ぶっ込み話
遠征3日目の夜です。襲撃はあれど、特に問題もなく進んでいる。魔物分布で言えば、まだ俺たちでも倒せるレベル。不意打ちさえ受けなければ。まぁ、じゃなきゃさすがに護衛もどきでも俺たちを同行させないよね。
今日の晩ご飯は、途中で出くわしたフォレストボア、でっかい角があるイノシシだ。コクシンがカツを要求してきたので、ボアカツです。
コクシンに油づくりを頼み、ラダにはパン粉を作ってもらう。俺はせっせと肉を切っている。小さめにして早く火が通るようにしよう。あと、例の油吸っちゃう皿を作っとく。あ、金物屋で作ってもらったんだった。皿をポイして、鞄からバットと油切りを取り出す。
時々コクシンとラダから進捗情報が入る。なにか2人とも昨日からべったり度が増した。心配してくれるのはいいけど、いちいち報告してこなくていいから。
「2人はレイトくんに寄りかかり過ぎじゃないかい」
まるで雑談のように、ニルバ様がぶっ込んできた。いつもの顔で、いつもの声で、しかし刃のような言葉。その刃にやられた両隣がぴしりと動きを止めた。
ネルギーさんたちも、しんとなった。
「そう思わないか、レイトくん」
俺とニルバ様だけが、なんてことないように普通だ。
「そうですね」
俺は答えた。
「まぁ、俺その辺はどうでもいいんで」
「いいのかい?」
「犯罪さえ起こさないでくれれば、別にどうでもいいんですよ。ヘタレだろうとなんだろうと。偉そうに言えるほど俺だって出来た人間じゃないし」
ニルバ様が小首を傾げる。
「大人のくせにしっかりしろと言うなら、俺だって子供のくせに出しゃばるなと言われてしまう。まぁ、年齢的には大人ですけど、大人って都合のいいときだけ子供扱いしますよね。ニルバ様だって、俺を子供扱いしてそう言ってるんじゃないんですか?」
「いや、それは…」
「ま、俺が子供だろうと大人だろうと、2人が俺を当てにしてるのは変わりないですけど」
次は溶き卵を用意。肉を小麦粉、卵、パン粉の順につけ、油に投入する。ジュワ~と間抜けにさえ聞こえるいい音が響いた。
「楽なんですよね」
「楽?」
「ほとんど成り行きで一緒にいるけど、不思議なぐらい楽ですよ。俺はね、これでいて我儘だし自分勝手です。気分屋だし、上昇志向もありません。この2人は俺の好きにやらせてくれる。丸投げしてるとも言うけど、俺はそれを楽だと思う。じゃあ、好きにやっちゃうよ、って。まぁ、たまにイラッとするけどそんなのお互い様だし」
よし、第一陣出来上がり。次を投入して、一応出来上がりを確認するために割ってみる。大丈夫そうだな。
「もし、コクシンが『私が正義だ!』みたいなタイプだったら、そもそも放っておいただろうし、ラダが『薬を作ってやるから金よこせ』みたいなだったら、蹴り入れただろうし」
「「誰それ!」」
両隣からツッコミが入る。
「逆に言えば、そんな2人だから俺みたいなのに付き合えてるって話なんだけど」
そうは見えない悲しさ。2人がヘタレすぎて俺がまともに見えている。
「例えば、朝しっかり準備してギルド行くでしょ。依頼書見ながら、『やっぱり気分乗らないから帰って寝るわ』とか言い出すわけだよ。俺は。どう思います? パンタさん」
いきなり振られたパンタさんが、「えぇ?」と目を見開く。
「どうって、何言ってんの?ってなるわよね」
「だよね。でもこの2人はさ、『わかった』って、俺と一緒にいそいそ帰るんだよ。なんで?とも聞かないの。楽なんだよね」
「楽、ねぇ」
ニルバ様が分からないというように首を傾げている。
まぁ、俺の性格的なものだ。
元々ソロでいる気だった。2度めの人生を楽しもうと、好きに生きるつもりで町を出た。だから人の都合を考えなくていい、ソロを選んだ。
決定権がほぼ俺にある限り、今の状況はソロと大差ない。
「じゃあ、このままでいいと?」
皿の上にボアカツが積み上がっていく。途中で味変しようとパン粉にニンニクの粉を混ぜてみた。
ニルバ様の言葉に、俺はちょっと考えた。
「まぁ、人としては自立したほうがいいんでしょうけど」
このまま依存が増していけば、ダメ人間の出来上がりだ。いや、ニルバ様から見ればもうそうなんだろう。でもいいじゃん。頼りたい人がいて、頼られる方が楽な人がいて、ウィンウィンじゃん。
ラダはともかく、コクシンはなぁ。ちょっと壊れている。そもそも部隊長だったのだ。お飾りだったとしても、衛兵になれたぐらいにはちゃんとしていたはずだ。信じていた道を見失い、大の大人が泣き喚いて、そこにいたのが俺だ。そして俺はメンタル面ではコクシンを放置していた。だってしんどい時に『がんばれ』って言われるの辛いじゃん? そのうち何とかなるだろと放っておいた結果がこれだ。自分の考えを信用できず、人に委ねるのが楽だと学習してしまった。コクシンのダメ人間化は俺が原因と言ってもいい。そして都合がいいので放置している。
チラチラと両隣を見てみた。しゅんとしている。立ち上がって、ポンポンと2つの頭を撫でてみた。「きゅ~ん」と聞こえないはずの音が聞こえる気がする。ほら、かわいいじゃない。何がいけないのさ。ダメ人間3人で仲良くやろうよ。満足げな俺を、周囲がなんとも言えない顔で見ている。
「えーまー、そんな感じで、放っといてくだされば幸いです。目障りなら、ここから離脱しますし」
「そこまでは言ってないよ。君の重荷になってないかと思っただけだよ」
ニルバ様が苦笑する。
「お気遣いありがとうございます。逆に指示される方が性に合わないので、大丈夫です。さてさて、こんな話の後ですが、ご飯にしましょう?」
山となった、ボアカツ。パンとかは自前で用意してくださいね。油物に合うトキイ茶はご用意できますよ!
両手を広げて笑顔で言うと、ようやく空気が緩んだ。それぞれが動き出し、コップと皿を持ち寄り、輪になって夕食タイムが始まる。
「お、これはいいな! この周りのサクサクしたのが面白い」
ネルギーさんが美味しそうに頬張っている横で、パンタさんがしげしげとカツの断面を見ている。
「普通に焼くより柔らかくていいわね」
「ふむ。こっちの香りもいいな。食が進む」
「お酒飲めないのが残念だね」
カタンスさんも、クエンさんも手が進んでいる。
「ほうほう。これはなかなか。じい、こんな料理法知ってたかい?」
「さてさて」
ニルバ様と御者さんも抵抗なく食べてくれている。
もちろん俺も美味しい。サクッとじゅわっとしていて、小さめなのでポイポイいける。パンに挟もう。葉っぱも食べよう。うんうん、話しながら作ったにしてはいい出来だ。トキイ茶で口の中をリセット。美味いなぁ。
コクシンとラダは…うん、ちゃんと食べてるな。
「レイト」
揚げたものがほぼなくなった頃、コクシンが声をかけてきた。見ると生真面目な顔で、居住まいを正している。うん? なにかね?
「レイト、見捨てないでくれ」
「ぶほぉ」
盛大にお茶吹いた。それはパーティーメンバーに言うセリフじゃないと思う。今さっきニルバ様にチクリと言われたところだろうが。
「僕も! 僕も捨てないで、レイト!」
便乗してくんじゃねーよ、ラダめ。『見』が抜けてるんだよ。2人してちんまり座りよって。見ろ。パンタさんが笑いを堪えてんぞ。
何が質悪いって、こいつら素なんだよ。
「はいはいはい。捨てないから。アホなこと考えてないで、コクシンは油の処理お願い。ラダは回復薬配ってね」
「「よしきた」」
後片付けを始める俺たち。それをニルバ様が珍妙なものを見る目で見ていた。もうね、これが日常になってるんだよ。これも込みで楽しくて楽なんだよ。周りから見たらおかしな関係で、俺もなんて言ったらいいかよくわからん関係だけど、まぁいいじゃん。
楽しく、美味しく、ゆる~くね。
 




