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トリモチにスライム


 2メートルくらい掘っただろうか。カチンとなにか硬いものに、スコップの先が当たった。岩とは違う、金属的な音だ。顔を上げると、皆が神妙な顔をしていた。


 慎重に掘り進めると、何やら箱が出てきた。


「マジで出てきた…」


 ネルギーさんが驚きの声を上げる。そしてスライム君が寄ってくる。ダメです。君にはあげません。っていうか。


「なんか手がピリピリする」


 箱を持っている手が違和感を訴える。ばっとコクシンが俺から箱を取り上げた。すぐにコクシンも気持ち悪そうな目を箱に向けた。


「外に出よう。ここは狭い」


 本能的にやばいものだと思ったのか、ネルギーさんがいつになく真剣な顔でそう言った。皆が頷き、歩き出す。途中でニルバ様が箱に手を伸ばした。避けようとするコクシンの手から、箱が消える。


「魔法鞄の中に入れたよ」


 なるほど。そういえば、手を触れずに入れられるんだっけ。コクシンが自分の手のひらを見ている。


「痛みとかあるなら、回復薬飲む?」


 聞くと、首を横に振った。


「不思議な感触だったなと思って」


「そうだね」


 あれが漏れている魔力というやつなんだろうか。


「あの箱、鑑定した?」


 囁くコクシンに「いや」と短く答えた。鑑定しそびれた。開ける前に忘れずに見よう。爆発とかしたら大変だ。まぁそもそも普通に開けられるのかはわからないが。


 ドームから出る。ジャリッと俺たちのものではない足音がして、クエンさんが耳を動かすのが見えた。


「グア」


 崩れた家の向こうから覗いたのは、歯が鋭い爬虫類顔。スーベラガだった。


「野良?」


「いや、タグを付けてる。俺たちと来たやつだ。どうしてここに」


 ネルギーさんの困惑した声に、焦ったのはニルバ様だった。


「野営地で何かあったのかも知れない。戻ろう!」


 一斉に走り出す。あのしっかりした御者さんが馬やスーベラガをほったらかしにするわけ無いもんな。走り出した俺達の前を、スーベラガが走っていく。意志を持って、俺たちを呼びに来たようだ。


「じい!」


「ラダ!」


 野営地にたどり着き、留守番組の姿を探す。すぐに野営地の入口近くにいるのが見えた。2人が振り返る。良かった。怪我はなさそうだ。


「どうした……彼らは?」


 ニルバ様の視線が、ちょっと離れたところで転がっている男たちに注がれる。4人が白いネバネバしたものに塗れて転がっていた。


 ん? あれ、トリモチじゃね?


 ラダを見ると、怖かったのか鼻をすすりつつも、サムズアップしてきた。よくやった!と俺も返す。


「グアー」


 スーベラガの声。呼びに来たのは俺たちとともにいる。声を上げたのはもう1頭の方だ。道の先でこっちを見ている。


「馬車だ。ネルギー、見てくる!」


 クエンさんが駆けていく。木々に隠れるように、ボロい幌馬車の姿が見えた。スーベラガも普通にしているし、他に人はいないということだろう。


「じい、状況を」


「はい、坊っちゃん」


 ニルバ様に御者さんが頷く。


「まず、スーベラガが近づく馬車の音に気づきました」


 スーベラガめっちゃ優秀。


「テント内にいたラダさんと合流しましたところ、その4人が降りてまいりました。誰何したところ、いきなり武器を取りましたので制圧いたしました。ラダさんも頑張りましたよ」


 ふんすとラダが頷く。


「なるほど。何者だろうね?」


 首を傾げるニルバ様。クエンさんが戻ってきた。俺たちにだけ聞こえるように、口元を隠す。


「さっき掘り出した箱と同じようなのが積み荷にあったよ」


 うわ。一気に面倒臭さが上がったぞ。ただの野盗だったならまだ良かったのに。


「お、お前たちは何者だっ!」


 未だベトベトで転がったまま、1人の男が喚き出した。いや、それはこっちのセリフだよ。


「グラン家の者と知っての狼藉か!」


 ゲロってんじゃないよ。ちらっとニルバ様を見ると、わずかに小首を傾げた。知らない家名だったのかな。


「お嬢様に言いつけてやる! さっさとこれを外せ、阿呆共が!」


 どんどんゲロるな。これ、喚かせとけばいいんじゃない? そう思ったのは俺だけじゃないらしく、皆一様に男たちを見やるだけで動かない。


「くそっ! おい、仲間をどうした? 2人残って見張っていたはずだ!」


 え、マジで? ネルギーさんを見るが首を横に振られる。間近に人がいた痕跡なんてなかったよね?


「俺たちは数日前にここに来た。だが誰もいなかったし、何も残っていなかったぞ」


 カタンスさんの言葉に、「くそ、あいつら逃げやがったな!」とか毒づいている。だといいねぇ。まだどこかで生きてるってことじゃない。最悪スライムのご飯になってるけど。


「ここで何してたんだ?」


 ネルギーさんの問いに、男がふんと鼻を鳴らす。


「お前たちが知る必要はない」


「ふぅん。とかいって、自分たちも何してるのか知らないんじゃないの?」


 俺が小首を傾げると、さっきまで喚いていた男とは別の男が「黙れ」と嫌そうに口にした。そいつだけ細身で、動けないくせに人を見下したような目付きをしている。


「冒険者風情が口を出すな」


「ぷふふ。簀巻きになってるくせに、何言ってんの? 野盗風情が何を知っているってのさ」


「野盗などではない! 俺、俺は!」


 急に激高して暴れ始める。


「レイト、煽るんじゃないよ」


 コクシンが小声で咎めてきた。大丈夫だろう。こちらに攻撃してくる手段があるなら、もうとっくにしているはずだ。攻撃系の魔法は使えないと見ている。


「俺は世界を変える男だ!」


 大きく出たなぁ。つばを吐きながら、どこか目つきが怪しくなってきている男。


「ねぇねぇ、大丈夫? あの人。なんかブツブツ言ってるけど。やばい薬でもやってるの?」


 最初に喚いていた男に聞いてみる。彼は気味悪そうに男を見やり、「だから連れてくるのは嫌だったんだ」と顔を歪めた。立場が違うのかな?


「とりあえず、捕縛し直そう。尋問は後でいいだろう」


 ニルバ様が仕切り直す。そうだね。なんかトリモチからいい匂いするから、お腹空いてきたわ。手分けして括り直そうとしたところで、ラダが待ったをかけた。


「その白いのに触らないで。水でも落ちないんだ、それ…」


 自分の手を見せるラダ。白い物がこびりついている。なんか幽霊みたいに手を前でぷらんとさせてるなとは思ってたんだ。


「下手に触ると、いろんなものに付くんだ…」


 よくよく見れば、御者さんも汚れている。そして、いつも手を後ろで組んでいるのに、今日は体の横だ。


「えー、除去剤…ラダが使えんのか」


 俺にも落ち度はある。助けて鑑定さーん!


『トリモチ改

モチイモから作られた捕縛剤。その粘着力は強力。火で炙るとパリパリになって取れる。手に付いたときは、材料からモチイモを除いたものを水に溶いて洗おう。

食べない方がいい。』


 鑑定さん? 流石の俺も食べようとは思わないよ。


「ラダ、トリモチの材料は?」


「え? えっとね、イモ、小麦粉、塩、砂糖、ミツの実、あと酸っぱいもの」


 え、なに。なにかお菓子のレシピなの、それ。いい匂いしてるはずだわ。後であいつらの火で炙って取ってやろうかな。


「酸っぱいもの?」


「今日はスライムを入れたよ」


「…なんて?」


 思わず聞き返す。


「スライム。酸っぱいもの探してたら、御者さんが、『昔スライムを齧ったら酸っぱかったんですよ』って、教えてくれてね」


「何してんの?」


 思わずタメ口で御者さんを見上げてしまった。御者さんは楽しそうに笑いながら、「若気の至りで」と言った。なにがあってスライムを齧ってみることになったのか。聞いてみたいが、今はそんな場合じゃない。


 スライムは近くにいなかったので、ニルバ様が魔法鞄を漁ってレモンっぽい果実を出してくれた。小麦粉、塩、砂糖、ミツの実の蜜、レモン果汁。それを水で溶く。たらいにたくさん作り、手を洗ってもらう。


「あ、落ちましたね」


 御者さんがきれいになった手をグーパーしている。ご迷惑おかけしました。ラダも手やら顔についたものを洗い落とす。後で水でちゃんと洗い直しなさいね。


 野盗もどきたち? 火あぶりの刑ですよ。大丈夫、火傷したって一発で治るし。ヒドクナイヨ。だって鑑定さんがそう書いてたんだもの。実験付き合っていただいて感謝であります。腹が空いたので、甘いパンケーキを焼こうね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] じいのわけわからんとこが好きです ラダも強力なトリモチ作れてすごいですね [一言] 火炙りにするとき、レイトめちゃくちゃいい笑顔してそうだなーと思いましたw
[一言]  ラダ、この貴族の専属薬師になったほうが良いんじゃね?
[良い点] 何気に鑑定さんに人格が生えているw [一言] 絶妙なゆる〜さが好きです。 毎回楽しみにしています。
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