その依頼受け付けません
今日の朝ご飯はナンなんです。…いや言ってみたかっただけです。朝市でトマトが買えたので、なんちゃってケチャップと蒸し鳥を挟む感じで食べた。
冒険者ギルドに向かう。
いつものように書庫に向かう。ここのギルドはあまり良い印象を持たない。面倒臭そうに「書庫ですか?」って言われたし、その書庫がホコリにまみれている。勝手に窓を開け換気しつつ、パタパタしてから資料を読む。
「豊富そうだけど、資料が古そうだなぁ」
俺が見ているのは採取の資料だが、紙が色褪せている。長い間更新されていないみたいだ。一応地図とともに確認しておく。
「魔物は前の街で見たのと同じだな」
「そうなんだ」
「こっちも今と合致しているかは怪しいな」
コクシンが見ていた魔物図鑑から顔を上げる。紙の資料を重視していないのかな。まぁ、識字率が低かったらそうなるのかもしれない。
とりあえず購買を冷やかしてから、掲示板を見に行く。
「…んん?」
採取系の依頼が殆どない。常時依頼でどこにでもあるだろうトキイ草の依頼は、かろうじて端っこにあった。それから食材扱いのキノコ。あとは遠い地の討伐採取系だけだ。
雑務系、魔物討伐系は普通にあるのに。首を傾げていると、カウンターの方から「採取」の単語が聞こえた。振り返ると、昨日のヘタレだった。
「どうしてもですか?」
縋り付くような声に、受付嬢は面倒そうに、
「ですから先程から申し上げておりますように、レルラ薬店でお買い上げください。こちらでは基本的に薬草の採取依頼は受け付けておりませんので」
と言った。ギルドが採取の依頼を受け付けないってどういうことだ。
「あの、すいません」
受付嬢に声を掛けると、声の主を探して視線が彷徨った。コクシンに目を留めたが、そのコクシンが下の俺を指差す。今、作り笑顔が一瞬スンってなったの見たぞ。
「どうして採取系の依頼がないんですか?」
「ああ。こちらの街は初めての方ですか? こちらにはレルラ薬店という総合薬店があるんです。独自に冒険者を雇用して採取部があるので、依頼しなくていいんですよ。他の街にもあって、融通し合ってますし」
それは、自分のところで賄えば依頼料分掛からなくて済むかもだけど。
「でも、他にも薬店あるんじゃ」
「さあ。でも冒険者ギルドでは全てレルラ薬店から納入して十分在庫ありますし、市民にも安く手に入るので人気です。いまのところ不満はないかと…」
う、うわー。これその総合薬店が幅を利かせてるってことか。大きいショッピングセンターが出来て、小さい個人店が潰れていく…みたいな。だからって、ギルドみたいな公の機関まで切り捨てていいのか?
ヘタレ薬師さん蒼白だよ。
「他の薬師の採取依頼受けるなって言われてるんですか? レルラ薬店に」
受付嬢はびっくりしたように目を見開いた。
「まさか。ただ依頼報酬が僅かで、受け付けても誰も取らないもので」
いや、笑顔怖っ。
「なるほど。冒険者も報酬がいいものから取りますもんね。受け付けても未達成になる確率が高いと」
「はい」
「なるほど、納得です。ご親切にありがとうございました」
大サービスで笑顔も付けといてあげよう。目を付けられたら嫌だし。あ、依頼は受けません。今日は帰りますねー。
回れ右する俺たちを、受付嬢の「またどうぞー」という声が追ってきた。
「あ、あのっ」
冒険者ギルドを出てしばらく歩いたところでヘタレ薬師が追い掛けてきた。立ち止まり、振り返る。
「さ、さっきの話って、つまりどういう…」
分かってなかったのか。コクシンを見上げると肩をすくめてみせた。好きにしろってことかな。
とりあえず落ち着けるところということで、薬師くんの店へと案内してもらった。ばぁちゃんと同じく街外れにあった。懐かしい、色々な薬の入り混じった匂い。しかし売り物が置いてある棚は、スカスカでどう見ても儲かっているようには見えなかった。
「ラダと申します。独り立ちしたばかりなのですが、困ってしまって。さっきみたいに依頼は受けてくれないし、自分で採取しに行ってもなかなか揃えることができません。レルラ薬店というところに買いに行くと、すごく手数料とやらを取られて…」
ため息をつくラダさん。俺もため息をつきたくなるわ。
「この店はあなたが?」
「ああ、いえ、元々は師匠の店です。一通り教えてもらったら、『旅に出る!』とか言って何処かへ行ってしまいました。僕は店を持つことが夢だったので喜んで買い取ったんですけど…」
「なに? 借金があったとか?」
ブルブルとラダが首を横に振る。
「いえ、僕が悪いんです。お店って、あれば客が来てくれると思ってたから」
「そりゃあんたが悪い、というか、商売を舐めてるね」
ラダが「返す言葉もない」と体を縮こませる。
「で、結局この街はどうなってるんだ?」
コクシンが首を傾げる。
「まぁ、簡単に言えばレルラ薬店が牛耳ってる。かな」
「悪の組織か?」
悪の組織って。いつからヒーロー物に…。
「ただの商店だよ。いや、上の方には怖い人がいるかもしれないけど。単純に顧客を集めているだけで。全部自分のところですることで単価を安くする。結果個人店が太刀打ちできず、一人勝ち。儲かれば他の街に支店を出して、採取物を融通し合い、さらに値を下げられる。そうして他の薬店が全部潰れたところで、値を吊り上げる。すると高くてもそこで買うしかない…みたいな」
「なんてことを考えるんだお前は」
カウンターに肘を突き、コクシンが呆れた視線を投げかけてくる。ラダはガクブルしている。
「まぁ、後半は俺の妄想だけど。案外師匠もそれを見越してさっさと店を手放したのかもよ」
あはは。と冗談混じりに言ったつもりが、ラダの目から滝のような涙が溢れた。
「し、師匠が言ってたのって、こういうことなんですかー? この街はもう駄目だって、なんではっきり言ってくれなかったんですかー!」
「…レイト」
コクシンに泣かすなよと睨まれる。冤罪だよ。
「ギルドが便乗してるのは?」
「うーん、あのお姉さんの様子からして、なにか融通してもらってるのかもね。例えば、安く納入して差額を懐に入れてるとか。レルラ薬店に買いに行くよう仕向けることで見返りがあるとか…」
はぁ~っと大きなため息。コクシンだ。
「どこもかしこも真っ黒か」
「まぁまぁ。想像よ想像」
と言っても、続くなぁ。あれか、領主が黒いからか。この領大丈夫か?