町を出よう!
さて、町を出る前に寄るところがひとつ。
町外れにぽつんとある薬屋。まだ朝の早い時間なので、誰にも会わずにたどり着けた。
「ばぁちゃーん! おはようー!」
ノックもなしにドアを開けて入る。光を嫌う薬草が置いてあるので、店内は暗い。独特の匂いがする小さな店内も、これで見納めだ。
奥の部屋から灯りが漏れた。
「行くのかい」
出てきた老婆が、開口一番にそう言った。かぎ鼻で三白眼で、少し腰が曲がっている。俺の第一印象が「魔女だ!」だった。なんならブツブツ言いながら怪しい色の液体をかき混ぜたりしてるので、その後の見た目も魔女だが。
「うん、行くよ」
俺は彼女にだけは事前に町を出ることを告げていた。というか、町を出る術を相談していた。知って損はないと、雑用をするかわりに簡単な薬の作り方を教えてくれた。この町の外のことも、色々教わった。
ちなみにもう一人、俺と普通に接してくれていた人がいる。教会の司祭だ。もっとも彼は誰とも平等な接し方をしていただけだが。
「餞別だ。やるよ」
ばあちゃんが持っていた杖で、カウンターの上のものを小突く。
小さな瓶が数本。それと折り畳まれた布。銀貨が入った革袋が1つ。
「いいの?」
俺がお金を持っていないことは知っているはずだ。ばぁちゃんは、片眉を器用に持ち上げた。
「いらないならその辺に捨てときな」
「いるよ! もらうよ。ありがとう」
ばぁちゃんは口が悪い。ときどき来る客と口喧嘩をしてることもある。なんか昔、王都で色々人間関係があったらしい。口癖は「出て行きな!」だ。
小瓶は中級の回復薬と、状態異常回復薬、魔力回復薬だった。どれももちろん俺では作れないもので、値段もそれなりにするはずだ。でもここでためらうと怒るから、ありがたく鞄に詰め込んどく。
「で、これは…。えっ、マント!?」
折り畳まれた布を広げると、フード付きのマントだった。多分防水加工されてるんだろう、表はすべすべしている。裏は暖かそうに毛羽立っていて、ポケットまで付いていた。
ばぁちゃんを見ると、着てみろと言われる。
いそいそと羽織ると、とても着心地が良かった。羽織って前で止めるだけの簡単なものなので、動きの邪魔にもならない。試しに弓を構えてみたが、問題なさそうだ。
ただ…。つっと視線が下がる。
「まぁ、そのうち丁度になるだろ」
ばぁちゃんに笑われた。
マントの裾が、ギリギリ床につかない。フードを被ると、まるっきりてるてる坊主だ。いや、この世界にそんなものはないけどさ。裾が長いよ! じゃなくて、俺の身長が足りてないよ! どうせチビだよ、こんちくしょーめ。
むっとする俺をひとしきり笑い、ばぁちゃんはしっしっと猫の子を追い払うかのように手を振った。
「さぁもう行きな。湿っぽいのは嫌いだよ」
「うん」
俺も笑って旅立ちたい。
鞄を背負い、弓を肩に掛け、居住まいを正す。しっかりばぁちゃんの顔を見て。
「行ってきます!」
ばぁちゃんはただ口の端を上げただけだった。それだけで嬉しかった。
薬関係では、ついぞ知識チートは顔を出せなかった。そもそも初歩のもの以外は、スキルが必要になる。俺が考えつくものは、大抵もう作られていた。ばぁちゃんは稼ぐ気がなかったし、教えてくれはするものの、俺の話は話半分だった。というかまぁ、大体ポーションで片が付く。風邪に切り傷、虫歯も治る。ポーションチート。所詮、医学の「い」の字も知らない雑魚ではチートにならないのだった。
薬屋を勢いのまま駆け出し、町の入口をさっさと抜ける。一応門番は居るが、住人に毛が生えたようなものだ。持っている槍にもたれかかって、うつらうつらしていた。
そのまま走り続ける。この辺りは、時々狩りに出るときに通っているから問題ない。森に続く脇道。これから先は初めての場所になる。
ただ踏み固めているだけの街道。その両側は、森から荒野へと変わっていった。聞いた話では、それほど強い魔物はいないという。が、油断は禁物だ。警戒しつつ、マラソンを続けた。
町から次の街まで、馬車で一日半ほどらしい。
というわけで、野営ですよ。日が暮れてきたので、走るのをやめて路傍に座り込む。無防備極まりないが、この辺には野盗がいない。襲う商人とかいないからね。あと魔物は、とりあえず焚き火でなんとかなる。だろう。
途中で獲った鳥を捌き、晩ご飯。というか、今日初のご飯だな。一日一食とか、わりと平気。つーか、だから小さいんじゃないのか俺。いやでも、同じ食事事情の次男以降もそれなりに身長あったような…。いかん。泣きそうだ。
すっぽり包まれる大きめマントは、寝るときに重宝しそうだ。焚き火に太めの枯れ木を足し、コロンと横になる。おやすみなさい。明日からは一日三食食べたいです。