お風呂だ
「ただいま…」
コクシンが帰ってきた。何かぐったりしてる? というかすごい荷物だな。渡した鞄以外も手に持ってるけど。
「おかえりー。遅かったね。女の子と遊んでたの?」
…睨まれた。
「昔々女の子だった人たちだけどね」
「今は男ってこと?」
「そうじゃなくて、お年寄りってことだ」
「ああ、うん。え、おばあちゃんにモテてたってこと?」
ドサリと荷物を置き、水をくれと所望されたので、ちゃんと冷やした水をコップに入れて渡す。ぐいっと煽り、「私はもう買い物をしない」とか打ちひしがれている。
聞くと、モテていたというより、カモにされていたということのようだ。
気になるものを金に糸目をつけず買っていたら、あれもこれもと勧められたらしい。説明を聞けば、なるほど使えそうと思ってしまう。気付いたら結構な量になっていて、流石にまずいと帰ろうとしたのだが、また別のおばあちゃんに捕獲され…と続いた結果がこれだそうだ。
「まぁ、たしかに晩ご飯用のパンを頼んだだけにしてはあれだけど…」
「あ。」
ふいにコクシンが伏せていた顔を上げた。
「…まさか」
「パン買うの忘れた」
何急にポンコツになってるんですか、コクシンさん。いやまぁ、自由に生活を楽しむためのものを買うようになって日が浅いというのはわかる。それまで生きていける分しかお金を使わなかったからね。勧められたら欲しくなる。俺も割りと衝動買いする方だし。けど、外見を裏切ってるんだよなぁ。王子様なのに。あ、王子だからか? ならいいのか。いや、よくないな。
「食べ物はあるの?」
とりあえず袋の中身を全部出す。何かの実、干し肉、干し…野菜? あ、干しブドウ。キレイな小物入れ、指輪、野営用のテント、折りたたみの椅子。カブっぽい根野菜、何かの調味料、でっかいパン。
「あ、パン入ってるじゃん」
「本当だ。いつの間に…」
何買ったのか覚えてないのは流石に…。まぁぼったくられてなければいいんだけど。大体の物は使えそうだし。
「ま、これで次は気をつけるでしょ。てか、コクシンの稼ぎだし好きに使っていいんだよ」
借金は困るが、持って行けちゃうのでいいんじゃないんでしょうか。
「…いや、行かない」
よっぽど怖かったのかね、おばあちゃん集団。
とりあえずご飯にする。俺が用意している間に、コクシンには馬たちにご飯をあげてもらっておく。
本日のメニューは、野菜ゴロゴロスープ、溶岩プレート焼肉パンに挟んでラー油添え。トキイ草のおひたしミツの蜜和え。
ラー油がいい感じに味変してくれたけど、コクシンは辛いのダメっぽい。今度ケチャップ作るからね。おひたしは甘苦い不思議な味。ナッツを入れたい。
さてさて、腹ごなしも済んだので、メインイベント風呂ですよ! 裏庭にご案内。
「だから、ひとりで入れるってば」
「何言ってるんだ、桶のが大きいじゃないか」
「踏み台あるし」
「いいから入るよ」
…ということで、お一人様では入れなかった。すのこの上で体を洗い、コクシンにヒョイッとされて湯船に浸かる。よく考えたら、湯船の中にも椅子必要だった。むぎぐ。成長期はいつですか。
「ふは〜」
「あ〜」
分かる。声出るよね。肩までお湯に浸かると、ホント気持ちいい。芯から温まってくるのが分かる。コクシンは隣でパシャパシャ肩にお湯を掛け、初めてのお風呂を楽しんでくれているようだ。
「たしかにこれは気持ちがいいな。レイトがお風呂お風呂言ってたのがわかる」
「でしょー?」
「これだけ水を出して問題ないのか?」
「平気。今日はこの前にちょっと魔力使ってたから危なかったけど、フルなら余裕」
「ふぅん」と相槌を打つコクシンの肌が薄く赤くなり始めている。熱いかな。温めにしたつもりだったんだけど。
「何してたんだ?」
「え、ほら、あれだよ。あの手桶をね」
「ああ。あれ軽くていいな。土と言っても、色んなのがあるんだなぁ」
コクシン深く考えないから好きよ。軽い土もあるんだなぁで済む。
「…もうダメだ。ボーッとしてきた」
ざぱーっとコクシンが立ち上がる。前を隠せこのやろう。あれやこれやが悔しくなんかない。
「まだ入ってるのか?」
「うん。もうちょっと。湯冷めするから、先に中入ってていいよ」
「分かった。出るとき呼べよ?」
「出れるよ!」
体を拭きながらふくふく笑うコクシン。善意で言ってくれてるのは分かるけど、俺だって男の子ですし、もう成人してますし、1人で出来るもん。
「ふひ〜」
縁に頭を預け、夜空を見上げる。空には月が浮かんでいる、2つ。これも見慣れたな。何故か2つとも同じように満ち欠けする。この世界に自転があるのかとか、そもそも丸いのかとか知らない。考えても埒が明かないし。前世と同じような物理法則が使える割に、あてにならないこともある。便利な言葉、ファンタジー故に。
ぱしゃりと濡れた手を上げた。まだまだ小さな手だ。この手が大人サイズになる頃には、何をしているだろうか。
遠くでなにかの遠吠えが聞こえた。
そろそろ上がるか。
底の方に付けてもらった栓を抜く。渦を巻きながら、お湯が抜け始めた。掘った溝を溢れることなく、かすかな湯気を立てながら森へと消えていく。よしよし。
「……」
あれ、意外と高いな。おまけに踏み台を持ち出そうとすると、出られなくなる。これは後でコクシンに回収してもらおう。縁に足を掛け、身を乗り出す。
「とうっ!」
ずしゃっ!ごちーん!
「くぉぉっ…」
すのこの上で派手に転んだ。しかもその瞬間を裏口のドアを開けたコクシンにバッチリ見られた。そっとドアを閉じて見なかったことにしてくれる優しさは彼にはない。慌ててやってきて、スッポンポンで蹲っている俺を覗き込む。
「おい、大丈夫かっ? ケガは?」
「だ、だいじょうぶ…」
痛いのは俺の心です。
「だから呼べと言っただろう」
「……ソウデスネ」
出来ると思ったんだ。コクシンだって男の子なんだから、高いとこから飛び降りてみたことあるだろう。俺中身大人だしさ。スベらなかったら華麗に着地してたよ。
…あ、すんませんでした。本気で心配しているコクシンにごめんなさいする。次からは呼びます。あ、いや、階段付けます。中と外に。取り外しできて、水捌けのいい…あ、珪藻土とかどうでしょう。
「早く服を着ろ」
「あ、はい」
マッパで風呂桶を睨んでいたら呆れられた。
俺の快適風呂生活はまだまだ改善の余地がありそうだ。




