再び馬車で。
俺は馬車運が無いらしい。
ゴトゴト揺れる馬車の中で、何度目かのため息をついた。そんな俺を気遣うコクシン。そんなコクシンを目をハートにしながら見ているお嬢さん2人。に、しきりに話しかけて気を引こうとしている男。
結局次の街カズンに向かうことになった。単純に領都を避けたら、そこ行きしかなかった。
乗客は俺たちと、お嬢さん2人だけだった。あと御者の人。それに護衛が3人同行する。2人は馬で、馬車の前方を走っている。そしてもう1人、リーダーらしい男がなぜか馬車に同乗していた。
そしてこの男、ずっとお嬢さんに話しかけ続けている。後方を警戒するため、とかいって乗り込んで来たのに、そんな素振りがまったくない。鼻の下を伸ばして、胸元をチラチラ見ているばかりだ。
「なぁなぁ、聞いてくれよ。これこの間ゲットしたんだけどさ」
自慢の一品らしい、何かの鉱石を取り出す。
「これでアクセサリー作ろうかと思ってるんだけどさ、あんたたちに似合いそうだしさ、プレゼントしてやってもいいんだぜ」
ヘタクソか。つーか、相手にされてないの俺でも分かるのに、メンタル強いな。見えてるのか、あのスン顔。お嬢さんたちは声を掛けられるのに、慣れているんだろう。何となくそういう商売の女性に思える。
そして彼女たちは、コクシンに夢中だ。もっともコクシンはすべてを曖昧な笑みで流してるけど。
「なぁ、聞けって。そんなチビのお守りしてるようなやつ、大成しないって」
うわ。こっちに飛び火した。
「お守りじゃない」
コクシン、律儀に返さなくていいのよ。ほっとくのが一番なのよ。といっても、俺も前科があるからな。
「へ。じゃあなんだよ」
「冒険者だ」
ぶはっと男が吹き出した。膝を叩いてまで笑っている。おっさん臭いな、実は年いってんのか?
「そんなチビに何が出来るっていうんだよ」
「…どうでもいいけどさ、護衛さん」
こいつ本当に気付いてないな。
「あんたのお仲間戦ってるよ?」
「は? な、いつの間にっ」
慌てて脇に置いてあった剣を手に取り、止まっていた馬車から転がり出る。文字通り、転がり落ちた。くすくす笑うお嬢さんたちに耳を真っ赤にしながら、リーダーの男は前方に駆けていった。
なにか怒号とわーわー言う声が聞こえる。
「フォレストウルフか。大丈夫そうか?」
御者の後ろから覗き込む。狼が3頭。曲がりなりにもD級なら問題ないだろう。やたら剣を振り回してるやつがいるけど。
「追加がなければね」
「追加か」
馬車の後部から辺りを窺うコクシン。その表情がふっと曇った。それから前方を見やる。まだ戦闘は終わっていない。どうする?と見てきたので、任せる、と手を振った。
剣を手にコクシンが馬車を降りる。もちろん転げ落ちたりはしていない。そのスラリとした立ち姿にお嬢さんたちが「きゃ~」とざわめく。いや、立ってるだけやん。
剣を抜かず、手のひらを前に伸ばす。お。魔法で殺るのか。向かってきているのは1頭。フォレストウルフだ。飛んだ! ばしゅ!と空気を切り裂く音が響いた。ぎゃいんと鳴きながらウルフが転がる。
「浅かった」
剣を抜き、走り寄って首を飛ばす。一撃ではなかったけど、鮮やかなもんだ。…前方の奴らに比べたら。ぎゃうんぎゃうん、まだ聞こえてるんですけど。
振り返ったコクシンが手招きしている。俺も降りて、トコトコ向かう。
「どうした?」
「食えるのか?」
コクシンも中々に俺に毒されてきたね。初めに気にするのがそれとか。
「残念。固くてまずいから、魔石と牙だけ取って、あとは焼いとこう」
「分かった」
サクサク2人がかりで魔石と討伐部位を取り、道の端に寄せて焼いておく。
「おい! おまえら何勝手に俺の獲物取ってるんだ!」
うわ、来た。っていうか、なんで怪我してんだこいつ。
「気付いてなかったんだろう? 乗客に被害が出たらどうするんだ」
コクシンの正論にぐぎっと顔を顰める。
「だ、だが護衛は俺達で」
「冒険者には乗合馬車に乗る際、いざというときは戦闘に参加する義務がある。文句を言われる筋合いはない」
「ふ、ふんっ。次はないぞ!」
それはこっちのセリフだよ。プリプリしながら踵を返すリーダー。コクシンと顔を見合わせて肩をすくめた。
今回の旅路は、二泊三日。先が思いやられる。
「おい、置いていくぞ!」
呼んでくれるのはいいが、護衛さんたちや?
「なんで死体を片付けないんだよ。街道で倒したときは、道の傍に寄せて焼却処分すること。俺みたいな新人でも知っている決まりでしょ」
魔石を取ってグチャッとなった狼達が、そのまま道路に転がっている。信じらんない。このまま馬車を進める気か?
「い、今やろうとしてたんだよ。おい、さっさと向こうやって燃やせ!」
え〜とあからさまに嫌そうな素振りを見せる、他のメンバー。1人は杖を持ってるから魔法使いかな。もう1人は双剣使いっぽい。
「早くしてね、護衛さん。遅れちゃうわ」
ここで援護射撃。お嬢さんの言葉に、急にやる気になる3人。
ズルズル引きずっていって積み上げ、かちっかちっと火打ち石が鳴る。
「えぇ、マジで? 誰も火の魔法使えないの?」
思わず口に出た。生活魔法の火すら使えないってことなのか? コクシンを見ると、彼も首を傾げていた。お姉さんたちは…?
「あー、実は私も使えないの。種火すらできないって、よくバカにされたわ」
「え、あ。ごめんなさい」
「ふふ。いいのよ。でも代わりにね、水はたっぷり出せるの。店の子にも私の出す水は冷たくて美味しいって人気なんだから」
「へぇ。人によってそんなに差があるんだ。知らなかった」
不得意と言っても、多少は使えるものだと思ってた。
「生活魔法自体、使えない人もいるの?」
ついでだ。聞いてみよう。
「そうねぇ。居なくもないわよ。魔法は駄目だけど人一倍力持ちとかね」
「そうなんだ。お姉さん、物知りだね!」
お礼に褒めておこう。「何言ってんの」とデコピンを食らった。俺の“かわいい”は通じなかったようだ。解せん。