酔い止め
俺の愛馬、ブランカはご機嫌斜めだった。いい子なのでコクシンたちに付いて走ってくれていたようだが、休憩に止まった途端、前脚で地面をダシダシ踏み鳴らし始めた。
「ブランカ、ごめんて」
ニルバ様が落ち着いたので、ブランカの相手をする。フンフン鼻を鳴らしながら顔を寄せてくるのだが、踏ん張ってないと転けそうな勢いだ。
「ここからはちゃんと乗るから。な?」
話す時間はあるのだし、ニルバ様には大人しくしといてもらおう。なんならラダを放り込んでもいい。ラダの馬のツクシはあんまりヤキモチ焼かないし。
水をあげてマッサージしてと構い倒し、ようやく機嫌を直してもらった。
「大丈夫そうか?」
コクシンが自分の馬の世話を終え、声をかけてきた。
「うん?」
それは何に対してかな?
「いや、貴族だろう、あの人」
チラリと座り込んでいるニルバ様を見やるコクシン。あ、御者さんになにか怒られてる。
「多分そうだろうけど、普通の考古学とかが好きなおじさんだよ」
「…おじさん」
流石にお兄さんはないと思うんだ。
「俺なんか眠り薬盛っちゃったし。でも笑って許してくれたよ?」
「何やってるんだレイト…」
「え、眠り薬!?」
呆れたコクシンの肩向こうからラダがひょいと顔をのぞかせる。
「眠り薬って、レイトも作れるの? あれ魔力込めないと出来ないんじゃあ」
「ああ、なんちゃってだからな。別にすり潰して絞った汁だけでも効果はある。めっちゃ苦いけど」
そうなの?とラダが目を丸くしている。
「薬といえば、ラダ、酔い止めって薬あるの?」
「え、うーん。あることはあるけど、手持ちので作れるかなぁ」
首を傾げるラダに、必要な薬草を書き出してもらう。ラダも魔法鞄に登録したらいいのにな。何か未だに嫌がる。えーどれどれ? ふむ。ないのはコケツの実だけだな。知らない名称だ。
「このコケツの実っていうのは?」
「ゴマっぽいツブツブしたのだよ」
ゴマ! ゴマあんのか。じゃなくて。
「自生地は?」
「知らない」
えぇーい。調剤のスキル頑張らんか。
「どうしたんだ?」
揉めていると思ったのか、槍使いのカタンスさんが声をかけてきた。赤茶色の逆立った髪が、ちょっとヤンキーっぽい。目つき鋭いし。
「あ、カタンスさん、コケツの実って知ってますか?」
「ん? ああ、あれだろ。川辺とかに生えてるツブツブのやつ。それがどうしたんだ?」
知ってた。さすがDランク。川辺かぁ。
「ニルバ様に、酔い止めの薬をと思ったんですけど」
「ああ」
カタンスさんがラダを見る。ビクッとするのやめなさい、ラダ。
「ちょっと待ってろ。それだけあれば作れるのか?」
頷くと、彼はパーティーメンバーの方に歩いていった。なにか二言三言喋り、またこっちに歩いてきた。
「この先、少し行くと川辺を通る。そこにあるかどうかは分からんが、少し止まって採取をしても構わない」
「おぉ、ありがとうございます! そうさせてもらいます!」
カタンスさんがニヤッと笑った。
「それから、普通に喋ってくれていいぞ。メンバーの誰も、そんなことで気を悪くはしない」
「あ、了解でーす。後で生意気とか言わないでね?」
「ははは。言わねーよ。もうすぐ出発だ。用意しとけよ」
「アイアイサー」
顔はいかついけど、気さくなニーチャンでした。手を振って戻っていくカタンスさんを見送り、俺たちも出発の準備をする。ニルバ様に、馬に乗ること言ってこないと。
「ラダ。馬車乗る?」
思い出してラダに聞いてみる。ピシッとラダの顔が固まる。
「レイトと一緒?」
「俺は馬だよ」
「や、やだー…」
もう、何事も経験よ? まぁいいけど。
ということで、ニルバ様に了解を取る。先程怒られていたせいか、苦笑しながら「分かった。じゃあ、続きはお昼ご飯のときにね」と言った。うん。話したいことはまだまだあるんですね。
隊列は同じで、再出発。俺たちは馬車の後ろをくっついていく。ラダを真ん中にして、3頭並ぶ。
「ラダ、酔い止めって、作るの難しいの?」
「え、うーん。回復薬とそんなに変わんないかな。混ぜるのが3種類なんだけど、順番間違えなければレイトも作れるかも」
「魔力込めなくていいってこと?」
「どうだろう?」
聞いてるのはこっちだよ。まぁ、魔力込めないやり方は、抜け道っていうか邪道っぽいからな。たくさん採れそうなら、俺も作ってみよう。
「レイト」
ふいにコクシンが呼んだ。
「探知になにか引っかかったようだ」
油断はしていないが、気を引き締める。
斥候のクエンさんは、探知系のスキルを持っているらしい。手信号で後続の俺たちにも知らせてくれる。範囲はどれくらいなんだろう。どういうふうに感知するのか、ぜひともお話してみたい。
「フォレストウルフ! 数は3! 前方やや右方向」
クエンさんの声。
「右2つ俺が行く」
リーダーのネルギーさんの走竜がスピードを上げる。ようやく俺の目にもこちらに向かってくるオオカミたちの姿が見えた。騎乗したまま相手するのか? と思った瞬間、ネルギーさんが抜いた剣を上から下に振り抜いた。
ブシャ!! ぎゃおおーん!
3頭並んで走っていた、右側のオオカミの体が縦に真っ二つになった。多分飛ぶ斬撃だ。仲間の惨状に、残り2頭がぎょっとしたように左へと避ける。そこをネルギーさんが走り抜けた。右に持っていた剣を左に持ち替え、走り抜けざまに斬り裂いていく。ほぼ同時に、水の槍が左のオオカミの頭を貫いていた。
馬車がスピードを落とし、止まった頃にはすべてが終わっていた。
「すごい」
思わず声が漏れた。無駄がない戦闘だな。俺はチームプレーとかほとんどしたことがないから、これが最善なのかどうかはわからない。それでも圧倒的だと思えた。
慣れた様子で狼の処分を始める、ネルギーさんたち。
「あっという間だったな」
コクシンも感心している。いや、興奮しているのかな。自分もできるだろうかと、頭の中でシミュレーションしているのかもしれない。
ラダは緊張してはいるが、気絶はしてない。流石に自分に向かってきてないのは大丈夫か。手綱をギュッと握りしめているが、ツクシはのんきに道端の草を食んでいる。馬の方が大物だな。
魔石を取り出し、あとは道の端に寄せて焼いてしまう。俺たちは馬から降りることもなかった。さっさと出発になる。
「あれくらいは問題ないわ。ただ数が多いと後ろに回り込まれることもあるからね。その時は頼むわよ」
少しだけ後ろに下がってきたパンタさんが、ウィンク付きでそう言った。「分かった」と頷く。
俺たちとしては戦えないラダを馬車のそばに置き、コクシンが出て、俺が土魔法で攻撃というパターンになるだろう。危ないときは、土壁を出す。
まぁラダも時間稼ぎできるものを色々仕込んでいるのだが。




