次行ってみよう!
おはようございます。天気は快晴なのに、俺のテンションはだだ下がりです。
昨日、ニルバ様たちと別れたあと、宿に泊まった。なんと宿代がニルバ様持ち。やった~!と泊まったけど、夕食の味が微妙だった。1階が酒場スタイルで、深夜遅くまでめっちゃうるさかった。せっかくの個室だったのに、壁が薄くて隣室のイチャコラを一晩中聞く羽目になった。朝食が冷えてた。
遠慮して安めの宿にするんじゃなかった。どうせ奢りなら、高いとこにすればよかったよ。
まぁこれを教訓にして、今後の宿選びの糧としよう。
ちなみに、快眠が気に入ったのかニルバ様が眠り薬をご所望するひと幕があった。流石に断った。だって後ろの2人の目が怖かったし。薬屋で買ってってお願いした。
そんなこんなの早朝。俺は入ってきた東門とは反対の、西門に来ていた。ここから次の街への馬車が出ている。宿代が浮いたので、次の街で冒険者登録することにしたのだ。何かの拍子に家族とばったり会うとか、嫌だしね。
数台の馬車が止まっている。はてさて、どれに乗ればいいのかな?
「おう。坊主。どこ行きだ?」
キョロキョロしてたら、おっさんに声をかけられた。がっしりした体躯の、なんというか、魚屋のオッチャンっぽい。声もいい感じに枯れてる。
「とりあえず、冒険者登録したいんだ。次の街で」
「ふーん。じゃあ、これか、3つ目のノルト行きだな。これはニッツ行きだ」
「ノルト…」
ノルトは聞いたことがあるな。大都市のはずだ。確かダンジョンもあるとか…。でもおっさんが勧めたのは、ニッツという街だ。
首を傾げた俺に、おっさんはにっと歯を見せた。
「なんでかって? おまえさん旅は初めてだろう? 身なりが新しいからな。ニッツは2泊3日、ノルトは7泊8日だ。慣れてないと辛いぞ」
「あー、なるほど」
俺が旅慣れてないと見て、短い方を選んでくれたのか。たしかに、昨日の数時間でもしんどかったからなぁ。
「ちなみに、他の馬車の行き先も聞いていいですか?」
馬車はあと2台止まっている。
「1つは、コーダ行き。鉱山だよ。もう1つは、ほれ、引いてる馬が違うだろう? あれもノルト行きだが、4日ほどで行ける、高速馬車だ。エラい掛かるけどな!」
おっちゃんが親指と人差指で丸を作る。この世界でも、これで金という意味になる。つまり、料金がバカ高いというわけだな。
見るとたしかに、馬車に繋がれている馬が違う。というか、あれ馬なのか? どこかの覇王が跨ってそうな、黒くてがっしりした黒い馬だ。角も生えてる。
「あれは魔馬なんだよ。御者はテイマーだ」
「おぉ!!」
テイマー来た! あるのかぁ。いいな、ロマンだよなぁ、最強モフモフ軍団。でも俺にはまだ早いな。乗るついでに話とか聞きたいけど、所持金では無理そうだ。いつか稼いだら、乗ってみよう。
「ありがとうございます。じゃあ、ニッツ行きでお願いします」
「あいよ。乗って待ってな。集まったら出発するからな」
代金を払い、荷台に乗り込む。いわゆる幌馬車だ。左右に座席が付いていて、荷物を置いておけるスペースがある。出発時間は人がそれなりに乗ったら、だ。
半時ほど待って、出発となった。
乗客は、1組の夫婦、1人の冒険者、2人の商人、俺だ。あと護衛の冒険者パーティーが3人。彼らは別に馬に乗っている。冒険者をやるには、馬に乗れないといけないのかもしれない。
護衛の馬に挟まれて、馬車はゴトゴトと軽快に進んでいく。乗り心地は良くはないが、せめてとばかりクッションが置いてあったのでまぁ耐えられる。
耐えられないのが別にあるから、全然これは平気。
「なんだ。そんなことも知らないのか? 王都ではこんなの当たり前だぞ!」
旅が始まってから、ずっと「王都では」を繰り返し、俺ってすげームーブを続けるこの男。商人の片割れで、見た感じ俺の少し上くらいに見える。もう1人は40代くらいの、こちらはやけに低姿勢のオジサン。クソガキが鼻高々に自慢話をするたびに、隣で縮こまっている。
「王都では大きな店を構えてるんだよ」
いや、お前の店じゃないだろう。
「まぁこんな田舎からじゃあそうそう行くこともないか」
その田舎でゴトゴト馬車に揺られてんのは誰だ。
「ふふ。俺は『商売』のスキルを授かってるんだ。将来はここいらにも店を作ってあげるよ」
スキル舐めんなよ。あれば誰でも大成するなら世話ないわ。スキルはどう使うかであって、対人舐めてるこのクソガキが店を興せるもんかい。
イライラが溜まっているのは、俺だけではないようだ。はじめはそれなりに愛想よく対応していた他の乗客も、寝たフリとか張り付いた笑顔でスルーしている。
「おい、聞いてるのか。この俺様が有り難く旅のなんたるかを教授してやってんだぞ!」
頼んでねーし、絡んでくるんじゃないよ。
1番年下で丸め込みやすいと思ったのか、やたらと俺に絡んでくる。あいにくお前みたいなのには耐性があるんだ。どこぞのご長男様とかさ。
「そんなにスゴイならー、自前の馬車で旅をなさったらよろしいのにー。っていうかー、旅なんてしなくてもいいんじゃー? なにかワケアリですかー? あ、大商人様に失礼ですよねー。もちろん、いつもは自前の豪華な馬車で移動なされてますよねー。大変ですねー」
まぁ腹立つので口は出しますけど。
クソガキはムググと口ごもったあと、「あ、当たり前だろ」と胸を張った。もちろんそんなことはないはずだ。靴もマントも薄汚れているし、手や顔には日焼けのあとがある。ついでに言えば、持ち物も凄そうには見えんし。商人を騙っている…というふうにも見えないけど。
ちらりと片割れのおっさんのほうを見ると、首をすぼめるだけだ。
しばらく口を噤んでいたクソガキは、さっきのことがなかったかのように次のネタを見つけてイキり始めた。
これ3日間ずっと続くのかな…