名前の付け方
日が暮れ始めた頃、ネルギーさんたちが戻ってきた。誰も欠けていないし、見た感じ怪我もない。ひとまずホッとし、早めの夕食にしつつ報告を聞くことになった。
「倒した進化スライムは5体。朝のと合わせて8体いた事になるな。それぞれ魔法持ちなんかもいたが、問題なく倒せた」
「おー」
「一応隅まで調べたが、警戒はしておいてほしい。あと、ドーム内は2階と地下があった。どうもその地下に例のものがあったようで、物はもうないが魔力が濃い場所があった」
ちらっとネルギーさんがクエンさんを見る。クエンさんが頷いた。
「スライムが食い尽くしたのか、他の魔物はいないよ。ただ今後はわからないね」
「放っておくとまた進化しそうな感じ?」
ニルバ様が尋ねると、首を傾げた。
「どれぐらい摂取したら進化するのかわからないけど、少なくとも異常なほどの魔力量ではないよ。自然でも見かけるくらいだから。捕食者がいなくなって、他のが入り込んでくる可能性はあるね」
「ああ、そっちか。了解した。調査には今のところ問題ないということかな?」
ネルギーさんとクエンさんが頷く。
「お前たちはどうする?」
問われ、俺はコクシンとラダを見た。どちらも俺の反応を待っている。興味がないといえば嘘になるが、無理はしたくない。
「ここで待ってるよ」
ネルギーさんは「そうか」とだけ言った。
「美味しいご飯を作っておくよ」
ちょっとおどけて言うと、皆から笑い声が漏れた。
「確かに、美味いな。このスープ、昨日煮込んでたやつだろう?」
「そうだよ。ニルバ様手持ちの鶏肉がもらえたんで、つみれも作ってみたんだ」
「つみれ?」
「この丸いの」
包丁でひき肉にして、生姜と塩で味を整えた。昨日の残りのネギも入れた。ちなみに軟骨は入っていない。俺が苦手だから。コリコリ美味しいらしいんだけどね。肉まんに入っているたけのこも苦手だ。
「うん、美味しいね。手間をかけて作るなぁとは思ってたけど、この味なら待てるね」
ニルバ様にも好評のようだ。
コクシンとラダも美味しそうに食べてくれている。味噌か醤油が欲しいところだ。ファンタジー的に醤油の実とかありそうだけど、さすがそこまでは無理か。お米はギリありそうだけど。
夜の警戒は、できるだけ俺たちで受け持つことにした。せめてできることはしないとね。開けているので、近づいてくればすぐにわかる。
翌日、ネルギーさんたちとニルバ様はドームへと向かっていった。御者さんは馬やスーベラガの世話。俺たちは午前中寝て、昼から周辺の警戒と食料の調達をする。と言っても奥へ入ると危ないので、野営地が見える範囲でだ。
「あ、キノコだ」
木の根元に茶色いキノコを発見する。キノコは毒持ちがあるから危険だけど、俺は鑑定があるからな。どれどれ。
『笑いキノコ
食べるとしばらく笑いが止まらない。焼くと美味しい』
これ、だめなやつだよな? でも笑うだけならいいんじゃないんだろうか。美味しいって書いてあるし。一瞬心惹かれるが、やめておく。
『ロサボー
赤く透き通った傘を持つキノコ。麻痺毒を持つ。鎮痛剤の材料。火にさらされると爆発的に増えるので、管理には注意が必要。食べられないこともない』
うお、これも危ないな。そしてなにげにチャレンジャーな鑑定。俺の意識によるものだろうけど、これは毒判定してください。興味が湧くじゃんか。ラダに持って帰ってあげよう。
それにしても、この世界の名前ってどうやって付けられてるんだろう。名は体を表す的なのもあれば、謎の言葉のときもある。古代言語とか、方言的なものかな。
「ああ、大体は新種の発見者が付けるんですよ」
野営地に帰って、手が空いていた御者さんに聞いてみたらそう答えが返ってきた。
「名前そのままのものは、冒険者が付けることが多いですね。有用そうなものには、自分の名前を付ける方もいますし」
「へぇ~」
「確か坊っちゃんもいくつか名付けておいででしたよ」
「えっ! ニルバ様魔物にも詳しいの?」
驚いて聞くと、いやいやと手を振られた。
「遺跡にですよ。実際、ここにも名前が付いていないんです。〇〇村の近くの遺跡、みたいに呼ばれることが多いようですよ」
「な、なるほどー」
とりあえずの管理しかされてないと思ったら、名前さえ付いてない場所だったとは。まぁ、遺跡で重要なのは出てくるアーティファクトであって、そこから読み取れる歴史はどうでもいいみたいだからなぁ。
「じゃあ、ここもニルバ様が名前付けるんですか?」
「どうでしょうね。今後も立ち寄る必要性があると判断されれば、お付けになるかもしれませんね」
「そうなんですね」
名前も付いていない、人に知られてもいない場所はたくさんあるんだろうか。ちょっと気になる。ニルバ様じゃないけど遺跡巡りも楽しそうだなぁ。
聞けば名前を付けると言ってもどこかに登録するわけではなく、「僕がこういう名前を付けました」で、それが広まれば名前として認知されるのだとか。なので地方ごとに違う名前で呼ばれているものは多いとか。じゃあ、鑑定はどうなんだろう。今のところ名前がたくさんあるものは出てきてないけど。今いる場所で呼ばれている名が出るんだろうか。というか、居場所把握してんのか、鑑定さん。
遺跡の方に目を向けて、鑑定を使ってみる。発動しないな。街とかにも使ったことないな、そういえば。ちょっとだけ近づいて、崩れた一軒を鑑定してみる。
『廃屋
崩れてから年月が経ったもの』
見りゃ分かるよ! と、思わず突っ込みたくなるような文章が出た。そう上手くはいかないか。まぁ、これで歴史が知れてしまうとそれはそれで困る。
「レイト。ウサギ捌き終わったぞ」
ぼーっと考えていたら、コクシンが来た。今日の獲物はウサギだ。
「お、ありがと。焼くのはまだ早いな。ニルバ様に預けといて」
「もうお願いしてきた」
「そっか。じゃあ、ラダ…はなにか作ってるみたいだし、鍛錬でもしていようか」
コクシンがコクリと頷く。今のところ野営地に人を襲うような魔物はやってきていない。クエンさんが言うには遠巻きにはしているらしい。魔力を使い切らないように気をつけつつ、ちょっと練習でもするか。
コクシンが剣を振り飛ぶ斬撃の練習をしている。ネルギーさんに比べればスピードが足りないが、最初の頃より随分コンパクトになっている。
俺は石つぶての威力を上げる練習だ。数が増えると、操作が難しくなる。うーん、矢じりを飛ばす感じにしたいんだけどな。木に埋まったつぶては、少し尖っているだけだ。最終的には炸裂弾にしたい。
「そういえばレイト。お風呂は入らないのか?」
とりあえず終了なのか、コクシンが剣を収めながら声をかけてきた。
「あー、風呂なぁ…」
「内緒なのか?」
「いや、そういうわけでもないけど」
遠征に出てから入ってないんだよなぁ。のんきに風呂に入るのはどうかと思うし、俺たちだけ入るって訳にもいかないだろう。そもそも、湯に浸かる習慣自体あまりない。
「気に入ったの?」
聞くと、「そうじゃなくて」と視線を逸らした。
「寝る前に体を拭うだろう? レイト、ため息ついてるからさ」
「…え、あ、俺? 俺が入りたいんじゃないかってこと?」
「違うのか?」
小首を傾げられ、俺は思わず「うわぁ」とうずくまってしまった。気づかれてるとは、っていうか、態度に出てたとは思わなかった。
「まぁ私も入りたいし」
どっちなのよ。どっちでもいいか。夕食時にお風呂用意してもいいか聞いてみようっと。