そうきたか。
宿でまったりしていると、「お客さんだよ」と宿の人に呼ばれた。今日は依頼を休んでいる。金物屋の人かな?と思いながら階下に下りた。
見覚えのある金髪王子がいた。数日で一気に縮んだ気がする。心なしか金髪もくすんでいるように見えた。
うわ〜声掛けたくなーい。
まぁそういうわけにも行かない。近付き、「こんにちは。帰ってきてたんですね」と声を掛ける。
コクシンさんが顔を上げる。クマができ、目はなんだか虚ろだ。これ、アカンやつぅ。し、死んじゃわないっ? ってか何を俺に言いに来たのかなっ。
「うん。さっきね」
声は、いい声のままだ。
「今日は私服なんですね」
鎧のイメージが強かったからそう言ったんだけど、コクシンさんは「ふふっ」と何故か笑った。
「うん。もうずっと、これからは私服だ…」
それって、クビになったってことですか!? いやちょっと待って、そこで泣きそうな顔しないでっ。慌ててコクシンさんの手首を掴み、半ば引き摺るように部屋へと連れて行く。
「私はっ、これまでなんのために耐えてきたんだろう…! こんな…。なぁ! 私は間違ったことをしたのかっ!?」
部屋に着くなり、俺の肩を揺さぶりながら激情をぶち撒けてきた。ぼたぼたと涙をこぼし、ひとしきり喚くと、跪いて嗚咽を漏らす。俺も一緒にしゃがみ込んで、落ち着くまで頭を撫で続けた。
こういうとき、どうすればいいのか俺は知らない。前世も込みで、人と深い付き合いをしてこなかった。今でさえ、内心「イケメンが台無しだな」なんて考えている。俺は薄情なんだろうか。
「少しは落ち着いた?」
すんすん鼻を鳴らすコクシンさんの前に、お茶が入ったコップを置く。椅子もテーブルもないので、地べたに置いた。何故か正座しているコクシンさんの正面に、俺も正座。いや、靴履いたままは無理。
「ああ。…情けないところを見せてしまったな。こう、ぶわっと感情が抑えられなかった」
「いいんじゃないですか。適当に発散させないと、心が壊れますよ」
「心か…」
ぎゅっと心臓のあたりの服を握りしめる。
「さっきより少しはマシな顔になりました」
「そうか」
嘘ではない。くたびれてはいるけれど、顔には生気があった。クマと泣き跡で、酷い顔をしてはいるけれども。
「ん。苦いな。何だこれ?」
俺が出したお茶を含み、コクシンさんが顔を顰める。
「ああ。トキイ草のお茶です。分かりやすく言えば、初級回復薬を作ったあとのカスで入れたお茶ですね」
二番茶とかそんな感じ。飲み慣れると美味しい。脂多めの肉の時とか、口をリセットするのにいい。多少薬効残ってるし。
「回復薬の…。君は、博識なんだな」
「そんなんじゃないですよ。ただのもったいない精神です」
「ふふ。そうか」
コクシンさんは笑った。
「…うまく、いかなかったんですね」
さて。聞かないわけにも行かない。
「うん。衛兵の身分を剥奪されてしまった」
「よく生きて帰ってこれましたね」
「そうだな。口封じするまでもないってことなのかな。ただ、この領を出ていけとは言われたよ…」
追放か。部隊長とはいえ、平民だ。この先彼が誰かに漏らしたとして、誰が信じるだろう、ってことか。っていうか、上までズブズブだったのかよ! 大丈夫か、この領。
「じゃあ、この街を離れるんですか?」
「ああ。ただ、どうしたものかと思って。私は孤児でね、衛兵になって街を守ることしか考えていなかった。それ以外の生き方を知らない」
たくさん剣を振ってきたんだろう、ゴツゴツした指をギュッと握り込む。
「別に、誰だって最初は初めてですよ。犯罪じゃなければ何をしたっていいんじゃないですか。街を守るなら、冒険者でもいい。商人になって街の人の生活を守るのでもいい。騎士になって、街と言わず国を守るのもいい」
「騎士…」
「この領が駄目なだけで、他ではあなたの才能を買ってくれるかもしれないですよ。まぁ、“この街”を守りたいと言うなら…あ、出て行かないといけないんでしたっけ」
それは居住するなということだろうか。それとも今後一切関わるなということかな。どっちもか。
コクシンさんは、難しい顔で考え込んでいる。
急ぐ必要はない。緊迫感ないから、刺客を放たれているとかはないだろう。というか、全然危険視されていない。面倒な正義感あふれる人がいたから排除した、程度なのかも知れない。
「そういえば、よく俺がここに泊まってるって分かりましたね」
言ったっけ? いや、コクシンさんと別れたときはまだ外で泊まってたっけ?
「ああ。冒険者ギルドで聞いたら教えてくれたよ」
個人情報ー!! ダダ漏れかっ。詐欺に注意とか言っておいて。あ、コクシンさんが衛兵だからか。俺事件に巻き込まれてる? 事情聴取ですか?
思考がアホな方へと流れた。
「なにか面白いことをやってたんだってね。特徴を言ったらすぐに通じて教えてくれた」
面白いことってなんだ。ギルドに面白人間として認識されとる。
項垂れる俺を見ながら、笑うコクシンさん。
「冒険者か。楽しそうだな。『剣術』と『風魔法』持っていたら、私でもなれるかな?」
「え、いや、そりゃもちろん! っていうか、『風魔法』持ってるんだ!」
すげぇ見たい。あれだろ、カマイタチだろ。スパンってぶった斬るのとか、見てみたい。
思わず前のめりの俺。
「私が冒険者になったら、色々教えてくれるかい『先輩』?」
「んへ?」
何言ってんのこの人。俺だって冒険者なりたてだよ。年上の元衛兵が後輩とか、どんな凸凹コンビだよ。俺の小ささが目立つだろうが。あ、あれか、ちょこっと入り口紹介してとかそういうノリの…。
「いや。ペアを組んで欲しいというお願いだよ」
なんでやねん!!
「お、俺もなったばっかりだし」
「新人同士でいいじゃないか」
「いやいや、なんで俺?」
「楽しそうだから。聡そうだし、年上に対してちゃんと意見が言える。なにより、私と会話が成立するからね」
どういうことだ? 聞いてみると、容姿の問題だった。変に緊張されたり、女性にキャーキャー言われるだけで会話にならないのだという。
キラキラ王子様にそんな弊害が…。
ちなみに、ずっと気になっていたコクシンさんの一人称。元々「私」だったのだが、キャラに合い過ぎる!と衛兵になったとき「俺」にするように言われたんだって。上司に。新人が上司より上の立場に見られるという珍事のせいで。やっぱり、俺以外にも王子に見えてたんだなぁ。




