顔合わせ
「あっ」
護衛依頼当日、姿を見せた依頼主は知っている人だった。
「あー、あの、馬車酔いの人…」
ごめん、名前出ないや。人の名前覚えるの苦手なんです。
メガネのおじさんが苦笑する。
「間違ってはないけど。ニルバだよ。改めて今回はよろしくね」
そうそう。ニルバ様。家を出たあと出会った人だ。考古学が趣味で、あちこち行ってるって話。あれ、仕事だっけ? 周りを見るがあのときいた護衛たちの姿はない。ずっとこの人の護衛をしてたってわけじゃないのか。
「こんにちは。よろしくお願いします。といっても、護衛してくれる方は別ですけどね」
「うん、聞いてるよ。後ろの2人はお仲間かな」
後ろの2人がペコリと頭を下げる。無言で。いや、なにか言いなさいよ。なに人見知りしてんの?
「あー、無駄にキラキラのほうがコクシンです。元衛兵です。へにょっとしたほうがラダです。ポンコツ薬師です」
「「言い方!」」
なら、自分で自己紹介しなさい。
「ははは。相変わらずだね、君は。あれかな、貴族相手に下手にしゃべれないってやつかな。俺はなんの権限もないしがない学者だから、気にしないで」
ひらひらと手を振るニルバ様。緊張していたのか。コクシンとラダが改めて「よろしく」と声に出した。
「お。もう来てたのか。早いな」
ギルドの向こうから出てきたのは、4人の冒険者たちだった。Dランクの今回の護衛担当の人たちだろう。馬を2頭と小型の恐竜みたいなのを連れている。騎獣の走竜だろう。確か前世ではラプトルとか言われるやつ。前脚が小さくて、後ろ脚は発達してて走るのが速い。
声をかけた自分たちではなく、騎獣をガン見している俺に冒険者たちが苦笑する。
「スーベラガを見るのは初めてか?」
「うん。遠目で見たことはあるんだけど。近くで見るとすごいがっしりしてるんだね」
なんか全身筋肉って感じだな。顔は怖めのトカゲだが、目はキョロっとしていて愛嬌があるし、おとなしい。ただ開いた口の中には鋭い歯が並んでいるけど。
「ちょうどいいのがレンタルできてな。値は張るが戦闘になっても怖気づかんから、護衛にはいいんだ」
「ほぇ~」
親切に教えてくれる多分リーダーの人。あ、はじめましてだから挨拶しないとね。
「よろしくお願いします。レイトです。あっちがコクシン。Eランクです。そっちがラダです。薬師だけど、話は通ってる?」
「ああ、聞いてるよ。問題ない。3人とも馬で移動か?」
「その予定だよ」
「分かった。じゃあ、隊列を決めるか。というか他の2人おとなしいな。レイトがリーダーでいいのか?」
「まぁ…」
特に決めてはいないんだが、コクシンもラダもとりあえず俺に任せとけばなんとかなると思っている。それでもコクシンは戦闘になれば活躍するし、ラダの作る薬は一級品ではある。対外交渉ぐらいはするさ。
リーダーがネルギーさん、剣士。斥候、クエンさん、猫の獣人。この2人が前をスーベラガでいく。水魔法使い、パンタさん。槍使い、カタンスさん。この2人が馬車の左右。俺たちが馬車の後ろを行くことになった。
戦闘には積極的に関わらなくていいが、自分たちの身は自分で守ること。指示には従うこと。逃げるときの判断基準、野営時の見張りなどなど、わりと事細かく決めていった。
「複数のパーティーで行動するときは、面倒でもあらかじめルールは決めといたほうがいいよ。猫ばばしたり、勝手に逃げてったり、ろくなことしない奴らもたまにいるからな。出る前にこうして打ち合わせすることで、ある程度人間性はわかる。無理だと思ったら、ためらわずキャンセルするのがいいよ」
「そうそう。下手したら依頼失敗どころか、命さえ危なくなるからね」
リーダーの言うことにパンタさんがウンウンと頷く。紅一点で、腰までありそうなポニーテールが印象的だ。黒のローブをまとい、青色の石がついた杖を持っている。
「なるほど。心当たりあります。事前に顔合わせできるといいですね」
できれば俺たちだけで活動したいけど。
「複数パーティーで依頼って結構多いんですか?」
お互いの自己紹介、依頼主との決め事を確認し、荷物の最終チェックに入る。長旅になるからね。
魔法鞄を持っていることは告げている。というか、ネルギーさんたちは知っていた。例の噂をご存知だったらしい。ニルバ様も持っていて、飼い葉や嵩張るもの、重いものを預かって鞄に詰め込んでいた。しかも時間停止機能付きらしい! めっちゃ羨ましい…。
荷物のすり合わせをしながら、依頼について聞いてみる。
「そうだなぁ。護衛依頼も対象が多いと複数パーティー募集になるし、魔物の数が多い、広範囲だったりすると、いくつかのパーティーで対処したりするな。ここみたいに間にギルドが入ってくれるといいんだが、現場でいきなり共闘しろみたいなケースもあるよ」
ネルギーさんが肩をすくめた。
その辺はギルドの能力によるのか。対応悪いところは、早めに離れよう。
特に不足はないだろうということで、ようやく出発となった。
ちなみにニルバ様の馬車は、見た目執事っぽい老紳士風の御者さんが操っている。豪華ではないけどパッと見て平民が使うものではないといった感じの風貌の馬車だ。コクシンたちはおそらくこれを見て、「貴族じゃね?」と思ったんだろう。俺と同じように。ニルバ様は家名は言ってないからね。でも隠す気はないんだろう。御者さんのこと「じい」とか呼んでるし。
ところで、俺はそんな馬車の中にいる。
休憩時の話し相手かと思ったが、がっつり巻き込まれた。並んで座り、怒涛のようにあふれるお話に付き合う。時折資料を魔法鞄から取り出しては俺に見せてくれた。古びた本、出土したというなにかの欠片、ミミズが這ったような文字の古文書。
「それでね、これが当時の記録なんだが」
ニルバ様は楽しそうである。前世で好きなアニメの話を高速で喋る友人がいたが、そんな感じだ。俺はほとんど相槌を打っているだけなんだが、ニルバ様の話は止まらない。
いや、俺も楽しいよ? 今まで読んだ本には書かれていないことばかりだし、臨場感あふれる口調は聞いていてワクワクする。
ただ、頻繁に話がループする。酒飲みの親父かってくらい、振り出しに戻る。いや、俺はその先が聞きたいんだよ、その話はさっき聞いたよ、とは言えない。さすがに。
「ニルバ様、休憩です。停車しますよ」
御者台と繋がっている小窓が開いて、じいの声が聞こえた。
「あ、もうそんなに進んだのか。……うっ」
ぱっと顔を上げたニルバ様の顔色が、どんどん悪くなっていった。
あああ、ほら、揺れる馬車の中で細かい文字読むからぁ!
慌てて止まった馬車から降ろし、俺の鞄から取り出したコップに冷たい水を入れて渡す。
「あはは、またやっちゃったよ」
ゴクゴクと水を飲み、青い顔で笑うニルバ様。チラと御者さんがこっちを見たが、大丈夫そうだと思ったのか馬たちの世話を始めた。俺もブランカのご機嫌伺いしないと。彼女1人で走ってたからね。




