水中注意
川辺に着いた。カタンスさんに確認してもらい、無事コケツの実を発見した。蒲の穂っぽいかな。茶色いもこもこの中に、ツブツブがたくさん入っている。これ実じゃなくて、種じゃね?
『コケツの実
きれいな水が流れる川辺に生える。もこもこは綿として使える。ただし香りが独特。中の実は酔い、耳鳴り、頭痛などに効く薬に使える。ちなみに実の中にはちゃんと種がある。大量でなければそのままでも食べられる』
こっそり鑑定してみたら、実でいいようだ。
食べられるということなので、何粒か口に放り込んでみる。ゴマ…より固い。じゃりっとする。味はなんとなくする程度だ。炒ったらもうちょっとゴマっぽくなるかな。油は、書いてないから取れないだろうな。まぁ、ぽいというだけで、ゴマじゃないしな。ゴマ団子食べたいなぁ。
ついでにここで昼休憩となった。予定していた場所ではないのだが、斥候のクエンさんによると今のところ安全ということで、時間を取ることになった。ただし火を熾したり、林に入っていくのはやめようとのこと。
往復含めて、だいぶゆるい時間設定にはしているらしい。依頼主のニルバ様次第ということだね。なので、日が暮れるまでに野営地につくなら、ある程度スケジュールは変更可だ。
俺とコクシン、ラダは、朝出る前に作ってきたサンドイッチ。パンにトマトソースで濃いめの味付けにした肉を挟んだもの。胡椒が効いていて美味い。
ちなみに借り家の方は、相談したら遠征間の家賃はなしでいいと言ってくれた。まぁ、荷物とか置いてはないのだが。帰ってきたとき手間がなくていいよね。
ネルギーさんたちは、交代で干し肉とパンをかじっている。明日以降は俺たちもそうなるかもしれない。自分たちだけなら悠長に毎回狩りをしたりできるんだけど。
ニルバ様と御者さんは、街で見たことあるやつだな。木製の小さめの深皿に、ゴロゴロ野菜と肉が入っているスープ。湯気が立っている。いいなぁ、時間停止。
ささっと食事を終え、馬の世話が終わると出発になる。薬を作るのは野営地についてからということになった。
ふいに後方で派手な水音がした。誰かが落ちたのかと思ったら、振り向いた先に見えたのは大口を開けて水中から飛び出してきた何かだった。向かう先にはラダがいる。
「うわぁ!!」
「ラダ!」
コクシンが剣を抜いて駆け寄る。
「えぇーい!!」
その前にラダが、へっぴり腰のままポケットから取り出したものを投げつけた。ぽふんと何かの顔に当たった瞬間、赤い粉塵が舞う。ラダが尻餅をついた。
「コクシン! ラダ回収して!」
「分かった!」
抜いた剣をすぐさま戻し、コクシンがラダを後ろから抱えるように引きずって後退する。
ぐ、ぐぎゃわわー!
水中から出てきた何かがのたうち回っている。顔を押さえ悲鳴をあげているそれは、カバにオオサンショウウオを足したような生き物だ。
「げっほ、げほ。なんだこれ?」
ネルギーさんが来てくれた。俺も目が痛い。ちょっと量が多かったみたいだ。コクシンに止めをお願いしようと思ったが、コクシンも咳き込んでいた。
「あれ、倒しちゃっていいの?」
動物だったら、今のうちに撤退すればいい。
「ああ。魔物だ、食えるぞ」
ヨッシャー! 指鉄砲で、ズバンとな。皮膚が固いのか、1発で死ななかった。2発撃っても死なない。ようやく落ち着いたのか、コクシンが止めを刺してくれた。
「しかし、さっきのなんだったんだ?」
水辺から引き上げるのを手伝ってくれながら、ネルギーさんが首を傾げる。水面にはまだ赤いものが浮いている。
「キランカ(唐辛子)の粉だよ。目や鼻がある生き物なら、ご覧の通りだね」
「お前、えげつないことするな」
あれー、また言われた。そんなに? 唐辛子と胡椒と、ピリ辛スパイスロッカを混ぜたものだ。量を調節すれば、普通に調味料なのだが。
「ラダ。大丈夫?」
今になって腰を抜かしているラダだが、興奮したようにウンウンと頷いた。
「びっくりした、びっくりした、びっくりしたー!」
うん、大丈夫そうだね。
「あんな感じでオッケーだよ。人がいる方向には投げないようにね」
ラダには目潰しやらなんやら、色々持たせている。早速役に立ったな。
カバもどきをニルバ様の魔法鞄に放り込み、さっさと川辺を離れる。ラダは馬車に放り込んでおいた。
斥候のクエンさんが、すっと下がってきた。接敵したのかと思ったが、そうではなかった。
「すまなかったね。もう1人は大丈夫かい?」
「大丈夫だよ」
ちょっと猫耳が寝ている。
「警戒は怠っていなかったんだが、水中から出てくるまで全く分からなかったんだ」
「水中だと探知しにくいんですか?」
俺が聞くと、クエンさんは「そんなことはないよ」と首を振った。
「これでも湖の上での依頼は何度もこなしてる。距離が掴みにくいことはあったけど」
「へぇ。じゃあ、あの魔物、隠蔽系統のスキルでも持ってたのかな? 今まで倒したことはないの?あれ」
ハッとしたようにクエンさんがこっちを見た。縦長だった黒目が、ぶわっと丸くなる。ついでに尻尾もピンと立った。ついついそっちに目がいってしまう。
「そうか! 隠蔽か! なるほど、ああいった感じになるのか。いや、隠蔽を使うやつにはまだ会ったことがなくてね。なるほどなぁ。じゃあ、襲いかかる瞬間に隠蔽が解けるのかな。いや、さっきの場合は水音で気づいたから…」
ぶつぶつと検証をはじめる、クエンさん。
いや、知らんよ? 俺わりと適当に言ったよ? あの魔物、ギルドの図鑑に書いてなかったし。ネルギーさんは知ってそうだったけど。
「いい経験になったよ。次はうまく活かせるといいんだが」
「1回体験したら、次は隠蔽持ちでも探知できる?」
「あはは、まさか。それじゃあ、隠蔽の意味がない。それでも何度も経験すれば、違和感程度には気付けると思うんだけど」
「そうなんだ。探知ってどういうふうに見えてるの?」
ついでだから聞いてみよう。特に隠したりはしていないのか、クエンさんは気を悪くしたふうもなく小首を傾げた。
「見えているというか、あ、向こうにいるなっていうのが分かるんだ。慣れると魔物の種類も判断できる」
「すごいね。感覚的なもんなんだ。フォレストウルフのとき数も方向もズバッと当てたんで、すげーって思ってさ!」
レーダーとか、ゲームっぽく赤い点で表示されるわけじゃないんだ。第六感的なスキルなのかな。
「ははは、よせやい。これでも探知に失敗してショック受けてたんだぞ」
照れ笑いをするクエンさん。と、前方からネルギーさんがクエンさんを呼んだ。
「おっと、話しすぎた。まぁそんな感じで探知も万能じゃあない。お前らも気をつけてくれな」
「「はい」」
手を軽く上げ、クエンさんがスピードを上げた。足の速いスーベラガはあっという間にネルギーさんと並んだ。何か2人で楽しそうに喋っている。
「隠蔽を使うやつに会ったことあるのか?」
前を向いたまま、コクシンが聞いてきた。
「俺? ないよ。ただ、そういうスキルを持った魔物がいるというのを聞いたことがあっただけ」
まぁ、嘘だが。単純に攻撃されるまで気づかないとか、ステルス機能付きか!と思っただけである。
「なんで?」
コクシン的に気になるワードなのかな。
「私は昔会ったことがあるんだよ。魔物じゃなくて、人が使っていた」
「まじで!?」
悪いことし放題じゃん。