ネギを生やそう
4日目昼過ぎ、ようやく目的地についた。
遺跡群と聞いてはいたが、どう見ても石造りの廃村だ。草刈りのおかげか、森に埋もれることなく、ぽっかり空いた空間にそれはあった。崩れた石造りの家たち。その村の中央に、ドーム状の建物があった。ドームを2つ重ねた、雪だるまを押しつぶしたみたいな建物だ。これだけは一部の破損で済んでいるようだ。
「これと同じ状態の遺跡が、ここからそう離れてないところにあと2つあってね。3つ合わせて、何かの目的のために作られたとされているんだよ」
馬から降りてぼんやり見ていたら、ニルバ様がそう教えてくれた。
「何かって、分かってはいないんですか?」
「そう。あの中央の建物には、祭壇らしきものがあるらしいけどね。今までの調査では、年代も含めて解明されていないんだよね」
魔物が住み着いている可能性もあるので、まだ遺跡には入っていない。見渡せる空き地でキャンプの準備中だ。ニルバ様は俺の隣に並んで、目を輝かせていた。
「ああ、きれいな建物だね」
俺には特にきれいには見えない。装飾があるわけではないし、金ぴかなわけでもない。この世界的に、珍しい建築様式ではあるが。それでもニルバ様は満足そうだった。
そもそも、何度か話した感じ、ニルバ様は歴史が好きなのではなく、古代美というか今は見られない不思議なものを見るのが好き、といった感じなんだろう。
まぁ、俺もその辺はワクワクする。でも正直、壮大な神殿跡とかストーンサークル的なものを想像していたので、「え。しょぼい…」と思ったのは内緒だ。
ニルバ様はいそいそとノートを広げ、写生を始めた。
俺はそこから離れ、野営の準備に混じった。
昨日のことは、皆それぞれ自分の中で消化してくれたのか、今日は朝からいつも通りだった。約2名が役に立とうと空回っていたけど。
俺はカウンセラーでもなんでもないし、何気ない言動が人々を改心させていくなんて主人公性もない。気の利いた言葉なんてはけない。なるようになるさ、と、日々思っている。
「レイト。これ夕食に使えるかい?」
周囲の偵察をしていたクエンさんが、鳥を数羽仕留めてきてくれた。ありがたく貰い受ける。あれ。おかしいな。なんか俺ご飯係になってない? まぁ、美味しいもの食べたいからいいんだけど。
「唐揚げ!?」
鳥を捌いていると、ラダが目をキラキラさせながら寄ってきた。
「普通に串焼きです」
2日続けて揚げ物とか、俺は嫌っす。しょぼっとしながら、ラダがテントに戻っていく。いや、戻らんと手伝わんかい。あ、ラダには回復薬の増産頼んでたんだっけ。万が一があると困るからね。
調査は基本的にニルバ様とネルギーさんたちが動く。御者さんは馬たちと野営地で待機。俺たちは、明日ちょっと遺跡に入ってみて、魔物が多そうなら待機組になる予定だ。ちょこっと小耳に挟んだ話によると、御者さんも自衛ぐらいはできるのだとか。ラノベっぽく実は最強だったりしてね、じい。
塩と胡椒で味付けし、串に刺していった鳥を焼く。はじめは強火で周りをパリッと焼き、あとは遠火でじっくり焼く。暇だからスープを作ろうかなぁ。
芋の皮をしょりしょり剥きながら、視界にコクシンを捉える。ネルギーさんと仲良く喋っていた。というか、剣術の鍛錬中である。冒険者流の剣の使い方というのを、学んでいるんだろう。ネルギーさんもいい人だなぁ。
鍋に芋と人参を放り込み、じゃばっと水で満たして火にかける。あ、鳥ガラから出汁取れるんじゃね? 今日は時間も早いし、やってみよう。鍋を替えて、きれいに洗ったガラを煮込んでみる。臭み消しに生姜を入れてと。ネギも入れてたような気がするな。アクをすくい、沸騰させないように火加減を調整。ネギか。
「ラダー。今から栽培のスキルって使えるー?」
テントに向かって声をかけると、ラダがひょこっと顔を出した。
「少しだけでもいいなら、使えるよ」
「じゃあさ、あれ育ててくれる? ルルイヤ」
来る前に仕入れてきた、魔法植物。ネギっぽいって聞いたから、使えるんじゃないんだろうか。
「いいけど。見ててね?」
寂しんぼではない。成長するとダッシュするからである。俺も話を聞いただけで、実際見たことはないんだけど。
ちょうど手の空いたパンタさんに鍋を見てもらって、野営地のはしにルルイヤの種を数粒埋める。
「じゃ、やるね!」
ラダが手をかざし、うぬぬぬと唸り始める。特に何かが手から出ているようには見えない。魔力を使うと言ってたけど、目には見えないからな。
すぐに変化があった。土を割って、緑の頭が数個顔を出した。そのまま早送りの映像のように、ニョキニョキ伸びていく。地味にすげーな。
生えてきたのは、もうネギだ。20センチくらい伸びたところで、先端に変化が起こり始めた。
「ラダ、ストップ!」
ネギ坊主ができちゃうとまずい。
ぱっとラダが手を離したが、変化は止まらなかった。先端が丸くなり、それと同時に根っこがズボッと土から出てきた。器用に細い根っこで走り出そうとしたルルイヤの頭(?)をむんずと掴む。
ぶちっ。
千切れた。坊主の部分が手の中に残り、緑の葉っぱのほうがワサワサしながら逃げていく。追いかけようとしたら次の個体が土から抜け出した。
「ちょっ、待って!」
2番目の胴体(?)を引っ掴み、最初のを追いかける。3番目のが抜け出そうと体を揺らしているのが、目の端に映った。
「ラダ、捕まえろっ!」
「ふぇぇ!?」
最初のを捕まえ、振り向いて見たのは、地面に伏したラダと、走ってくるルルイヤに毛を逆立てているクエンさんだった。あ、猫にネギってだめなんだっけ? あ、ネルギーさんが捕まえた。
他のは? 植えたところを見ると、ネギ坊主はできずに葉っぱだけのが2本、ひょろっと残っていた。
思ったよりラダの栽培速度が速かったな。今度はもう少し早めに止めてもらおう。
むくりと起き上がったラダに「大丈夫?」と声をかける。魔力の使い過ぎではなく、捕まえようとして足をもつれさせコケただけのようだ。
「おーい。なんだコレ」
ネルギーさんが、捕まえた個体を持ってきてくれた。
「すいません。料理に使おうと思って」
差し出されたルルイヤはしんとしている。俺が捕まえたのも、もう動きそうになかった。土から離されてしばらくしたら死ぬんだろうか。
「びっくりした~。ナニソレ」
クエンさんもやってきた。もう毛は落ち着いている。
「ルルイヤっていう魔物植物なんだけど、クエンさん、入れない方がいい?」
「え、なんで?」
「いや、猫ってネギだめなんじゃあ…」
クエンさんがスンって顔になった。
「俺猫じゃないよ?」
「え、えぇ?」
いや、たしかに「猫の獣人です」とは自己紹介されてないけど。どう見ても猫じゃあ…。
「まぁ見た目がこうなんでよく言われるけどね。狐なんだな」
「え、えぇ!?」
どこにも狐要素がないですけど?
「どっちにしても、食生活は人と同じ、個人の好き嫌いだよ」
「そうなんだ。失礼なこと言っちゃった。すいません」
そういえば、ギルド職員の獣人ともそんな話したような。頭を下げる俺に、くすくすとクエンさんが笑った。
「構わないよ。このへんは獣人が少ないからね。慣れてるよ。全く特性を引き継いでいないってわけでもないし」
それでも、気をつけないとね。
ちなみに毛を逆立てていたのは、ただ単に『駆け寄ってくるネギらしきもの』にびっくりしただけらしい。
ルルイヤをちょっと齧ってみる。うん、ネギだな。一応鑑定で確認してから、ネギ坊主以外をちぎって鍋に入れた。パンタさんが丁寧にアクを取ってくれていたおかげで、スープはきれいに澄んでいる。もうちょっと煮込もう。
ネギ坊主部分は、生食できるらしい。細かくしてサラダっぽくしておこう。栄養豊富らしいし。
結局、スープは時間がかかるので明日に回すことにした。ニルバ様の鞄に突っ込んどけば大丈夫。ネルギーさんが、「怖いもの知らずか」とか苦笑していた。
串焼きも、ネギ坊主のサラダも美味しかったです。




