スキルは使いよう
俺の想像通り、悪党だったらしい。
「知らない間に店の物や金がなくなる被害が続発してな。張り込みをしても、いつの間にか消えている。何かの怪異かって話まで出たんだ」
それは、コクシンが衛兵になったばかりの頃にあった事件だった。次第に手口が大胆になり、衛兵の目の前で物がなくなったこともあった。
解決は偶然だった。張り込んでいる目の前で、走り込んできた子供が何かにぶつかった。と、そこに人の姿が突然現れたのだ。今まさに商品をポケットに詰め込もうとしている男の姿が。慌てて逃げ出したが、呆気なく捕まった。
その男が隠蔽のスキル持ちだった。
昔から手癖が悪く、こっそり隠れて悪事を働いているうちに、隠蔽のスキルを授かったのだそうだ。
「努力といえば努力のたまものだが、なんてものを与えるんだと、みんなして頭を抱えたものだよ」
「なるほどねぇ。執念というか、なんというか。盗みだけで済んでよかったというべきか」
チラリとコクシンが俺を見た。
「よかったって?」
「さっきの魔物と一緒だよ。いきなりぶすっとやられたら防ぎようがないだろ?」
持っている刃物とかまで消えるかどうかは知らない。いや、透明化ではないから、大丈夫か。スッポンポンだったという情報はないし、盗んだものはどこへってなるしな。隠蔽だと、その姿が見えなくなるってことだもんな。本人が消えるわけじゃないか。盗みに使ってたってことは、触れた物も消えるってことか。
「怖いこと言うなよ」
コクシンが顔をしかめる。でもありえないわけじゃないだろ。隠蔽を持っているのがその男だけってことはないだろうし。だいたい普通に使えば、猟に便利ぐらいのものだ。そういえば、隠蔽と弓って相性いいんじゃなかったっけ。
「逃げられなかったの? 移送途中で消えた!とかさ」
「ああ、逃げられかけた。ただすぐに、誰かがずっと見ているとか、掴んでいるとかすれば、消えられないらしいことに気づいてな。それに見えなくなるだけで、枷やロープが解けるわけじゃあないし」
ほぅ。視線や接触があれば発動しないと。もしかしたら時間制限とかもあるのかな。ちょっと欲しいとか思っちゃったけど、言わんとこ。俺は悪事には使わないよ、もちろん。イタズラはするかもだけど。
「魔物には適用し辛いかな」
「隠蔽を見抜くってことか?」
「そうそう。そこにいることが分かってるなら、見てればいいけど。不意打ちには気をつけないとね」
「常に油断をするなってことだ」
「そうなるね」
常に気を張り詰めているのは、精神的にも体力的にも厳しいものがある。だがそれができるのが冒険者だと俺は思う。
「あのカバもどき、美味しいのかなぁ」
緊張の中にも余裕は必要だ。
「もうすぐで野営地だろう」
コクシンが上空を見やる。そろそろ日が落ちてきた。襲撃は今のところない。
「うぅ、頭がいっぱいだよぉ」
野営地についた途端、ラダが馬車から転がり出てきた。目がグルグルしている。その後ろから、ニコニコしながらニルバ様が降りてきた。文字は読まなかったようだ。
聞くと、俺のときと同じようにずっとニルバ様がしゃべっていて、ラダはキャパオーバーなようだ。興味がない人間には歴史の話とか、わけわかんないよね。
クエンさんが周囲を探っている。準備と言ってもテントを建てるだけだ。ニルバ様と御者さんは馬車の中で休むことになる。
「ニルバ様、昼前に倒したやつ、出してください。捌くんで」
「ああ、待ってね」
空いているところにポンと出してくれる。ニルバ様は入れるときも出すときも対象物に触らない。っていうか、魔物の死骸とか慣れてるんだなぁ。「初めて見るなぁ」なんて言いながら、首が半分もげている魔物を覗き込んでいる。
時間停止なので、まだ血も生々しい。とりあえず血抜きしようかな。ニルバ様の方の鞄に突っ込んどけば血抜きしても全部食えるよね。
「ネルギーさん、この魔物ってどこが美味しいの?」
馬とスーベラガの世話を終えたリーダーに、魔物のことを聞く。首チョンパされ穴の中に逆さまになっている魔物に首を傾げる、ネルギーさん。
「何してるんだ?」
「血抜き。肉の味が良くなるの。その代わり早く悪くなるんだけど、ニルバ様がいるからね」
「おまえ、依頼主をいいように使うなよ…。まぁいいか。どこが美味いかなんか知らないよ。処理済みのを食ったことあるだけだし」
そうなのか。っていうか、このカバもどきなんて言う名前なのかな。
「カクレヒッポウオ」
名前に隠蔽らしきもの付いてんじゃん。ってことはたまたまあの個体がそうだったわけじゃないんだな。水辺で採取するときは気をつけよう。
「あ、あと。内臓とか食べない部分はスーベラガにやるから、捨てるなよ」
「了解でーす」
っていうか、俺鑑定使うの忘れてるな。いや、知らない魔物の名前知ってるとか、怪しまれるからこれでいいんだけど。あればあったで、存在を忘れる鑑定ちゃん。どれどれ。
『カクレヒッポウオ
スキル『かくれんぼ』を持つ。魚類ながら、その身はサシの入った牛肉のよう。ただし食べ過ぎるとお腹がゆるくなるので注意。滅多に人前には出てこないレア物』
かくれんぼて。遊び感覚なのか。しかしレアなのか、こいつ。帰り探してみたいとか言ったら怒るかな。サシの入った牛肉って、そんなん狩るしかないやろ! いや、でも、量食べれないし、ニルバ様ともお別れだもんなぁ。
とりあえず、捌く。赤い身に本当にキレイにサシが入っている。これは普通に塩胡椒で焼いて食べるのがいいかな。脂っぽそうだったら、スキヤキとかどうだろう。もう生卵ないけど。あ、ラー油があるな。いや、脂落として油付けるって…。柑橘系がいいなぁ。
魔石を忘れずに取り出す。討伐部位は誰も知らなかったので、気にしないことに。捨てる部分である内臓や頭を、ネルギーさんがタライに入れてスーベラガたちの方に持っていく。1日1食でいいらしい。燃費がいいな、スーベラガ。雑食だけど肉が一番好きらしい。
そういえば、キャンプ番組で見た焚き火台みたいなもの、作ってもらえないかなぁ。枯れ木を積んだだけの焚き火だと、調理がしにくい。と思いながら、石で台を作ろうとしていたら、ニルバ様が魔法鞄からそれっぽいものを出してくれた。あるんじゃん! 焼き網置ける素敵仕様。キラキラして見てたら、この遠征中は貸してくれることになった。どうせならくれないかね?
じゃあ、焼くよ! 土魔法でかまどもどきを作って、鍋でお湯を沸かしておく。俺は頑張って魚醤っぽいので、しゃぶしゃぶ風で食べてみる。
網の上でジュ~!といい音をさせているお肉様。いや、魚肉様? 脂がポタポタ落ちている。すごいな。香りもすごい。誰かの腹がぎゅるるーっと鳴った。
「いただきます!」




