遺跡探検
遺跡調査1日目。俺達とネルギーさんたち、そしてニルバ様で歩いて遺跡に近づく。クエンさんを先頭に、ゆっくり歩みを進める。
「崩れてからだいぶ経っているね。石は、この辺で取れるものかな。統一されているみたいだけど」
崩れた最初の家で、ニルバ様が立ち止まり観察を始めた。
石造りといったが、レンガのように積んでいるようには見えない。どちらかといえば、コンクリ製だ。風化している欠片が蔓植物に絡まれている。
部屋割りはされていないように思える。ただの四角い小屋状だったのだろうか。
「ふむふむ。次を見てみよう」
ニルバ様を囲むように動く。俺は1番後ろで、ぼんやりそれを眺めていた。もちろん緊張感はある。ただ出発前よりかはこの遺跡に対する興味が失せていた。
ふと、クエンさんが周囲を警戒するような素振りを見せた。ネルギーさんたちも、立ち止まり武器に手をかける。カラカラ…と、石が転がる音がした。側にいたラダがびくりとする。
ひょっと顔をのぞかせたのは、ウサギだった。こっちに気づき慌てて逃げていく。ホッとしたのを見抜いたかのように、
「気を抜くなよ。あれがいるということは、肉食の奴らもいる可能性がある」
と、ネルギーさんが忠告をした。
たしかにそのとおりだ。改めて周りに気を配る。
「おかしいな。生活感がまるでない」
ニルバ様は慣れているのか、緊張はしていない。崩れた家の中を覗きつつ、首を傾げている。そうなんだよな。お皿とか鍋とか、ベッドとか服とか、そういうのがまったくない。全部持っていったのだろうか。それとも住む場所じゃなかったのか。
ドーム状の建物に近づいた。入り口にドアはなく、ぽっかり暗がりが口を開けている。そことは別に、壁の一部が崩れていた。近づくと、それなりに大きな建物だった。
「魔物の気配がするから、それ以上は近づかないで」
クエンさんが警告を発する。皆が足を止める。ネルギーさんが剣を抜いた。
「何かはわかるか?」
「いや。強くはないね。でも複数いるようだ」
ずりっと、何かを引きずるような音がした。
「来るぞ」
カタンスさんの声。
ぬぅ。
ドームの入り口から姿を見せたのは、薄緑色の大きなゼリー状のなにかだった。
「スライム?」
戸惑ったようにクエンさんが呟いた。
入り口から一部しか見えないくらい、でかいスライムだった。ここまででかいと圧迫感があって怖い。と、覗いていたスライムの後ろからもう一体来た。頭上から、こっちは水色のが姿を見せる。
みちぃ…
「……」
3体が同時に出てこようとして、入り口に詰まった。ゼリー状の体の向こうに、赤い色のスライムが見える。それがグイグイと3体を押しているようだ。
「えーと、これ、倒していいんだよな?」
ネルギーさんが確認するようにメンバーを見た。
「いいんじゃないか? ここまで大きいと人を襲う可能性がある」
「そうだね。色が違う。魔法かスキルを使うかもしれないから、気をつけて」
カタンスさんに続き、クエンさんも頷く。パンタさんも杖を構えた。
みちみちしているスライムに向けて、ネルギーさんが剣を振った。コクシンとは違い、ちゃんとコントロールできている。詰まっているスライムにだけ刃が飛んだ。
ぶしゅっ!
どれかが弾けた。じゅわっと溶けたような音がする。
「障壁」
パンタさんが杖を振ると、水の障壁が俺たちとスライムの間に現れた。その向こうで、スライムの一体が破裂する。連鎖するように、隣の一体も弾けた。
スライムって、こんな死に方するんだな。核を壊さないと、みたいな感じじゃないのか?
障壁が消える。2体が弾けたことで、スライムの勢いが止まった。赤いのが一目散に奥へと消えていき、残った水色のがブルブルしている。
「しっ!」
ネルギーさんが斬りかかる。ぶりゅっと、スライム自身が割れて、その攻撃を回避した。分かれた一端が、ネルギーさんに向かって伸びる。剣がそれを薙ぎ払う。びちゃりと落ちた欠片が飛び上がった。それをカタンスさんが叩き潰す。その間にネルギーさんは本体を倒していた。
「ふぅ」
ネルギーさんが一息つく。
「面倒くさいのがいるな」
地面にゼリー状のものが散らばっている。ふと、それが動いた。
「まだだ!」
俺の声にすぐさま反応する、ネルギーさんたち。動きかけたそれを潰すが、次のがウニウニし始める。
「おいおい」
「ネルギー! 魔石を壊して!」
パンタさんの言葉にネルギーさんが1つ、カタンスさんがもう1つ、地面に転がっている魔石を踏み潰した。ゼリー状のものが力を失くし、地面に吸い込まれていく。
「進化してやがるな。クエン、居場所つかめるか?」
「難しいね。スライムって察知しにくいんだ。進化してもその特性は変わらないみたいだ」
クエンさんが肩をすくめる。
「一旦下がりたい。構わないか?」
ネルギーさんに聞かれ、ニルバ様は「もちろん」と頷いた。周囲を警戒しながら野営地まで戻ると、早い撤退に御者さんが心配そうに出迎えてくれた。
「スライムは進化すると、とたんに厄介な魔物になる。魔石を壊さないといけない場合があるから、冒険者にとってはなんの旨味もない魔物だな」
お茶にしながら、ネルギーさんが教えてくれる。スライムの魔石は小さいし、ゼリー状のものは残らないからね。
「進化する条件は?」
聞くと、ネルギーさんは首を傾げた。パンタさんに視線を飛ばすが、パンタさんも首を振った。
「俺もダンジョンで見たことがあるだけだからな。条件か。魔素が多いことか?」
「うーん。3体、もっといるかもしれないことを考えると、ここにその条件があるってことよね。ここ魔素溜まりなのかしら。そういう話は聞いてないけど」
「今まで何度もギルドや騎士団が来てるんだよね?」
俺の言葉にニルバ様が頷く。
「そう。俺も反省はしたからね。そのへんはちゃんと確認したよ。ゴブリン程度がいたことはあるらしいけど、進化したスライムの話は知らない。魔素の話も聞いてないね」
「じゃあ、突然餌になるようなものが現れたのかな」
首を傾げると、
「スライムは何でも食べるんだよね?」
と、ラダが呟いた。
「じゃない? でも地面とかは食べないね」
もしかしたら、食べるものがなくなったら食べるのかもしれないけど。少なくとも、ごみ捨て場にいた奴らは、地面や壁までは消化していなかったと思う。
「じゃあ、家の中のものはスライムが食べちゃったのかもね」
ラダの言葉に、ハッとしたように皆がラダを見た。それにビックリしたようにラダが後退る。
「なるほど。それで何もないのか」
ニルバ様の言葉に、「しかし」とネルギーさんが再び首を傾げた。
「だからといって、急に進化するか? 最近までスライムはここにいなかったのか?」
「何もないのは、以前からですか?」
俺の問に、ニルバ様は曖昧に首を振った。
「どうだろう。確か遺跡の発見時はアーティファクトがいくつか見つかったはずなんだ。それ以外のものがあったかどうかは、記載されてなかったし…。あ、ちょっと待って! 何かで見た記憶があるぞ!」
ふいにニルバ様が自分の魔法鞄をごそごそし始めた。




