煮込み美味い
レイトの!二時間半クッキングー!!
いや、長っ。
ちなみのこの世界、時間の単位はもちろん違うけど、面倒なので前世読みしている。もっとも、細かい時間は誰も気にしてないけど。
で、今何をしているかというと、あの魔物の鹿を調理している。長時間煮込むので、わざわざ門の外でアウトドアクッキング中なのだ。土魔法で竈もどきを作り、宿で借りた鍋でグツグツ煮ている。アクが出るので、それをどんどん捨てていく。
「まだ煮るのか?」
枯れ木を拾ってきてくれたコクシンが呆れている。
まだ煮るとも。トロトロになるまで煮るとも。味付けは塩と、臭み消しの葉っぱ、あと蜂蜜と、野菜ゴロゴロ。うーん、もうちょっとなにか欲しいなぁ。
「レイト。ここでさっきの練習したら駄目か?」
暇になったらしい。
「休憩してなよ。今度はぶっ倒れるよ」
じっとしとくのが苦手な子供か。俺に言われて仕方なく剣を振り始める。真面目だなぁ。さっきから元同僚が見てるんだけどなぁ。
コクシンは一身上の都合により退役ということになっている。俺と行動を共にしているので、俺が冒険者に引き込んだと思っている人もいる。いいんだけどさ、恨みがましい目で見るのは違うでしょ。上司よ、この人クビにしたの。
ふわりと鍋からいい匂いが立ち上がり始める。うんうん。いいんじゃないんでしょうか。箸を刺してみると、すっと通った。こんなもんかね。
鍋を貸してくれた宿の主にもご馳走するので、鍋ごと持って行く。コクシンが。
火を消して後始末をし、竈は壊しておく。粉々にして蹴散らしておけばオーケー。門番が“あ〜”みたいな顔をしている。邪魔でしょ、ここにあったら。あ、食べたかったってこと? 機会があればまた今度。
では実食。
軽く温め直し、深皿に盛られた肉と野菜。フォークが抵抗なく通る。やばいな。これは美味いだろ。食べなくても分かる。食べるけど。
「んっふー」
ホロホロとろける鹿肉。パサパサはしていない。ちゃんと旨味が残っている。獣臭さもなし、ほのかな甘みが効いている。野菜も美味い。スープも飲める。あー、バターとか入れたら美味しいかも。
主とコクシンは、と見ると、無言でフォークとスプーンを動かしていた。美味しいってことでいいですかね。
雑炊食べたい。米がないけど。
「はー。美味しかったー」
ワインを飲みながらご満悦。成人しているのでもう飲める。このワイン、薄いし。
「いや、こんなにも柔らかくなるもんなんだな。わしも話を聞いていただけだったが、これ程とは」
宿の主にも好評だったようだ。
「この肉はあまり手に入らないのか?」
「さぁ、数は居るはずだけど。角の需要はあるけど、肉は手間掛かって人気がないから、買い取りしないってギルドでは聞きました」
「なんと。たしかに長時間煮込むのでは、商売にならんかぁ」
買い手がないと売り物にはならないからね。
「記念日とかに特別注文を特別価格で引き受ける、というのならできるかも。それか、煮込む担当の人を雇うか。火の番だけなら子供でも…いや、アク取りは危ないかなぁ」
後半ブツブツ独り言になったが、主の目がキランとしていた。
「なるほど。面白そうだな。暇そうなのはたくさん居るからな、試しにやってみるか。まずは肉の入手だな」
「ちょっと出てくらぁ!」と、奥の女将さんに声を掛け、主は呆気に取られる俺たちを置いて何処かへと行ってしまった。
「えーと、ごちそうさま。っていうか、コクシン静か……って、えー?」
ふわぁぁんと、コクシンは心を何処かに飛ばしていた。それ人に見せちゃいけない顔よ。美味しかったと、体現してくれるのは嬉しいんだけど。
「そんなに美味しかった?」
しばらくして正気に戻ったコクシンに聞いてみる。コクシンは照れたように、「ああ、うん」と頷いた。
「孤児院に居た頃は、腹が満ちれば何でも良かったからな。衛兵になってからも、気にしたことがなかった。高いお金を出してまで…と思ってたんだが、これはいいな。幸せになれる」
そうですか。居た堪れないのでそんな真正直に言わないでください。尻のあたりがモゾモゾする。
「いつでも食べられるよ。お肉はタダなんだから。頑張って獲ってね!」
「なるほど。そういえばそうだな。そう考えると、攻撃の仕方を考えないといけないな」
真面目か。
「んー。基本的に俺は首を狙ってるんだけど、剣は使ったことがないからなぁ」
「弓で狙うのか?」
「それか土魔法だね。正直どっちも遠距離だから、コクシンが前衛で牽制してくれつつ、隙見てズドンって感じになるのかなぁ」
体が小さいこともあって、近距離戦が苦手だ。ナイフは装備しているけど、実際戦闘に使ったことはまだない。魔力に限りはあるから、鍛えないといけないんだけど。
「魔法か。攻撃で使っているのはまだ見たことないな」
コクシンの言葉に、そうだっけ?と首を傾げる。
じゃあ、見せましょう。お互い出来ること見せて、連携の練習もしないとね。
もう日が落ちて暗い屋外。宿の庭を借りる。
「ライト」
ふわっとテニスボール大の明かりの玉を出す。それを木に引っ掛けておく。土をずももっと持ち上げて的の完成。
「器用だなぁ」
風でも色々できそうだけど。ドライヤーとか、ウォール系とか、声を風に乗せる…なんていうのもあったっけ。もっと広範囲に捉えれば、空気を圧縮するとかもできるかもしれない。
「じゃ、いきまーす」
ちゅん! びしっ!
指先から弾丸もどき発射。うむ。土の的に穴が空いた。とはいえ、貫通はしていない。まだまだだな。
「今何したんだ?」
「小さい石の玉を高速で飛ばしたんだよ。目とか頭を狙うの。まぁ大きいのにはまだ通用しないかな」
「目か。あの見えない速度で撃ち抜かれたらひとたまりもないな。これは風でも使えるのか?」
「え? うーん」
コクシンがやって見せてくれた、ボフッと風を撃ち出すのを突き詰めていったら出来るんじゃないかな。空気銃っていうのがあるし。いや、あれは空気の力で玉を飛ばすのか。でも空気自体を飛ばしても、威力はあるよな?
びしゅっ! どごん!
石の玉を大きくしてみた。ボウリングの玉サイズが出た。的にヒビが走る。うん。これもなかなか。目眩ましに玉を撒き散らすのはどうだろう。
ぱららっ!
迫力ないな。ならば、
「レイト。楽しんでないで教えてくれよ」
あ、すんません。コクシンのこと忘れてました。




