作って欲しい1
今日は予定が目白押し。
先ずは魚屋で開きに合いそうな魚の購入。一度帰って魚を捌き、開いて塩水につけておく。晩ご飯用に貝も買ってきたので、砂抜きしておく。適当に一時間くらいつけたら、洗って水気を切って日陰で干しておく。
様子見は留守番のラダに任せ、コクシンとともに金物屋に向かう。昨日ガバルさんに報酬の2つを先にもらっておいた。
金物屋の主はヒゲモジャの男だった。ドワーフだろうか。背はそんなに低くないけど。
ガバルさんに紹介してもらったことを告げ、昨日描いてきた泡だて器の絵を見せる。この線の部分はワイヤーでと説明すると難しそうな顔をした。
「…ここまで細いのは無理ですか?」
聞くとカチンと来たのか、片眉を上げて「んな事は言ってねぇよ」と言われた。
「ただ、こんな面倒なもの作って、これが調理器具ってのがなぁ。混ぜるってなんだ?」
いや、なんだって、なんだ? 混ぜる…えー、鍋の中をかき混ぜるぐらいで、撹拌するってことがないってことか? いや、バターとかあるよな。バター…どうやって作ってるんだろうな。とりあえず、一般的ではないってことか。
「やってみせたほうが早いな」
台所に案内してもらおうとすると、ないと言う。外で食べて済ます人のようだ。仕方ないので、全部自前でいく。ボールに、卵を2つ。菜箸5本で撹拌する。
「その棒は?」
「これは箸と言って、こう使います」
手を止め、2本を持ち直して卵の殻をひょいっと摘む。前世で子供の頃、すごく変な持ち方をしていた。祖母に厳しく直されたおかげで、今世でもきれいに持てている。
「手の代わりか」
「手って…」
空気を十分含ませた卵と、スプーンで適当に混ぜた卵。ちょっと塩で味をつけておく。あとは魔導コンロとフライパンで、できるだけ同じように焼いた。いわゆるスクランブルエッグだな。
「はいどうぞー」
まぁ見た目からして違う。スプーンで混ぜた方は、白身がまだらに残っている。大事なのは味も違うのか? というところだろうか。
首を傾げながら、金物の主は2つを交互の口に運んだ。
「むぅ。なるほど。たしかに食感が違うな。味も違って感じる。面白い」
ちょっと興味を持ってくれたみたいだ。
「泡だて器を使うと、もっと短時間にきれいに混ざります。もちろん、ワイヤーの配置が偏ったり柔らかすぎたりすると意味がないし、料理用なので、錆びなくて洗いやすくもしてほしいです。持ち手はこれくらいで…」
「注文が多いな」
「まぁまぁ、ものは試しで作ってみて下さいよ。だめなら他にお願いしますし」
「このやろう」
ギロリと睨まれるが、妥協はできんよ。煽てて挑発してこづかれて、なんとか作ってみるという約束を取り付けた。
さて次は、木工屋。娯楽だから、急ぎではないんだけどさ。
「こんにちはー」
「おーう。らっしゃい!」
店の奥から出てきた人を見て、お互い「ん?」と止まる。
「ニーナさんの…」
最初に思い出したのはコクシンだった。
「ああ、あの、にゃーにゃー言ってた人の、お父さん」
「ああ! あのときの。アホ息子が迷惑掛けたようですまんかったな!」
「いえ、俺たちは別に…」
「息子さん、どうしたんですか?」
ええ、コクシン聞いちゃうの?
「おぅ。実家に放り込んできたぜ。今頃ジジイに1から農業叩き込まれてるだろうぜ。まったく、甘いやつだとは思ってたが、あそこまで性根腐るとはな。おかげで俺ぁあちこち頭下げる羽目になっちまったよ」
奴隷落ちは免れたらしい。オヤジさんは心なしか疲れたような顔をしていた。
「いま店主は材木を見に行ってるんだ。そのうち帰ってくると思うが、急ぎかい? ここにあるものなら、俺でも対応できるが」
「急ぎではないです。作ってもらいたいものがあるので、待たせてもらってもいいですか?」
「構わないよ。じゃあ、お茶でも入れるか」
オヤジさんがいそいそお茶の準備を始める。こぢんまりとした商談スペースがあったので、そこを貸してもらい腰を下ろした。
世間話をしているうちに、アホ息子の話になった。
そもそも、オヤジさんは代々農業の家系だった。が、息子は農業を嫌がった。しかしだからといってやりたいこともない。授かったスキルは木工。地味だとそのまま家にいたのだが、兄が結婚し子供ができると、居辛くなってきた。そこでオヤジさんが知り合いのこの店を紹介したのだが、すぐに音を上げ酒浸りになった…のだとか。
「ものづくりは嫌だと抜かす。痛いのも勉強すんのも、ヤダヤダヤダ」
はぁ~とため息を吐きながら首を横に振るオヤジさん。
成人したとき得られるスキルは、多分ランダムなんだろう。引き継がれるとも言われているが、偶然と思われる。砂漠の民が操舵のスキルを得たり、海洋で暮らす王子が木こりのスキルを得たり、必ずしも望んだものが得られるとは限らない。
だが、スキルは覚えられるのだ。そしてスキルがなくたって、大抵のことはできる。スキルのせいにするべきじゃない。と考えられるのは、俺が使えるスキルを得られてるからなんだろうなぁ。
「やる気になってくれるといいね、息子さん」
「なってもらわにゃ困る。うちの親父は怖ぇからな。俺までしばかれる」
ぶるっと体を震わせるオヤジ。このオヤジより怖い親父って、どんだけ。聞けばとばっちりで自分まで怒られそうなので、謝罪行脚と称してこっちに逃げてきているのだとか。
「お、帰ってきたな」
庭の方でガヤガヤ人の声がし始めた。オヤジが席を外す。
「そういや、コクシン」
「ん?」
「昨日、何かあったの?」
いや、聞かないとは言ったけどさ。気になって。
びしりとコクシンの表情が固まる。そして遠い目をした。
「いっそ、丸坊主にでもしようかな…」
ポツリと呟く。
「いやいやいや、ほんとに何があったの!? 王子出家しちゃうの!?」
「…王子じゃない」
「あ、うん」
うお、こりゃ重症だ。暗い目でこちらを見やるコクシンに茶化すのもはばかられる。まじまじ見返す俺に、彼は小さくため息をついた。
「犯罪者の相手をしている方がまだマシだ…」
ポツポツ話してくれたことによると、ごみ捨ての帰りに女性に夕食に誘われた。連れが待っているからとか断っていたら、ひとりふたりと増えた。その後はコクシンをそっちのけでお互いを罵りだした。3人に囲まれたまま、貶し合いを聞かされることになったコクシン。どん引きしていたところに、ガバルさんが通りがかった。色々察して、救出してくれたのだとか。
「…そういう女の子ばかりじゃないんだけどね」
どうもコクシンに近づくのはガッツリ肉食系ばかりだなぁ。天然スルーも肉食系には効かないようだ。
「1人で出歩くときは、フードでも被っといたら」
「そうしよう。後でフード付きのマントを買ってくる。まぁレイトがいるとそういう声がけはないんだが」
それ子連れに思われてんだよ…。
「おぅ、お待たせ。作って欲しいものがあるって?」
ガチムチの男が入ってきた。その後にオヤジ。




