営業もする
「ごちそうさまでした!」
はっ!? いつの間にか食い終わってた?
お腹をさすりさすり、みんな満足そうにしている。護衛は別という人もいるのだが、ニルバ様がみんなで食べようと言ってくれたので、みんなで肉を囲んだ。もちろん、食べながらも警戒は怠らない。
カクレヒッポウオは、牛肉の歯ごたえをした大トロだった。俺の語彙力だとこれがやっと。脂滴る柔らかいお肉様。ただ焼いただけなのに美味い。塩濃いめが美味かった。
しゃぶしゃぶも美味かった。余分な脂が落ちて、葉野菜で包んで魚醤で食べた。ちょっと唐辛子入れてみても美味かった。よく考えたら、卵付けるのはすき焼きか? いや、俺前世でどっち付かずの食べてた気が…。
まぁ、それはさておき、美味かった。帰りに探していいか聞いたら、みんなでオーケーくれた。
食後に、みんなにラダ作の初級回復薬を配る。今のところ大丈夫だけど、明日に支障をきたすとまずい。
ところで、こういう『一度にたくさん食べると』とか書いてある注意書き、いつも見るたびに「たくさんってどれくらいよ?」と突っ込みたくなる。まぁ人によって違うんだろうなと自己解決しつつ、美味しく頂いてきたが。
「俺たちもいいのか?」
さすがに鑑定結果を言うわけにはいかないので、いつものことだからと言っておく。実際毎晩飲んでるし。ネルギーさんがコクシンたちを見やり、ウンウンと頷くのを確認する。ぶっちゃけ、初級回復薬はタダみたいなもんだよ。
「まぁ貰えるなら貰っとくが…」
瓶をじっと見ている。あ、ラダ作だから色薄いのが引っかかるのか。まずは俺たちが飲んで、大丈夫なことを示しましょう。ぐびっとな。
「苦くないから飲んでみてよ」
「ほんとかぁ? 俺はこの苦味がなんとも…」
そう言いながらも、ネルギーさんがグビッとあおる。ごきゅっと喉を鳴らし、最後の一滴まで飲み干す。
「まずくない…」
それを聞いて、他のメンバーやニルバ様たちも瓶を傾けた。それぞれ不思議そうな顔で、飲み干した瓶を見つめている。
「今までのと随分味が違う。これ、初級回復薬だよね?」
「そうですよ。ラダが作ったんです」
ニルバ様でもこのレベルのは飲んだことないのか。本当に知れ渡ってない技術なんだな。というか、それを知っていた師匠って何者なのって話だが。
「へぇ、すごいね。腕がいい薬師とは聞いてたけど」
ニルバ様の言葉にラダがテレテレモジモジしている。思ったけどラダって、褒められ慣れてないんだよね。そういえばコクシンもかな。容姿以外のことを褒められたことがあまりないみたいだ。
「これは特別な技術なのかい?」
「え、いや、それ、は、どう、なの?」
ウロウロと視線を彷徨わせ、ラダは最終的に俺を見た。
「ラダは師匠から教わった方法で当たり前に作ってるけど、他で見かけないから特別なのかもね」
「そうなんだ。難しくはないのにね」
ラダが難しくないと感じるのは、魔力制御のスキルを持っているからかもしれない。本人は気付かず実はスパルタだったのかもしれないが。
「値段は高くなるのですか?」
なぜかずいっとじいが身を乗り出してきた。
「いえ、その辺で売ってるものと同じ値段で売ってます。在庫いります?」
「お願いします。いやぁ、坊っちゃん薬の類が苦手で。これなら抵抗なく飲んでくれそうです」
「ちょっと、じい!?」
子供扱いされたニルバ様が顔をしかめる。フォッフォッフォッと笑うじいと俺とで商談。ついでに中級とか他の薬も買ってもらった。ラダ作はどれも市販品より不味くないよ! と売り込んだら、ネルギーさんたちも買ってくれた。といっても荷物になるのでこの遠征が終わってから改めてという話だ。
しばらく歓談して、解散。ネルギーさんたちは散らばり、ニルバ様たちは馬車へ。俺たちは1つのテント前で、今日の反省会。ま、俺的には特になにもない。ラダは色々あったが、無事だしモウマンタイ。コクシンは…大人しかったな。いや、昔のこぼれ話聞けたか。
予備扱いではあるが、俺たちだけグースカ寝るのもあれなので、二人一組俺とコクシンで3交代の最後をやらせてもらうことになった。まぁ、この辺にいるのは俺たちでも対処できるだろうということで。奥へ行くほど、俺たちは足手まといになるかもしれない。ランクの違いは明らかに戦力に差が出るからね。今のうちに役に立っておこう。ラダは冒険者じゃないので、寝かせときます。
「レイト、酔い止め作っていい?」
さて寝るか。というところで、ラダが言い出した。
「え、まだ作ってなかったのか?」
「レイトも作るかと思って、手が空くの待ってたんだよ」
むぅとラダが頬を膨らます。そういえばそんな話もちらっと出たな。だが時間も時間だ。俺たちは早朝起きなきゃいけないし。
「明日の朝な」
「っていうか、レイトはいつでも作れるじゃないか」
コクシンがつっこむ。それもそうだな。ニルバ様も文字さえ読まなければ大丈夫そうだし、今日明日で俺が作ってみなきゃいけない理由はない。
「よし、寝るぞ!」
テントに潜り込む。コクシンとラダも入ってくる。多人数用のちょっと大きめサイズのテントだ。俺がちっちゃいから、全然平気。あ、何君たち足折り曲げてんの? くっそー。俺なんか上にも下にも余裕あるよ。両サイドギッチギチだけど。これ暑い日は無理だな。やっぱりテント分けるか、せっかく買ったけど。
明かりの魔法を消すと、真っ暗になった。そのうち闇に目が慣れてくる。焚き火は寝る前に消したので、静かだし暗い。時々人が歩く音がし、遠くになにかの声が響く。
両サイドから寝息が聞こえ始めた。つられるように俺も眠りに落ちていく。人の体温ってすげーな…。あったかいって偉大だわー。
「おはようございます」
モソモソとテントから出て、見張りをしていたカタンスさんにご挨拶。コクシンもちゃんと起きてきている。というか、コクシンに起こされた。やべー寝過ごすところだったわー。
「おう。ほんとに起きてきたのか」
丸太に座っていたカタンスさんが立ち上がり、うーんと伸びをする。いちばん最後まで「寝てていいぞ」と言ってくれていた人だ。
「先輩がいるときに経験できるなんて、なかなかないからね。代わります」
「じゃあ、任せた。あぁ、たまにフォレストウルフの気配はするから、気をつけろ。数が多ければ遠慮せず起こせ」
「了解でーす」
カタンスさんがテントに潜り込むのを見送り、コクシンと向い合せで座る。まだまだ外は暗い。いざというときのために、明かりはつけないでおく。静かだ。時々風が吹いて木の葉を揺らすばかり。
「私は向いてないのかな…」
ぽつりと、コクシンが漏らした。何かしょげている。ちらりと目線だけ向けると、手をグーパーしながら「どうしたら」とか呟いている。
特に俺に向けての言葉ではなかったようなので、そっとしておいた。向いているかいないかなんて、自分で判断すればいいことだ。
ふっとコクシンが顔を上げた。手が剣の柄に伸びる。俺の耳にも、ガサッガサッっという音が聞こえた。ゆっくり立ち上がって、音のする方に手の平を向けた。




