モグラ退治
今日はちょっと遠出して、湖をぐるっと回って反対側にいる。最近街にいたので、馬たちが運動不足。というわけで、馬たちはたったか楽しそうに乗せていってくれた。
一帯は開墾されて畑が広がっていた。もちろん魔物の危険はあるので、周囲に柵があり、冒険者が常駐している。たまにボア系が突っ込んできたり、鹿系が集団でランチに来たり、でかいイモムシが発生したりするらしい。
今日の俺たちが受けた依頼は、畑に穴を空けるモグラの魔物の討伐だ。ちなみにラダも来ている。彼は薬草採取。開けているから、目の届くところに居てもらえば大丈夫だろう。
俺とコクシンでモグラを狙う。
「これは?」
俺が鞄から取り出したものに、コクシンが首を傾げる。
「パンだね」
「食べるのか?」
「テレンモールがね」
テレンモールは故郷でも退治してきた。その時は罠だったが、穴から出てきさえすればなんとかなる。
小型の犬くらいの大きさで、日に弱いとかはない。爪が鋭く、たまに農夫が足をざっくりやられる。こういう囲われた畑だと、天敵がいないからどんどん増えてしまう。
取り出したパンに、ロープを括り付ける。それにミツの実の蜜をかける。甘い香りが鼻をくすぐる。
「はい。これを穴にかざしてね。テレンモールが出てくるから。あとはタイミングよく引いて、体が出てきたところをスパンとね」
コクシンに渡し、自分用の釣り餌を作る。
「甘いのが好きなのか」
「そうみたい」
畑をうろつき、穴を見つけてその上でパンをふりふりする。しばらく待っていると、にゅっと鋭い爪が穴から出てくる。そのタイミングで上にパンを引くと、テレンモールがスポンっと出てきた。
ぎゅっ!
食いつこうとするテレンモールの首根っこを抑え込む。ロープからナイフに持ち替え、息の根を止める。一丁上がりだ。
ふんふんと頷いたコクシンが穴を探しに行く。
テレンモールは食べられない。代わりに硬く鋭い爪に需要がある。あと魔石も忘れずに。血抜きしないので、そのまま袋に放り込んでおく。
さて次だ。
少し離れたところで、くぐもったような声が聞こえた。見るとコクシンがテレンモールの首をはねたところだった。コツさえつかめば、難しくはない。釣ったあとは埋めておくといい。まぁ、中で繋がってるんだろうけど。
ふりふり。…出てこんな。よし、次。
獲った分だけ報酬が出る。どんどんいこう。
昼頃にはコクシンと合わせて26匹獲れた。
ラダと合流して、お昼ご飯にする。なかなかいいものが採取できたようだが、”ニセ”とか”モドキ”が混じっている。魚のほぐし身を挟んだサンドイッチを食べながら、ダメ出し。
「んえー? これもだめなの?」
俺が除けたものを、ラダが取り上げる。
「それは葉の裏に虫の卵付いてるからだめ」
「あ、ホントだ」
「まぁ多分それぐらいじゃ効能変わらないだろうけど、そういうの妥協すると、どんどん“まぁいいか”が増えるから、気をつけろってばぁちゃんに言われたよ」
ラダがウンウンと頷く。
「そうだよね。採取から気をつけないと、調剤もいい加減になりそうだよね。じゃあ、これは?」
「これは採ってすぐ水を入れた瓶に突っ込む。そうしないと成分抜けるから」
「あー、なるほど。入ってたね」
「ギルドで読んできたんでしょ」
「うん。水入りの瓶も持ってる。いや、プチプチ採っていくのが楽しくてさ、忘れてた」
ラダは集中しすぎる傾向があるな。
「楽しいのはいいけど、湖に落ちたりしないでね」
「大丈夫大丈夫」
フリじゃないからね。落ちないでよ。
「そういえば、コクシン。なにか不思議なことしてなかった? 魔法?」
ふとさっき見た光景を思い出す。テレンモールが魔法を撃ったのだ。コクシンがそれをかき消したように見えたんだけど。
「ああ、あれか」
コクシンがちょっとドヤる。
「この間教わった技だ。一瞬剣に魔力を纏わせることで、盾のように使うことができるんだ。魔法が当たる瞬間と、込める瞬間を合わせないと失敗する。ほんの一瞬だしな。難しいが、役には立ちそうだ」
「おぉ!」
そういや習いに行ってたな。バタバタしてて、成果はどうだったのか聞くの忘れてた。
「いいねぇ。他にも習ったの?」
ちょっと首を傾げるコクシン。
「スラッシュは無意識に使っていたな。あと、火を纏わせるのは成功しなかった。体の使い方、剣の振り方、衛兵の頃の練習とはだいぶ違っていて、ためになった」
「ほうほう」
いいなぁ。俺も弓の先生欲しいな。土魔法は多分俺のが器用に使っているだろう。弓はなぁ。前世でも馴染みがなかったから、いまいちイメージが安定しない。
ふむ。午後からは捕まえ方を変えてみようかな。
畑の端に、馬車留めがある。ここの畑に通う人用に、朝昼晩と幌馬車が出ていた。俺たちの馬は、そこにちょっと止めさせてもらっている。下はコンクリっぽく固く整地されているので、テレンモールの被害はない。
「ブランカ、クロコ、ツクシー。いい子にしてるか?」
午後の仕事の前に、馬たちのご機嫌伺い。近寄ると鼻を寄せてふんふんしてくる。ぽんぽん首を撫でてやりながら、足元など不備がないかチェック。よし、大丈夫。
「もうちょっといい子にしててな」
飲み水と飼い葉を与える。お父さんはお前たちのご飯代を稼いでくるよ。
午後からは土魔法で仕留めることにした。出てきたところをえいっと土で固める。大事な爪の部分が固まってしまったので、これはだめだ。左でロープを握り、右で指鉄砲を構える。出てきたところをバン。早撃ちの練習だな。たまにタイミングがずれ、出てきたモールが土に潜って帰りそうになる。
畑をあっちいきこっちいき、たまに巡回中の冒険者達とおしゃべりしつつ、今日の依頼は終了。
まとめて倒したテレンモールの処理をする。コクシンが倒した魔法を使ったモールは、属性付きの魔石だった。土の中にいるのに、風属性の魔石だった。置いといたらなにかに使えるかなぁ。
死骸は畑の端に燃やしてから埋めておく。
ラダは湖には落ちなかった。代わりに堆肥場に片足を突っ込んでいた。泣きながら足を湖で洗っていたら、魚人族のニーナさんが出てきた。笑いながらラダを湖に引きずりこみ、そして放り返した。キレイなラダが、目をパチクリしている。
「えぇぇ、今の何!?」
思わずニーナさんに詰め寄る。
「洗濯だよ。キレイになったろ」
「洗濯…。それスキルなの?」
「ああ。水中で使うと一瞬でキレイになるんだ。一瞬だから、鞄の中身も無事なはずだよ」
ラダがごそごそ鞄を漁る。
「濡れてない…」
「えぇ、すごい! ニーナさん、俺にもやって!」
「いいぞ」
バンザイした俺を、ニーナさんが引きずりこむ。ほんの一瞬で、水中を眺める暇もなかった。気づいたら元の場所にいて、なにか爽やかになっている。マントの汚れもきれいになっていた。
「すごーい!」
これぞ俺が欲していた洗浄系のスキル。しかし、水の中でしか使えないのか。でもあることは分かったんだ。今の感覚を覚えておこう。
フンフン意気込んでいる間に、コクシンもきれいになっていた。
「ふーん。そんなに面白いか?」
ニーナさんは不思議そうだ。
新たな職種になりそうだが、聞くとそんなに数はこなせないらしい。使えるのもニーナさんだけなんだとか。ちょっと残念。いや、俺が頑張って会得しよう。
お礼にミツの実や砂糖、お酒を渡しておいた。




