商談
コクシンがオッサンをお持ち帰りしてきた。
「ん? なんでいるの?」
あのオッサンだ。商業ギルドで会った押しの強い人。ニコニコとコクシンの後ろから顔を出し、
「こんばんは。突然押しかけてしまい申し訳ありません。いや、いい香りですなぁ」
と、にこやかにしながらも皿の上の山盛り唐揚げにロックオンする。ほんと、食いつくなぁこの人。
コクシンを見ると、ちょっと元気がない。
「どうしたの?」
すすすっと寄って小声で聞いてみる。
「いや、なんでもない…」
なんでもなくはないと思うんだけど、まぁ人には聞かれたくないことの1つや9つはあるよね。無理には聞かないさ。
「オッサンはなんでいるのさ」
「あ、ちょっとしたご報告と、面白い事がないかと…いやいや、ご機嫌伺いですよ? もちろん手ぶらではお邪魔しませんよ」
だいぶ本音をぶっちゃけているが。
すっと後ろからワインボトルを出してくるオッサン。って、いつまでもオッサンはまずいな。
「これはどうも。ところでお名前をお聞きしても?」
ワインを受け取りつつ聞くと、ぺんっと額を叩いてあちゃーという顔をした。
「何たることか。名乗りもせずに失礼を」
「あーいえ、多分俺が覚えてないだけだと」
ちらっとコクシンを見ると、ウンウンと頷いた。
「…さようですか。いえ、商人の端くれとして、名前も覚えてもらうのが第一です。精進しませんと」
特に気分を害した様子もなく、ハッハッハッ!と笑ったあと、改めて名前を教えてもらった。
「ガバルと申します。ガバル商会を経営しております。家族経営ではありますが、手広くやっておりますので、なにかご入用の際は是非とも当店を」
優雅なお辞儀付き。
「じゃあ、ガバルさん。せっかくなんで夕食一緒にどう?」
食いたそうだから、なにか言われる前に誘っとこう。
「ありがとうございます。是非に!」
ということで、4人でご飯だ。コクシンはもう普通に戻ってるし、ラダは嬉しそうにマヨネーズを見せびらかしている。だが、残念ながらそれは教えてやれん。
ワインをそれぞれ木製コップに注ぎ、乾杯。俺も飲むよ。アルコール度数低いし。
唐揚げ、トマトなどの生野菜マヨネーズ付き、パン、魚のスープ。自作の魚の干物の骨を焼いて出汁を取り、塩で味付け、ほぐした身を入れただけのシンプルなものだ。
「マヨネーズうまー!」
ラダは自分で作ったこともあって、マヨが気に入ったようだ。普段は進んで食べない野菜をもりもり食べている。分かる。マヨあるだけで、野菜食えるよね。
コクシンは唐揚げだな。この肉スキーめ。もちろん俺も肉スキー。魚もスキー。はぁ、マグロ食べたいなぁ。生食文化あるのかなぁ。
オッサンことガバルさんは1つ1つ頷きながら食べている。ニコニコしてるから不味くはないのだろう。
俺も食べる。スープ、ちょっと物足りないけど美味しい。魚は売り物でも美味しいんだけど、売れ筋が塩漬けなんだ。俺は干物のが好きだ。湖で獲ってきたのを、開いて庭で干しておいた。いわゆる一夜干しだな。唐揚げ美味し。マヨ付けて食べよう。七味ほしい。余ったらパンに挟んで朝ごはんにしよう。余るかなぁ。
「レイトさん!」
うまうまと食べていたら、いつの間にかガバルさんに話しかけられていた。いや、顔近いな。
「無理を承知でお願いします! これらの料理をぜひ私どもに教えていただけませんか!」
「え、あ〜」
別に教えるのはいいんだよ。マヨは無理だけど。
「もちろんタダでとは言いませんよ!」
目をギラギラさせて商談モード突入。いや、いいんだけどさ。
「冷めるから、食べ終わってからにしようよ。あとなんか報告あるとか言ってたし」
「ほっ。そうでしたな。いやいやとんだ勇み足を」
椅子に座りなおすガバルさん。
「いやそれにしても、どれも食べたことないものですなぁ。商売柄いろんなものは食べてきたつもりだったんですが」
「そう?」
まぁ、こう見えてお安い料理ではない。もし屋台レベルで売ろうとするなら、かなり工夫が必要だろう。
冒険者と言うのは、実力さえあれば結構稼げる。稼げるのだが、武具の調整やポーション類の購入など経費もかかる。そして飲んでワイワイするのが大好きだ。娼館や賭け事にハマるやつもいる。ということで、常に金欠というパーティーもある。俺たちはというと、経費がほぼ食費と家代。今のところ無理してないからね。そして地味にラダの薬が助かる。経費削減に収入も得られる。本人は戦闘の役に立てないことに恐縮してるけど、実はすごく貢献してくれている。なのでお金はある。この間の散財もだいぶカバーできてきた。
「えーと、唐揚げはこんな感じですね」
食事が終わり、大体の材料を口頭で説明、それをガバルさんが紙に書き出している。
対価はお金と食料、腕のいい木工屋と金物屋を紹介してくれること、になった。泡だて器を作ってもらいたい。あと、ジェンガ。セオリーでいけばオセロなのだが、俺が得意じゃないので後回し。
ちなみに報告と言っていたのは、空家利用の話だった。数軒で試してみるということで、まぁお好きにとだけ言っておいた。
「ふむふむ。大量の油ですか」
「ボアとかの脂を溶かしたのでもいいよ。ちょっと油っぽくなるだろうけど。あと匂いもあるし」
「うーん、作ってみないことには分かりませんが、まぁなんとかなるでしょう。して、このマヨネーズとやらは?」
こっちが本命か。そうだよね、想像つかないもんね、材料の。
「教えられないよ。意地悪とかじゃなくてね、スキルが関係してくるから、今のところは…ね」
「スキルですか…」
ガバルさんが残念そうな顔をする。
実のところ、やっぱり生食は難しい。
今回のために鶏を飼っている家にまで卵を買いに行ったのだが、放し飼いで、いつ産んだかもわからない卵を渡された。常温でも結構日持ちするとはいえ、流石に生食にはできない。俺が一個一個鑑定して買ってきた。
そんなわけで、不安要素があるものを教える訳にはいかない。集団食中毒とか洒落にならんし。たとえ回復薬で治るとしても、間に合わず命を落とす場合だってあるわけで。
「それでは仕方がないですね。同じスキル持ちを用意できればいいのですが…」
浄化はともかく、鑑定持ちっているのかなぁ。
ガバルさんが、ぺらりとメモ紙をめくった。
「ではでは、このスープは?」
くじけないなぁ。
「えーと、魚の干物ですよ」
カクカクシカジカと説明すると、「ほぅ」と興味深げに声を漏らした。干物って言ったら、丸干しっぽいからね。
「それは、日持ちするのですか?」
「え、ううん。しないよ」
多分2、3日じゃないかな。俺が首を振ると、うーんと腕を組んで考え込んだ。
「あの、申し訳ないのですが、後日料理スキル持ちを連れてくるので、唐揚げとともに教えていただくことは可能でしょうか? もちろん材料はこっちで用意します!」
「え、んー」
面倒ではあるけど、別に急いではいないしなぁ。ちらりとコクシンを見る。肩をすくめた。ラダは「唐揚げ食べたい」と顔に書いてある。
「分かりました。じゃあ、明後日にでも」
「本当ですか! ありがとうございます! お礼もなにかご用意しますからね!」
両手を握られ、ブンブン振られた。
 




