騎士が現れた!
卵ご飯は無理なので、マヨネーズを作ろうと思う。酢があれば。いやあったな。コクシンが大量買いしたものの中にあった。じゃあ、主食は何がいいかなぁ。
ふと、前を行くコクシンの肩が揺れた。視線の先には、白い鎧をまとった馬上の騎士の姿が数名。緊迫感はなくゆっくりこちらに向かってきていた。
「…もう次の領入ってる?」
小声で聞いてみる。コクシンは曖昧に首を振った。はっきり境界線があるでもなし、どこからどこまでっていうのが一般人には分からないからなぁ。
「どうする?」
「取り繕うほうが怪しいだろ」
「だよね」
いやいやまさか、ここまで来てなにかあるとか、ないよね? 平静を装い、歩みを緩めることなく馬を進める。
「ちょっといいか」
お互いの顔で認識できる距離になって、向こうから声を掛けてきた。
「突然すまないな」
向こうが足を止めたので、こちらも止めざるを得ない。
イケヒゲのお兄さんがこの中では偉い人らしい。俺たち3人を順繰りに見た。
「なにか御用でしょうか?」
俺が対応したのにびっくりしたらしい。コクシンと俺を二度見した。
「ここまでの道のりに、怪しい奴らはいなかったか?」
真摯な騎士さんは、子供だからと侮らずちゃんと俺に話しかけてくれる。それにしても、怪しいやつ?
質問の意味がつかめず首を傾げる。
「実はこの辺りで盗賊被害があってな。野営したとき被害はなかったか?」
なるほど。盗賊ねぇ。
「わざわざ騎士が出てきているのか?」
大丈夫そうだと思ったのか、コクシンが尋ねる。後で聞くと、大規模盗賊団とかじゃない限り、騎士団は動かないのだとか。
イケヒゲ騎士さんは、肩をすくめた。
「貴族に繋がるとあるお方が襲われたらしくてね。盗られた荷を取り返してこいと仰せなのさ」
おいおい、いいのかその物言い。明らかに面倒くさそうなんだが。
ちらりとコクシンが俺を見た。うん。実は心当たりがあるんだな。
「盗賊かどうかは分からないけど、山の中で人は見ました」
「なにっ」
どうせろくな情報はないと思ってたんだろう。イケヒゲ騎士さんの顔が引き締まる。
「採取のために道を外れて山の方に入ったんですけど、冒険者には見えないし、周囲に村もないのに何者だろうって人が居たんですよね」
「1人か?」
「はい。武装はしていませんでしたが、やけに周りを気にしていましたので、近付かないでおこうと引き返しました」
「なんだよ。1人にビビってんじゃねーよ、冒険者だろ」
イケヒゲ騎士さんの後ろにいたやつが呟いた。ギロリと騎士さんが男をにらみつける。
「申し訳ありません。1人は薬師で戦闘はできません。俺も冒険者になったばかりなので、対人戦の経験がないんです。いつでも命を懸けられる騎士様には及びませんで」
困り顔で応対してやると、やつは気まずそうに視線を逸らした。いるんですよ、冒険者を下に見る騎士って。
「すまない、部下が無礼をした。後で躾けておく。このとおりだ」
ほらみろ! イケヒゲ騎士さんが頭を下げる羽目になってるじゃないか。文句を言ったやつはオロオロしている。
「頭を上げてください。その、大丈夫なんで! あ、場所! 場所お教えしますねっ」
こっちもオロオロして頭を上げてもらって、怪しい男を見た大体の場所を教えた。
「なるほど。たしかそのあたりに廃村跡があったはずです」
騎士の中の頭良さそうなメガネくんが発言する。
「前回探さなかったのか?」
「見回ったと報告にはありましたが」
「見逃したか。それとも適当にやってたのか…」
チロリと見られて、怒られる予定の男はプルプルと首を横に振った。うんうん。コイツらの関係もなにか複雑そうだ。関わりたくない。
「盗賊の根城かどうかは分からないですけど」
違ってたからって怒らないでね。
「もちろん。元々我らの仕事だ。貴重な情報をありがとう」
イケヒゲ騎士さんは歯をキランっとさせて部下とともに足早に去っていった。いい人そうなのになぁ。部下に恵まれないって、あるよね。
「ふ〜」
コクシンが肩の力を抜く。
「ビビったね。追手かと思った」
小声で言うと、コクリと頷いた。
今更どうにかしてくるとは思わなかったけど、まぁ情勢なんて刻々と変わるからね。
「早いとこ次の街へ行こう」
「そうだな」
ラダを促してまた馬を歩かせ始める。ラダは特に何も聞いてこない。俺たちの緊張感よりも、イケヒゲ騎士さんのイケメン振りに…ではなく、彼が跨っていた馬のイケメン振りにキャッキャしていた。いや、うん、キリッとしたお顔の白馬だったけどね。ツクシがヤキモチ焼くよ。
道中、騎士たちのうち一人が戻ってきて、追い抜いていった。コクシンは応援を呼びに行ったんじゃないかと言っていた。ということは、根城を見付けたのかな。
街が見えてきた。
門の外に、2種類の鎧姿の騎士たちが集まっているのが見えた。2領合同ということだろうか。あ、何か揉めてる。どっちが行くかってやつかな。
「ねぇさ、盗賊討伐ってあんな目立つ格好で行くの?」
日を浴びてキランキランしてるよ? イケヒゲ騎士さんはマットで上品な鎧だったのに。
「んー、あれパレードとか用の正装じゃないかな。派手なだけで、防御力とかは…」
「あ。キラキラ軍団が走り出した。もう一方も追いかける! 怒鳴り合っております! 乱闘、乱闘です! 剣を抜い…すっぽ抜けたぁ! キラキラ軍団隊長馬から転げ落ちる! 立ち上がれない〜!」
実況風にしてみた。もちろん小声で。コクシンは無言で頭を抱えていた。あのキラキラ軍団、うちのなんだぜ。コクシンが見たことある方。どうなってんだ。衛兵も領主も騎士も。
見なかったことにして、騒ぎをあとに門をくぐる。門番たちが“どうしたもんか”とわらわら出てきて見守っていた。
特に詳しく調べられることもなかった。冒険者証を提示して終わりだった。ラダは入街税を払う。いずれはなにかの身分証を取ったほうがいいだろう。
なんとなく、ミッションクリアみたいな感じで嬉しい。クリア報酬は『自由』だ。格好良く言えば。コクシンにしてみれば故郷を捨てたことになるわけだが。
「宿に行く? 商業ギルド? 飯?」
…特になんの感慨もないらしい。いいことだ。
 




