買っちゃった
うーん。俺は今、増えた荷物を前に悩んでいた。すでに鞄1つに収まっていない。道中は馬車とはいえ、いざというときのために持ち物が増えるのは困る。だがしかし、一度美味しいものを食べると、干し肉生活に戻るのはつらい。コクシンちょっと持ってくれないかな。
「荷物か。なるほど、冒険者は身軽でないといけないと。私は人任せだったからな」
「あー。そもそもコクシンの野営道具から買わないといけないのか」
よくよく考えると、コクシン最低限の装備しかつけてない。鎧も剣も支給品で返却したから、安い胸当てと剣を登録したときに買っただけだ。荷物は寮にほとんど置いてきたという。持ってきたのは数着の衣服と、現金、思い出の品だという縁の欠けた小皿、のみだった。
「じゃあ、ギルドの購買で揃えるか。どこか馴染みの商店あるの?」
フルフルと首を振るコクシン。
ということで、冒険者ギルド地下に向かう。
そろそろ街を移ろうという話になった。コクシンに対しての圧力はないけど、元同僚との間に変なわだかまりがある。俺も元々、ランクが上がったら次へ行くつもりだった。
「旅支度。もう行くのかい」
今日も購買にいるのはハリーさんだった。少し寂しそうにしてくれているのが、なんだか嬉しい。
「まぁ、二度と来ないってわけじゃないし」
とはいえ、ここの交通事情じゃ気軽に戻ってくるとは言いにくいのだけど。
「そうだな。どこに向かうんだ?」
「それはまだ迷ってるんだよね。ダンジョンに行ってみたいし、海も見たいし。あ、ていうか、聞いてよ。コクシンが馬と馬車を買うっていうんだよ!?」
「ははは。そりゃあ豪気だな!」
「レイトが乗合馬車で揉めたことあるというから」
笑われてコクシンが憮然とした顔をする。いや言ったけどさ。乗り合わせる客によって、旅の快適度が変わる。それも旅の醍醐味だとは思うんだ。
馬の維持とか大変そうだし。そりゃ手持ちの馬がいたら、好きなところに好きな時間に行けるんだろうけど。
「そういえば、たくさん物が入る鞄があると聞いたことがあるが」
コクシンが買うべきものを並べて、憂鬱そうにしている。荷物が増えるのが嫌なんだな。
「あるよ」
どこぞのマスターのようにいい声でニヤリとするハリーさん。
「えー。あれ金貨150枚もするんだよ」
「あるよ」
こっちもいい声で、サムズアップするコクシン。
「普段お金使わなかったから溜まってるし、臨時収入もあったしな」
臨時収入って、それ口止め料のことでしょ。
「いや、流石に…」
「たくさん持てれば、食事が豪華になるんだろう?」
それは、うん、そうなんだ。野菜だって小麦粉だって、調理道具も買い足せる。肉だって食べ切れない分を泣く泣く捨てていく…なんてことも無くなる。
じゅるり…
「な?」
「い、いや、でも金貨150枚とかさぁ」
「使ってしまいたいんだよ」
口止め料が入った小袋を俺に見せてくる。そういや、馬だの馬車だのの話ししたときも、そう言ってたな。彼にしてみれば、これも汚いお金なのかもしれん。
「うーん、そこまで言うなら…。俺、後でちょっとずつ返すからさ。せめて割り勘で買おうよ」
「やだよ」
なんでそっちが「やだよ」なんだよ。俺だってやだよ。割り勘のが気兼ねなく俺も使えるだろ。
「レイトは食事作るだろ」
「どういう対価だよ。返すの一生掛かるよ」
「いんじゃないか」
いや、プロポーズかよ。一生一緒にいるから、いいじゃんって。これ笑うとこ? 思わずまじまじコクシンを見返したら、可愛く小首を傾げられた。素か! そりゃ女子もキャーキャー言うわ。
「…ま、うん。コクシンがいいならいいや。俺も便利になるし、今より確実に稼げるようになるし」
依頼の報酬は等分、ということにしているが、正直財布役が俺なのであまり意味がない。
「決まったかい?」
ハリーさんが面白そうに見ていた。
「あーはい。じゃあ、ここに選んだのと合わせて、魔法鞄買わせてもらいます」
「よしきた。流石にここで取引はできないからね、上の個室に行こうか」
ということで、買う予定のものを持ったままゾロゾロ階段を上がる。途中でヘリーさんと目が合った。なにか面白そうなことになってる!みたいに見られたけど、お仕事がんばってください。
「はい。これが魔法鞄だよ」
と、金庫から出されたのは、思ったより小さかった。腰に付けるポーチにしか見えない。どこにでもありそうな、革製の箱型のポーチ。
「これでどれくらい入るんですか?」
っていうか、入り口小さいけど、どうやって入れるんだろう。
「そうだねぇ。試した感じだとこの部屋2つ分は入るんじゃないかという話だよ。迷宮品だからはっきりした仕様はわからないんだけど」
「2つ分って、めっちゃ入りますね! 大型の魔物でも丸ごと持ってこれそう」
約6畳部屋2つ分ってことだろう? ズルって出してどやぁが出来るじゃん! 大きめのテント買って、鍋と鉄板とフライパン買って、野菜も詰め込めるぞぉ。
「嬉しそうだな」
コクシン、そりゃもちろん嬉しいよ。転生チートで欲しかった1つだもん。見るだけでもと思っていたものが、自分達のものになるんだよ。
「じゃあ、使い方を教えるよ。大きいもの入れるときは、対象物に触れながら『入れ』と念じれば入るんだ。出すときは手を入れるとリストが見えるらしいから、それを参考に『出ろ』で出せる。まぁこの辺のキーワードは自分で使いやすいものを探すといいよ」
「へぇぇ」
ぱかりと蓋を開ける。そこには暗黒空間が…ということはなく、ただ革張りの底が見えた。手を突っ込んでみる。だが何も起こらない。
「?」
「実はね、血を媒介として魔力登録しないと使えないんだ。ほら、蓋の裏に魔法陣みたいのがあるだろう?」
あ、ホントだ。薄っすらと例のよくわからない文字模様が入っている。
「じゃあ、コクシンが登録して」
「なんで。レイトが登録した方が使い勝手いいだろう」
「え、やだよ、怖い。金貨150枚だよ? 俺ごと担がれて攫われそう…」
自分で言うのは嫌だが、ちっこいのがこんな高価なもん持ってたら、袋詰にして連れてかれる!
ふぐふっ…
ハリーさん、笑い堪えられてないです。
「大丈夫。複数登録出来るから、くふっ、持っとくのはコクシンさんでいいんじゃないんですか」
ということで。ぴっと指先を切って、魔法陣に登録。見た目は変わらないけど、手を突っ込んだら肘まで入った。コクシンが目を丸くしている。ステータスみたいに、脳内にリストが表示された。今は何も入っていない。
「ふぉぉ。すごい。ザ・チート」
2人が首を傾げているが、ちょっと待ってね。今テンション爆上がりで! 小銭入れて、おお、リスト化したぁ。弓も入れて、スムーズぅ。飽きず手を出し入れする俺の横で、大人2人が金銭のやり取りをしていた。




