ラダは頑張る
突然に嵐に巻き込まれたかのようだった。それまでの自分は、周りに言われるがままだった。家を出て薬店に弟子入したときも、生まれた街を離れたときも、店を継ぐことになったときも。自分で考えるより、そのほうが楽だったから。
だから、突然現れた2人に新しい道を示されて戸惑った。厳しいがそのとおりだ。これは嫌だあれはやりたくないでは生きていけない。考えないようにしていただけだ。そのうちなんとかなるって。自分で歩けと言われ、今まで自分が恵まれていたのだとわかった。
「えーと、5本ですね。初級回復薬3本、魔力回復薬、解毒剤が1本ずつで…」
指を折々。
「銀貨が9えと……」
「銀貨10枚と大銅貨9枚になります。よろしいですか?」
横からため息とともに、合計が告げられた。買おうとしていたお客さんが僕を見、そしてレイトを見てにこっとした。レイトの方にお金を差し出す。
「はい。ちょうどですね。ありがとうございました」
お金を受け取り、商品を渡しペコリと頭を下げるレイト。
「ラダ」
「だって計算苦手なんだよぉ」
「まだ何も言ってないけど。数こなせばそのうちできるから、はい、声掛ける」
「うぅ。薬いかがですかぁ?」
何故か僕はレイトの補助付きで市で薬を売っていた。僕の作った薬を売るとは聞いてたけど、僕自身が売らなきゃいけないとか聞いてない。
ちらりと横を見る。レイトはつまらなそうに、膝の上に肘を突いてぼーっと座っている。いつものマントフル装備ではなく、腰にナイフを差しているだけの軽装だ。
不思議な子だと思う。7才で冒険者になるために故郷を出てきたところだという。なのに僕より全然大人っぽい。そのわりに大雑把で、人の目を気にしない。今だって大あくびをして、周囲の人に微笑ましげに見られているのに、気づいていない。ぐしぐしと目をこすり、
「ほら、声止まってるよ」
僕には何故か厳しい。
不思議といえば、レイトのスキルだ。あれだけ計算が速いのに、それっぽいスキルを持っていないという。
調剤だってそうだ。おばあちゃんに習ったらしく、簡単なものなら作れる。でもスキルはないという。
詳しくはないけど、コクシンによればスキルは修練や繰り返し、素質があれば追加されるのだという。計算も調剤も、ついでに料理も数え切れないぐらいやってるだろうに。何が足りないんだろう。
レイトはそのへんのスキルはどうでもいいみたいだ。それよりも聞いたこともない、結界だの時間停止だの、そういうのを獲得しようと試行錯誤している。見習いたいけど、僕は何を目指したらいいのだろう。
「こんにちは。いかがですか?」
レイトの声に我に返る。冒険者らしいお姉さんがしゃがみ込んでいた。
「初級回復薬何本まで?」
え、何本? レイトを見る。
「制限はありません」
あ、そういう話。
「じゃあ、ここにあるだけ」
「ふぇぇ」
まずは計算か。多分そのうちレイトは付いてきてくれなくなる。計算ぐらいは…。
「ねぇ。これおまけしてくれない?」
それは金貨1枚するやつ。おまけにって、どうしたら…あ、レイト笑ってるー。
「おねえさん、俺たちままごとしてるわけじゃないんだよね。からかってるならどっか行ってくれなぁい?」
コクシン曰く黒い笑顔が炸裂している。レイトって物怖じしないよね。この間の騎士にしたってそうだ。
ほへーと見ているうちに、お姉さんは舌打ちをして行ってしまった。
「ああいうのの対処も覚えないとね」
「対処…」
商売って、ただ物を売るだけじゃなかったんだなぁ。小さい頃の僕は父と同じ職業を夢見ていたけど。
「白目むいてないで、慣れだ慣れ」
厳しい。
くすりとレイトが笑った。
「まぁ本当に嫌ならさ、薬を作るだけの人生でもいいとは思うよ。無理強いはしない」
今日僕引きずられてきたと思うんだけど。
「使う人の顔が見えるってのは、作りがいがあるだろう?」
「作りがい」
僕はなんのために作ってるんだろう。スキルがあるから。お金のため。誰かのために?
「まだ回復薬あるかい?」
声を掛けてきたのは、最初に買ってくれたおばちゃんだった。
「さっき飲んだら、苦味が少ないしよく効いてる気がしてね。もう少し欲しいんだけど」
「あ、は、はい! 大丈夫あります。何本ですか?」
ニコニコとおばちゃんは12本一気に買ってくれた。また計算が追いつかなくてレイトを頼ってしまったけど。
「ああいうの、うれしいでしょ」
レイトの言葉に頷く。
レイトに言われて、ここに置いてあるのは手を抜いて作ったものだ。それぞれ効能ごとに込める魔力は違う。けれどここのはあえてただの魔力を込めている。それが一般的なんじゃないかと言われた。じゃあ師匠はどうしてあのやり方を僕に教えたんだろう。ちゃんとした魔力を込めて作ったら、あのおばちゃんはなんと言うだろうか。喜んでくれるだろうか、それとも前のときと同じように薄めたと訝しがるのだろうか。
小さな声。レイトは機嫌がいいのかフンフンとなにか口ずさんでいた。レイトはいつも楽しそうだ。コクシンも呆れながらも楽しそうだ。僕はどうだろうか。
巻き込まれたんじゃない。きっと自分から飛び込んだんだ。
「ほら、昼ご飯」
コクシンが荷物を持ってやってきた。今日は一日別行動だ。レイト曰くキラキラ王子。意外と面倒見が良くて、寂しんぼ。とかいうとアイアンクローを喰らう。
「まだ売り切ってないのか」
そして厳しい。
「んっふっふっ。まぁまぁ頑張ってるって」
早速ぱくつきながら、レイトが笑う。サンドイッチ。朝レイトが作っていたやつだ。わざわざコクシンに預けていった。レイトの予測通り、留守番していたようだ。外に行ってもすることがないとコクシンが呟いていたことがある。
「1ついかがですか?」
「よし、買おう。って、なんで買わないといけないんだ」
「10本でも全部でもいいよ! そしたら帰れる!」
「あほう」
コクシンに頭を叩かれた。こういうときはノリが良い。レイトはケラケラ笑っている。楽しいな。もっとこの時間が続けばいい。足手まといにならないように、置いていかれないように、僕がいてよかったと思ってもらえるように。
ひとまず目の前のことを頑張ろう。




