油断大敵
テントの方に動きはない。音は等間隔ではないな。数は多分1。ゲームのように位置と数を把握できれば楽なんだけど。魔力を薄く飛ばすとか、やってみようかな。ソナー的な?
「レイト、木の上だ」
正体を掴んだのは、コクシンのが早かった。
ガサッと音がした場所に、一対の赤い目があるのに気づいた。大きくはない。闇に紛れて輪郭が見える。丸くした背…。
「血吸グマ」
名前は恐ろしいが、怪我をしていたり死にかけを襲う魔物で、危険性はさほどないと書いてあったけど。クマとあるがムササビっぽく木から木へジャンプしていく。
じっと見ていると、ふっと血吸グマは目をそらした。ビョーンと斜め後ろに飛び、続けてガサッガサッと飛んで野営地から離れていった。
ふー…
2人の口から吐息が漏れた。いつの間にか息を止めていたようだ。
「まだだよ」
ふいに後ろから聞こえた声に、びくりと背を伸ばす。再び聞こえる何者かが近づいてくる足音。今度は複数だ。
「フォレストウルフ、数は3。方向真正面」
クエンさんか。起こしちゃったかな。
俺は手を向け、コクシンは剣を抜いた。
「私が行く」
「ん。気をつけて」
なにかやる気らしいので任せておく。といっても手は下げないけどね。
ガサガサッと音ともに2頭が飛び出してきた。1頭はその後ろに見える。コクシンが剣を横に薙いだ。風の刃が飛ぶ。
ギャウッ!
1頭はおそらく致命傷、もう1頭は顔が裂けているが、まだ駆けてくる。コクシンが走り込む。胴を斬り、もう1頭。あ、避けた! って、こっち来たー!?
「んのっ!」
コクシンが振りかぶるが間に合いそうにない。指を向けて心臓あたりを狙う。いや、これまずいな、コクシンが後ろにいる。
「でぇい!」
ドガン、ギャンッ!!
土壁に激突したフォレストウルフ。ヨロヨロしている狼にコクシンがとどめを刺す。今度は気を抜かず、周囲を探る。うむ。音はない、はず。
振り返ると、クエンさんの隣にネルギーさんも起きてきていた。そりゃあれだけ騒げば、起きちゃうか。
「まぁまぁ、及第点か」
楽しそうに笑うネルギーさん。
「全然だよ。クエンさんの言葉がなかったら出遅れてた」
「いやいや、その年であれだけ判断できるなら、大したもんだ」
「そうだね。ネルギーはこっちに人がいようが剣撃飛ばしてきてたもんね」
肩をすくめるクエンさんに、ネルギーさんが「ガキの頃の話だろ」とむっとする。
「そうだよ。レイトくんとそう変わらない年だったね」
「覚えてねーな」
なんか仲いいな。
気づけば空が白み始めていた。運悪くと言っていいのか、襲撃はあったがなんとかこなした。反省点ばかりだが、次に活かせばいいだけの話。
例えば、俺とコクシンの間に魔物がいた場合。そうそう狙いを外すことはないけど、万が一があっては困る。速度が速くて小さい弾だから、コクシンでも避けられないだろう。そういった場合、俺はどう攻撃したらいいのか。もっと数が増えたら? 防御に徹したほうがいいのか?
見る見るうちに森に光が満ちていく。フォレストウルフはもう処理されて跡形もない。日の出とともに人が動き始める。小さく息をついて、空を仰いだ。
いやぁ、自分たちだけのときは、野営の見張りが自分ひとりでも全然平気だったのにな。他人の命がかかると、緊張感半端ないわ。
「おつかれ」
「うん。コクシンもお疲れ様。処理ありがとうね」
「ん、いや。すまなかった」
コクシンの表情は暗い。えーと、何に対してだ? 首を傾げると、視線を逸らしながら、「1頭そっちへやってしまったから」と小さく言った。
「ああ。ていうか、別にミスでもなんでもないでしょ。多分あいつら本能的に弱そうなの狙ってくるんだよ。1人で全部相手にする必要ないじゃん。そのためのパーティーなんだから」
コクシンは頷くが、まだ納得してない感じだ。うーん。ネルギーさんと自分を比べてるのかなぁ。多分、ネルギーさん剣術持ってそうだし。他人と自分を比べてたら、しんどいだけだよ。
「俺にも花を持たせてくれないとね」
土壁出しただけだけど。
ポンポンとコクシンの腰を叩き、俺は朝食の準備に入る。お、ラダが起きてきた。髪が爆発している。いつ見ても面白いな、あれ。
準備といっても、魔法鞄からパンと干し肉を出すだけだ。あとコップ。馬たちのご飯。桶に水を注いでやり、飼い葉を配るのはラダに任せる。コクシンにはその間にテントを片付けてくれるよう頼み、干し肉をコップに注いだお湯につけてふやかす。気持ち柔らかくなったそれを、パンに挟んで終了。コップにはトキイ草搾り滓茶。
ネルギーさんたちも、同じようなメニューだ。
ニルバ様たちは、どこかで見たようなスープ。ん? 昨日のと同じか。
「あ、これ? 2週間分くらい買い込んできたんだ。冷めないしね!」
じっと見ていたのに気づいたのか、ニルバ様が教えてくれた。え、それオンリーなの? せっかくなんでも入れられるのに、スープ一択なの? 飽きない?
「美味しいよ。あ、昨日のも美味しかったねぇ」
ふわふわとニルバ様は笑っている。その隣でじいが困った顔をしている。じいもスープ一択だからね。貴族なのに、食に興味ない人なのかな。
せめて夕食だけは、豪華にしてあげたい…。
朝食を終え、各種点検を終え出発。体調不良者はゼロ。隊列は昨日と一緒だ。
昼過ぎには道中唯一の村を通った。特に買い足さなければいけないものもないので、野盗情報だけ仕入れてすぐに出発する。この辺では見かけないようだ。
村を過ぎて少し行ったところに石碑があった。そこから街道をそれて、ギリギリ馬車が通れるだけの整地がされた脇道に入る。この道は例の遺跡に行くだけの道だ。年に数回、騎士団か冒険者ギルドが、草刈りと点検をしているのだそうだ。
今日は襲撃が1回なので、野営地にも早めに着きそうだ。肉を狩ってもいいか、聞いてみよう。
「ねぇねぇ、レイト。これ、なんの香りかな?」
ふいにラダがスンスンと鼻を鳴らした。香り? と首を傾げたところで、俺も気づいた。花の香りかな。少し甘い、まったりとした感じの…。
「スピード上げるわよ。あんまり吸っちゃだめよ!」
パンタさんがこっちを振り返って、警告してきた。馬車のスピードが上がるのに合わせて、俺たちの馬も足を速める。そこではっと気づいた。
「マタンゴか!」
キノコの魔物で、甘い匂いをばら撒いて、眠らせるとかいうやつ。のんきにフローラルとか言ってる場合じゃなかった。
さっさと、甘い匂い地帯を通り抜ける。幸い効果は弱いようで、俺たちも馬たちもなんともなかった。
うん。外は危険がいっぱいだな。




