1日家にいる日
暇である。
昨日のやらかしで自宅待機を命じられ、大人しく家にいるのだが、することがない。コクシンは庭で剣を振っている。お出かけしてきていいのに。ラダは別の部屋で調薬中。じっと見ていたら追い出された。
自業自得なので文句はないのだが、どうしたもんか。本でも読みたいところだが、本は買っていない。魔法でなにかしようと思ったけど、やらかさない自信がない。困ったものだ。
そういえば、マヨネーズを作ろうとしてたんだった。ハンドミキサーも泡だて器もない。菜箸でいけるかな。ていうか卵がないな。いや、昨日の今日で浄化の魔力水作ってとか、俺はアホか。
えーじゃあ、うどんでも作ってみる? 作ったことないけど。すいとん出来たからいけるだろ。麺類見たことないな、そういえば。
魔法鞄をごそごそしていたら、コクシンが戻ってきた。
「なにするんだ?」
「…危ないことはしないよ」
俺の信用はダダ落ちなようだ。
「ご飯、作ろうと思って」
「買ってくるから、大人しくしていろ」
「ふぁい」
1日待機とか甘いなと思ったけど、よく分かってるわ。何かしてないと落ち着かない俺にはてきめんの罰だよ。
小さく笑ってコクシンが魔法鞄を持って外へ向かう。と、すぐに戻ってきた。
「ラダ。買い物頼めるか?」
ごんごんとラダがいる部屋のドアを叩く。
「あれ、外出禁止じゃないの?」
ドアが開いてラダが顔を出した。俺とコクシンを見比べる。
「だから、私がレイトを見てるから買い物を頼む」
「僕1人っ? やだよ!」
慌ててラダが部屋の中に戻っていった。ゴンゴンとコクシンがドアを叩く。が、ラダは「やだやだ」言っている。引きこもりに拍車がかかってないか。しばらく押し問答していたが、ラダは頑なだった。
ため息をつきながらコクシンが俺を見る。いい笑顔で小首を傾げてやった。1人で行ってくる? それとも一緒に行く?
「…行ってくる」
ちょっとの葛藤のあと、コクシンはげんなりしながら再び出ていった。そんなにトラウマなのか、お買い物…。
静かになった部屋の中。時折カチャカチャと、隣から瓶が触れ合う音がする。時計はないし、電化製品もない。とても静かだ。魔法鞄はコクシンが持って行っちゃったし、もう寝ちゃおうかな。
テーブルに顔を伏せ、うつらうつらする。いや、できんな。毎日快眠だからな。ムクリと顔を上げ、乱れた髪を直す。暇だ。スマホでもあれば時間潰せるのに。あまりに暇なので、人差し指と中指でトコトコとテーブルの上を走らせる。コップを飛び越え、急カーブし、いつの間にか実況付きで一人遊びする俺。
「ぶはっ」
もちろん絶妙なタイミングで帰ってきたコクシンに笑われたとも。
今日の昼ご飯は、パンと串肉。マントラコラの漬物。なんというか切り干し大根だな。塩漬けのそれを箸休めにしょりしょり食べる。
ラダはコクシンが説明するマントラコラの生態に興味津々のようだった。今度は僕も行くとか言ってる。またあの虚無を見るのは嫌なんだが。
「そういえば、さっきあの騎士に会ったんだが、レイトが代官の娘のお婿さん候補に上がってたよ」
「ぶほっ!」
コクシンの言葉に思わず咥えていた肉を吹き出してしまった。慌てて拾い、口に戻す。3秒ルール。モグモグ、大丈夫大丈夫。
「ななな、なんでっ!? はっ! 早くこの街出ないと!」
立ち上がって、ワタワタし始める俺をよそにコクシンは落ち着いていた。手で座れ座れと促してくる。
「大丈夫だよ。すぐになかったことになったから」
「な、なんだ…。ていうか、なんでそんな話に…」
コップに水を出して、ごくごくと飲む。心臓止まるかと思ったよ。
「どうもレイトがどこかの坊っちゃんじゃないかと思ってたようだ」
「はぁ?」
俺なんかどこからどう見ても普通の平民だろう。坊っちゃんはラダであり、むしろコクシンのが目立つはずなのに。
「娘は5才だそうだよ」
5才で婚活とか。貴族って怖いわー。そうだよな、生まれたときから婚約者がいるとか、わりと普通なんだよな。
「ていうかさ、そう見えるのってコクシンのせいだよ、絶対」
キラキラ王子が幼児に付き従っている(ように見える)んだ。コクシンは『馬術』のスキルを持っているせいか、騎乗姿が非常に様になる。
「なんでだよ。レイトの言動のせいだろ」
普通の幼児はあんな言動しないとバッサリ言い切られる。っていうか、幼児じゃねーよ。さっき自爆してるけども。
「まぁまぁ、取り消しになったんでしょ。なに、平民って分かったからとか?」
どうどうとラダが手を振る。そうだ。コクシンが言ってくれたのかな?
「ああ、それな。呪われてるって噂が届いて…」
言いにくそうにコクシンが魔法鞄に目をやった。
あれか。いつぞやの護衛冒険者達とのやり取りか。潰しちゃって結局治してやんなかったからな。いや、後で治してもらってるだろうけど。…治るよな?
首を傾げるラダにこれこれと説明する。
「はー。また奇天烈なことを…」
「でも、呪われるってのは盗ろうとした相手がってことだったんだけど。なんで俺が呪われてることになってるの?」
コクシンが「さぁ」と首を傾げる。
「まぁ噂なんてのはどんどん変わっていくものだからな。いつの間にか所持者であるレイトが呪われてるってことになったんじゃないかな」
「コクシンは?」
「私の話は出てこない」
「ひどい」
たしかに呪い話作って脅したのは俺だけどさ、持ってたのはコクシンだったのに。俺の印象そんなに強かったのかな。っていうか、誰だ、外に話し漏らしたの。いや、外野にしたら面白可笑しい話だよなぁ。
「…それ、俺もモゲてるってことなの?」
コクシンがすっと目をそらした。
「…背が縮む呪いらしいよ」
言いにくいことかと思ったら、笑いを堪えているだけだった。
「どーいうことなの!? 元ネタの欠片もないじゃん!」
「なんだろうね。よっぽどレイトの印象が強かったのか…。だから小さいのかって、あの人妙に納得してたよ」
ひどいよ。みんなして小さい小さいって。モゲてると思われてる方がまだマシだわ。いや、やっぱり嫌だな。俺だって男の子だし、別に女子が嫌いなわけじゃないのよ。
しかしなぁ、背が縮む呪いってなんだよ…。
「まぁ余計なフラグが立たなくてよかった」
「フラグ?」
「んん。そのイケヒゲ騎士さんたちまだいるの?」
「いや。明日リドゴという街に出発らしい。普段はそこに駐屯しているそうだ」
「なるほど。じゃあ、リドゴには行かないようにしよう」
笑いながらコクシンが「了解した」と頷く。ラダはどうでもいいみたいだ。
そういえば、盗賊騒ぎはどうなったんだろうな。帰るってことは解決したのかな。キラキラ軍団はどうしたんだろう。コクシンは知ってるのかな?
「ああ…。結局向こうの奴らが捕まえたらしいよ。捕まえたのはいいが、鎧に傷が付いただかなんだかで、依頼した貴族にお金をせびってモメてるとか。こっちの騎士たちは呆れて帰ってきたって」
うわぁなにやってんだろうね。あんな儀礼用の鎧着ていくからじゃん。修理費よこせとかバカなのかな。むしろよく盗賊捕まえられたな。
「今朝のうちに帰っていったらしいから、もう会うこともないだろう」
ならいいや。




