進化スライム
コレでもないアレでもないと、魔法鞄から本を出してはパラパラしているニルバ様。やがて「あった、これだ!」と、1冊の本をページを開いてみんなの輪の中に差し出した。
『魔物の進化についての推考』
開かれたページの表題がそうなっていた。
「アブリフという人の日記なんだけどね。スライムが進化したという記述があったの、今思い出したよ」
ニルバ様の言葉にみんなで文字を追う。ネルギーさんとカタンスさんは混じってこない。俺の視線に気づいたのか、ネルギーさんが笑った。
「文字は読めるんだがな。読めることと知識があることは違うだろう」
そういえば、そんな話で俺たちに依頼が来たんだっけ。
「変に知識があるのバレると、面倒な依頼回されんだよ」
その面倒な依頼を出したニルバ様が苦笑する。
「否定はしないよ。冒険者を下に見るためにわざわざ同行させる馬鹿なのもいるからね。俺は話し相手が欲しかっただけなんだけど、まぁ面倒なことを言っている自覚はあるよ」
ネルギーさんたちがこの依頼を受けたのは、ギルドからの指名だったかららしい。
まぁ、それはともかく。
「えーと、『今日私は生命の神秘を見た。魔物であるスライムが進化したのだ。そう、この日は宿で』……。あー、何だこれ」
俺が1番本に近かったので音読しようとしたのだが、日記というだけあって、朝起きてからのどうでもいい話が綴られている。宿のなんとかちゃんが可愛かったとか、どうでもいい。
「読みにくいだろう? すぐ脱線するんだこの文章」
ニルバ様が笑う。
「えー、乗合馬車に乗って、んー? 馬車の機構について、からのー、同乗者の尻の話、からのー、服の話。散らかってるなー。あ、この辺からかな」
要約すると、護衛の冒険者たちが、倒した魔物を野良のスライムに食べさせ処理しようとしていたらしい。ついでに同乗者たちもゴミを与え始めた。その中の一人、年端もいかない女の子が手持ちの何かを与えた途端、スライムが光り膨張し始めた。そして、女の子を飲み込んだ。そこにいたのは、馬車よりも大きくなったスライムだった。
「結局女の子は助からず、彼らは負傷者を出しつつなんとかスライムを倒したと」
「野放しにしなかったのはいいが、褒められた行為ではないな」
ネルギーさんが眉をひそめる。
「過剰な餌の摂取か、もしくは少女が食べさせた魔石が原因ではないかと書いてあるね」
それに一同が首を傾げた。
「冒険者ギルドにいるスライムは結構食べてるよな? クズ魔石も食わせてるはずだ」
カタンスさんの言葉に頷く。ギルドにもスライムが住んでいる。解体で出たいらないものを、もりもり食べているのを見たことがある。
「え、じゃあ、人間を取り込んだことが起因なわけ?」
ゾッとしたようにパンタさんが自分を抱く。
「いや、その前に変化は起きてる」
「実は魔石じゃなかったとか?」
少女がそんな大層なものを持っていたのだろうか。いや、そもそも魔石を持ち歩くだろうか。
「これじゃないか?」
コクシンがすっと紙面を指差した。俺が読み飛ばした辺りだ。
「えー、『商人の積み荷はノグリアのようだ』」
「「ノグリアだって!?」」
反応したのはネルギーさんと、ニルバ様だった。俺から本を奪い取り、顔を近づけて文字を追う。
「あぁぁ、本当だ。読んだはずなのに、思い出せなかった」
頭を抱えるニルバ様。ネルギーさんは難しい顔をしていた。え、なに。ノグリアって、そんな面倒なものなの? ちらっとコクシンを見るが彼は首を振った。
「ノグリアというのは、昔作られていた改造魔石だ。1つにいくつもの魔石の力を込めたやつで、暴発したり所持者に悪影響が出たりするんで、禁止になった厄介なものだ」
ネルギーさんが教えてくれた。
「燃費がいいし高威力が出せるって、一時期流行ったらしいんだ。でも、魔物を呼び集めてしまったり、魔力を狂わせたりするってことで、制作も所持も禁止になったはずだよ」
続いてニルバ様。「もう30年ぐらいは前の話だよ」との言葉に、え?と思わずネルギーさんを見てしまった。そんな年には見えないが。
「人から聞いて知っていただけだ」
ですよね。一瞬ニルバ様と同年代かと考えてしまった。いろんな種族で、寿命もいろいろだからな。
まぁそれはさておき。
「つまりは、そのノグリアか、それに近いくらい魔力のあるものを取り込んでしまったってこと?」
前回の草刈りがいつだったのか知らないが、少なくとも数カ月のうちに進化したってことだろう。しかも、数体が一気に進化するほどの何か。
「そうだね。禁止になったとはいえ、どこかに隠されていたとも…。ん? ここに隠されてたってこと?」
「それか、ここが製造元だったのかもな」
ニルバ様に続いたカタンスさんの言葉に、皆が黙り込んだ。あれ、でも、遺跡っていうからにはもっと昔の…。あ、遺跡を利用してたってだけか。周囲に村はないし、建物あるしで危ないもの作るにはうってつけだよね。
「一旦戻ったほうがいいかい?」
ネルギーさんたちが顔を見合わせる。
「いや、戦力的には問題ない。10とか20一度にってんならヤバイが。ただし、最初に俺たちだけで入って駆除する」
「構わないよ」
俺たちも頷く。そもそも俺たちじゃあ、戦力にならない。俺の土魔法は通じなさそうだし。コクシンは、ドーム潰していいなら戦えるかも?
そんなわけで、昼ご飯を食べたあとネルギーさんたちだけが、進化スライム退治に向かっていった。俺たちはお留守番。ニルバ様はさっきの考察を書きまとめている。
「ニルバ様って、そういうの本にしてたりするんですか?」
ふと思いついて聞いてみた。
「んー、まとめてはいるんだけどね。一部の愛好家の間で読まれているだけだね」
「そうなんですか」
「読んでみるかい?」
1冊の本を出してくれた。丁寧な装丁が美しい本だった。せっかくなのでパラリとめくってみる。
「……」
「どう?」
ニルバ様が首を傾げる。どう、答えたらいいんだろう。さっきの日記を読みにくいと言っていたが、これも大概だと思う。あちこちにニルバ様のテンション爆上がりの感嘆が散りばめられている。それがなんか鬱陶しい…。肝心の遺跡や景色の様子が頭に入ってこない。
「好きな人は好きそうですね」
なんとかそう答えた。ありがとうございました、と、丁寧にお返ししておく。
時々戦闘音が聞こえる。進化スライムは残る一体じゃなかったのかな。もしかしてドーム内にみっちみちになっているのだろうか。以前スライムを飼いたいなんて考えたことがあったが、スライムって案外危険生物なんだな。
ネルギーさんたちが無事に戻ってくることを願いつつ、俺は昨日のスープの仕上げに精を出すことにした。
 




