客のはしゃぎっぷりに乗じて、マシマシしてくるやつなんか信用できん!
男と俺がにらみ合う。
「おいこら。何チビスケにガンくれてんだ」
ふいに第三者の声が響いた。誰がチビスケだ!と振り返った俺は壁にぶち当たった。何事?と更に上を見上げる。
山賊がいた。いや、そうとしか見えないような男、だ。山のようにデカく、がっしりしていて、酒臭い。もう思わず鼻つまむくらい。
「お、オヤジ」
「あぁん?」
「親方!」
俺をにらんでいた男がビビり散らしている。っていうか、この酔っぱらいが親方か。こりゃ退散一択だな。
「じゃ、そういうことで」
脇をすり抜けようとした俺を、親方が鷲掴む。頭はやめろ、頭は。
「手を離せ!」
コクシンが腰に手をやる。が、そこにはなにもない。ぱっと重みが消えた。
「わりぃ、わりぃ。悪気はねぇよ。そこにちょうど頭があったから、ついな」
親方が両手を上げて、ラダから「ふぇぇ」が出るくらい凶悪な顔で笑った。
「で。客か?」
「今はもう客じゃないです」
しれっと答えた俺を見下ろし、片眉を上げる。どの表情も怖いな、おい。しかし、ビビっては負けだ。あんな金出せるか。
「どういうこった」
店員、話からすればこの男の息子っぽいけど、が、挙動不審に「なんでもないです」とか言ってる。視線がまた俺に戻る。
「剣の依頼に来ました。でも思ったようなのは作ってくれなさそうなので、帰るところです」
くわっと親方の表情が変わった。そして息子の方もくわっとして俺をにらんでいる。
「てめぇ、何勝手に依頼受けようとしてんだ!」
「だ、だって! お、親方が飲みに出ちまうから、俺が代わりに」
「今日は休みだって言ってんだろうが」
「そんなこと言って、ここ最近ずっと」
「うるせぇ。いい材料が入って来ねぇんだ。休みだ休み」
「だから最上級の素材使うのは、金払いがいい客だけにしろって言ってるだろ! 冒険者なんて、どうせすぐ壊すんだ」
「なんだとぉ!」
…もう帰っていいですかね。昼間っから飲み歩いてる親方を支える息子ってのに、一瞬同情しかけたけど、すぐに撤回することになった。冒険者には安物売っとけってか、このやろう。
掴み合いを始めた2人を放って店を出る。コクシンとラダも、気にしながらも出てくる。
「えーと、あれは、どうしたら?」
困惑気味に首を傾げるコクシン。
「ただの親子喧嘩だろ。放っとけって。コクシンの剣は別のところで作ってもらおう。それまでは適当なの買っとこう。ああ、冒険者ギルドで買うか。最初からそうしてればよかった」
あそこならピンからキリまであるだろう。保証書もあるし、付与されたものとかもあるだろう。
よしよし。今日のは見なかったことにしよう。
 




