え、作らないよ?
バイブ機能で目が覚めた。おかしいな、スマホなんかあるわけないのに。隣のコクシンはすやぴと眠っている。ラダは、至近距離でこっちを見てガタプルしていた。
「え、なに…。怖いんですけど」
とっさに気配を探ってみるが、馬たちは静かだし危険な感じもしない。
「ラダ?」
「レイト、どうしよう。僕殺されちゃうかもぉ」
「えぇぇ?」
半泣きで痛いくらいにしがみつかれる。この数時間で何があった。ちょっとナーバスにはなってたけど、殺されるとは穏やかではない。
「んん、とりあえず外に出よう」
ラダを促しテントの外に出る。ネルギーさんたちはまだ戻ってきていない。向こうの方で御者さんが馬たちといるのが見えた。連れションを装い、森との境目までともに歩く。
「んで、殺されるって、どういうこと?」
寝起きでラダの頭が爆発しているが、今は流石に笑えない。いやちょっと堪えている。風呂に入ったからか、サイ○人みたいだ。
「あのね」
周囲に人はいないのに更に声を落としている。
「僕、ノグリア作れちゃうかも…」
一瞬言っている意味が分からず、マジマジとラダの顔を見つめた。
「は? え、はぁ!?」
ようやく言葉を消化し、さらにわけがわからなくなった。
「え、待って? ノグリアって、改造魔石とか言ってたやつだよな? なんで調剤のスキルで作れるんだよ!」
「あ、うん。そこかぁ」
俺の言葉はラダの想像の範囲外だったらしい。ちょっと緊張感が抜けた。
「魔石自体は素材に使ったりできるよ…」
「マジかぁ。ん? それでなんで殺されるなの?」
「だって、作るのも使うのも禁止されてるんでしょ」
首を傾げた俺に、ラダが口を尖らせた。
「別にまだ作ってはないだろ。っていうか、前にも普通にご禁制のもん作ってたじゃん」
キョトンとするラダに、髪の毛を指差す。ハッとしたように顔を輝かせ、「そっかぁ」と納得する。
「まぁ、それとはヤバさが違うけどな。誰にも言わなきゃ大丈夫だよ」
びっくりした。っていうか、なんで調剤スキルで魔石をいじれるんだよ。錬金術とかそのへんじゃないのか? 昔誰が作っていたかまで把握されてたらヤバイけど、ニルバ様たちは言及しなかったから大丈夫だろう。
「なんで作ろうと思ったんだ?」
そもそも、作ろうとしない限りレシピは思いつかないはずなんだけど。師匠に聞いたことあったのかな。それとも、キーワードで出てきちゃうのかな。
「…レイトがさ」
え、俺?
「いつだったか、魔導具作りたいみたいなこと言ってただろう? 燃費がいいって聞いて、つい、役に立つのかなぁとか思ってたら、レシピ出てきちゃった…」
「お、おぅ」
そりゃ、なんというか、ご愁傷さま? いや、ありがたい。ありがたいよ? 何気なく言ってたこと覚えててくれて嬉しいよ。けどさぁ。
「たしかに性能がいい魔石は魅力的だけど、それは封印しとけ? 俺にも教えるなよ?」
「…共有しようよ」
「やだよ! ポロッとしたらどうすんだよ!」
「僕だって怖いんだよ! 大丈夫だって。ほら、レイトなら無害化できるかもしれないじゃん」
そんなわけあるか! タコのようにうねうね絡みだしたラダを放り出し、一足先にテントに戻る。知ったら作ってみたくなるってのが人間ってもんだろう。俺に危ない橋を渡らせるんじゃないよ。
「レイトレイト! じゃあ、例のものパート2はどう!?」
追いついてきたラダが、のたまう。
「おだまり!」
なんだよ、パート2って。もしかして、無害化とまではいかなくても使えるバージョンがあるのか? いや、あるならニルバ様が教えてくれるよな。ヤバイものってことじゃん。やめてよ、めっちゃ気になるぅ。
残念ながら、調剤スキルは出来上がるものがなにか示さないからなぁ。どういうことだよ。
「…何してるんだ?」
テントからもそもそ出てきたコクシンが、頭を抱える俺とどうにか俺を巻き込もうとしがみついているラダを見やって、首を傾げた。
「なんでもないよ。ね?」
ラダを見ると、ラダも頷く。ラダもコクシンを巻き込もうとは思わないらしい。知ったら、たぶんラダの比じゃないくらいに思い悩むはずだ。
「ふぅん」
眉を寄せ納得してない顔のまま、コクシンはテントの中に引っ込んでしまった。ラダと顔を見合わせる。拗ねちゃったよ。
「よし。ご機嫌伺いしておいで。俺、昼ご飯用意するし」
ラダをテントに押し込む。
「ちょ、無理!」
「言うなよ?」
「レイト!? 待って待って、コクシン顔怖いからぁ!」
悲鳴をあげるラダを放置して、俺は昼ご飯の準備だ。え? ヒドクナイヨ? じゃれ合いじゃれ合い。ご飯食べたら機嫌治るから。
「にぎやかですね」
御者さんがやってきた。
「すいません、うるさくて」
「いえいえ、何かほのぼのします」
嘘じゃないだろう。ニコニコしてるし。御者さんはニルバ様ほど、俺たちの関係に違和感を感じないようだ。
「そうそう。トカゲをゲットしたのですが、調理なさいますか?」
「ほぇ?」
御者さんが焚き火あとのあたりを指差す。コモドオオトカゲ並みの巨体が、デーンと横たわっていた。
「えっ、あ、え? いつの間に。てか、すいません。俺たち眠りこけてて」
「いえいえ。スーベラガが散歩中に見つけましてね。食いでがあるかと、さくっと」
さくっと御者さんが倒したんですか。マジでじい最強説が…。
ありがたく頂いて捌く。トカゲは鶏肉っぽいって言うし、唐揚げにしようかなぁ。昼から重いか。このあと動くからいいか。ラダの機嫌も治るし。うん? なんだ、この器官。喉のあたりに付いてる袋みたいなの。
「あ、それ。冒険者ギルドに買い取ってもらえるそうですよ。火袋です」
「ひ」
え、待って。このトカゲ火を吹くの? っていうか、外傷ないんだけど。どうやって倒したんだろう。
「いろいろご存じなんですね」
「ふふふ。嗜みですよ」
ラノベかよ。メイドの嗜みとか言って戦闘もこなしちゃう、あれだろ。執事バージョンもあったな。元暗殺者とかじゃないだろうな。そりゃニルバ様、御者さん置いていって平気な顔してるわ。
謎は謎のまま、御者さんは「では仕事に戻りますので」とか言って、馬車の方へと行ってしまった。深く追及はせんよ。怖いじゃない。
ぶつ切りにした肉に下味をつける。油の準備をしていると、ラダとコクシンが出てきた。ラダの髪型がちゃんとしている。コクシンはニュートラル、だろうか。
「あ! 唐揚げだぁ!」
いち早くラダが気づく。
「うん。これのだけど」
残っているトカゲの頭を見せる。ぴしりとラダは動きを止めた。
「な、なに、それ」
「トカゲだね」
「大きくない?」
「大きいね。しかも火を吹くらしいよ」
固まっているラダの横を抜け、コクシンがスタスタと歩いてきた。
「レイトが狩ったのか?」
その顔が「また無茶したんじゃないだろうな?」と言っている。冤罪だ。
「御者さん」
「うん?」
「じいやさん。サクッと倒したらしいよ」
コクシンはトカゲを見、御者さんを見、それから「なるほど」と呟いた。
「是非ともご教授賜りたいものだな」
向上心溢れてるねぇ。まぁ無理だと思うけど。かる~くはぐらかされそうだ。
「あ。みんな帰ってきたよ」
ラダの言葉に遺跡の方を見ると、ニルバ様たちの姿が見えた。怪我もなさそうだ。なにか進展があったんならいいけど。