ゲテモノではない
さて、遠征2日目の野営地に到着した。行きだけであと2日か。結構しんどいな。この世界では当たり前だけど、目的地までが遠いわー。
コクシンにテントの準備を頼み、俺は狩りをする。ラダは酔い止め作りだ。道が悪化したら、ニルバ様が酔いはじめた。ニルバ様に見守られながら、やりにくそうに調剤中。
「なに狙うんだ?」
さすがに一人では行かせられんと、カタンスさんがついてきてくれた。もちろん、コクシンも来ようとしたのだが、置いてきた。なにか逸ってて危なっかしい。
「えーと、昨日のは結構脂があったから、鳥かなぁ。ウサギでもいいな」
時々獲物の気配探るために立ち止まりつつ、林を進む。あまり奥に行き過ぎるのも何だから、この辺で見つかるといいのだけれど。
「鳥なぁ」
槍で肩をポンポンしつつ、カタンスさんが呟く。
「あれ、苦手だったり?」
「いいや。食い飽きるほど食ってるだけだ」
何でも故郷では森に沢山鳥の魔物がいたらしく、毎日のように食べていたのだとか。毎日肉が食べられるとか、羨ましい話だ。いや、さすがに毎日は飽きるか。
ふと自分たち以外の音を拾い、足を止める。カタンスさんも足を止めた。複数、足音は軽い。ゴブリンかな。こっちには来そうにないけど、ゴブリンはすぐに増えるから見つけ次第狩るように推奨されている。
ちらっとカタンスさんを見た。
指が4本立っている。2本にして、自分と俺を指す。2匹ずつ倒そうってことか。頷いて了解を伝える。っていうか、もう数も把握してる。
カタンスさんが先に歩き始めた。ほどなくゴブリンの姿を発見する。2匹がしゃがみ込んでなにかしていて、もう2匹は見張りのつもりか両側に立っていた。
指鉄砲を構える。カタンスさんは自然に構えている。
ちゅん!
僅かな音が響き、右側のゴブリンの頭が弾けた。えっ!?という顔で左側のゴブリンが体をこわばらせる。そこを狙ってもう一発。今度は胴体を狙った。それとほぼ同時に、カタンスさんの姿が消えた。いや、消えたと思うくらい速いスピードで飛び出した。あっという間に、しゃがんでいた2匹が横に真っ二つになる。
ドサリと4匹が倒れた。
ぱっとカタンスさんが振り返った。
「上だっ!!」
え、上!? 振り仰ぐと、なにか黒くて大きなのが迫ってきているのがわかった。
「んにゃああ!」
まだ解いていなかった指鉄砲を向け、思い切り魔力を込めて撃ち出す。複数の目と、長くて細い脚たちが目に入った。撃ったあと、バックステップでできるだけ離れる。それでも落ちてきたものの一部が、顔をかばう腕に当たった。すぐさま攻撃態勢に戻る。
「大丈夫。もう死んでる。お前の一撃が命中してるぞ」
魔物を挟んで向こう側で、カタンスさんがそう言った。ホッとしつつも、周囲を探るのは忘れない。と、くっくっと笑い声が耳に届いた。
「え、なに?」
笑っているのはカタンスさんだ。
「いや、随分可愛らしい掛け声だと思って」
「はぁ?」
「『んにゃああ』って、叫んでたぞ、お前」
イヤイヤイヤ、ないない。そんな、え、マジすか? とっさだったから、さっぱり記憶にないわ。
「っていうか、そんなこと言ってる場合じゃないし!」
「ははは。そうだな。ちょうど食材も手に入ったし、さっさとゴブリン片して戻るか」
ん? 食材?
「リシュスパイダー、あっさりしてて美味いぞ」
い、いやぁぁ! 俺よりでっかい蜘蛛食べるの!? 昆虫食だけは勘弁してぇ。あ、蜘蛛は昆虫じゃないか。っていうか、この毛の生えた脚とか、無理だからぁ。
心で泣きつつ、言われるがままに穴を掘り、ゴブリンを処理する。蜘蛛さんも、食えるのは脚だけなのだそうで、他は捨てていく。あ、魔石は忘れずに。糸を作るタイプではないので、他に取る部分はない。俺の一撃は頭から胴まで貫いていた。
「よっし、戻るか。スパイダーは久しぶりだな。ほら、大丈夫か? 怪我はないんだろう? 何なら担いで帰るぞ?」
大丈夫です。テンションダダ下がりなだけです。蜘蛛の脚が魔法鞄に詰め込まれているのがなんか嫌なだけです。あ、ちょっと大丈夫なんで担ぐのは、いや、小脇に抱えて走らないでっ! 酔うっ、これ酔うからぁ…!
ということで、無事に、無事に?帰還。
小脇に抱えられている俺に一同騒然。いや、ぐったりしてるのは揺れのせいです。怪我はないです。食材もありますよ。
どーん。
魔法鞄から出した、黒い毛むくじゃらの蜘蛛の足たち。ドン引きする俺達と、喜ぶネルギーさんたち。ちなみにニルバ様は引いてて、じいは顔をほころばせてた。え、美味いの? 食べたことあるの?
調理の仕方がわからないので、カタンスさんにお任せする。
殻を剥き、身をぶつ切りにして塩ゆで。その後串に刺して焼く。味付けは特にしないらしい。ただ、茹でてるときめっちゃ灰汁が出てたのが気になる。
「んー、もういいだろ。食おう」
焼き加減を見ていたカタンスさんがゴーサインを出した。ぱっと手を伸ばす彼らに比べ、俺たちの動作はゆっくりだ。こっそり干し肉かじってちゃだめですかね。
「見た目はあれだけど、お肉は美味しいのよ」
戸惑っている俺達に、紅一点のパンタさんがおかしそうに笑う。持っている串肉を、パクパク食べている。
男は度胸だ。何でも食べてみる日本人魂を思い出せ! カニだと思っとけ、俺! 目の前の1本を手に取る。
身は白くて、ささみっぽい。匂いは…うん、悪くない。焼色がついたところを、ちびっとかじってみた。うーん、もったりとした肉とは思えない食感。まずくはない。ただ味が薄い。あっさりし過ぎだ。
両隣にいるコクシンとラダも、しげしげと蜘蛛肉を眺めてから口に入れ、首を傾げている。
「口に合わないか? 噛んでると甘みが出てくるだろう?」
ネルギーさんが苦笑する。
甘み、うーん、ほんのりと。ちょっと味変したいな。魚醤は昨日食べたし、ラー油もなぁ。ロッカはどうかな。調理してくれたカタンスさんに了解を得、フライパンに串肉を外して入れる。火にかけながら、粉状にしたロッカを振りかける。胡椒とはまた違ったピリ辛はきっと合うはず。しゃっしゃと軽く炒めて、パクリ。
うむ。これならあとの甘みがより引き立つのではないだろうか。みなさんもどうぞ。
「お。これはいいな。酒が進みそうだ」
怖い顔で嬉しそうに笑うカタンスさん。他のみんなにも、おおむね好評だった。ということで、追加でロッカ和えをしゃっしゃと作る。
「ロッカなぁ。知ってはいたが、こんな使い方があるんだな」
あ、在庫ありますよ。瓶詰めの粉にしたロッカ。そっと鞄から取り出し、首を傾げてみた。あ、お買い上げありがとうございまーす。
蜘蛛肉は放出しきった。良かった、残らなくて。あ、スーベラガたちは、ニルバ様の魔法鞄に入っていた肉を食べていたよ。蜘蛛肉はお嫌いらしい。
 




