プレニアヌダンジョン
プレニアヌダンジョンは、見た目が巻貝のような塔になっている。塔ではあるが、普通に下に潜っていくダンジョンだ。塔部分は骨組みでしかない。謎ではあるが、古いダンジョンでどうしてこういう構造になったのかは知られていないようだ。
ギルド証を入り口で提示して中へ入ると、広い塔内の中央にかまぼこ型の黒い影がたたずんでいた。横から見るとペラペラなのが分かる。正確にはこれがダンジョンの入り口。ご丁寧に『こっち側から入ってね』とばかりに、床に矢印が書いてあった。
「なんというか、ダンジョンの入り口ってどこもこんな感じなのか……?」
コクシンがちょっと残念そうに呟く。ダンジョンらしい入り口というのも改めて聞かれると困るが、まぁ、なんというか『よっしゃ! やってやるぜ!』とテンションが上がる仕様ではない。
「ポーションあるよ。水もあるよ!」
塔内の空いたスペースに出店が並んでいる。商売根性たくましいな。いちおう見て回ったが、特にこれといったものはなかった。だいたい魔法鞄に入っている。
「んじゃあ、行こうか。みんな準備はいい?」
俺の声に、みんなが「おー!」と片手を上げた。その様子をあとから入ってきたパーティーが、生ぬるい目で見てくる。あ、お先にどうぞ。
矢印通りに進んだパーティーは、影に吸い込まれるようにして消えた。と、その直後に別のパーティーがぞろぞろと出てきた。出てくる方向も同じようだ。逆から突っ込んだら、どうなるんだろう。というかこれ、出入りでぶつからないのかな。
まあいい。
結局中で稼いでから装備を整えるということで、俺達の見た目に変化はない。
そういえば、ミルコの冒険者ギルド証を手に入れた。年齢的にどうなんだと思ったが、獣人は成長が早いので戦えるのならオーケーらしい。逆にエルフは成長が遅いので、二十歳くらいじゃないと駄目らしい。つまり、七歳という決まりは人間基準ってことのようだ。
ちなみにステータスやスキルを授かるのは一律七歳なんだそうで、七歳のなにがそうさせるのか、謎である。
ちなみにちなみに、シュヴァルツは冒険者ギルドと検討した結果ペット枠になった。俺達の誰かにテイマーのスキルがあれば、従魔になったんだろうけど。ペット=持ち物ということで、連れていけることになった。ギルド証を持っていないとダンジョンに入れないので、仕方がない。
矢印に従って進む。入り口の影は、大人が二人並んで入れるくらいの幅だ。入った直後に魔物はいないとされているので、特に気負いはなく入る。なんかミストシャワーをくぐったようなヒヤッとした感じがあった。
「お、おぉ〜」
目の前に広がるのはグランドキャニオン、の底。巨大な渓谷が左右にそびえ立っている。横縞が妙に波打っているので、ちょっと気持ち悪い。
「情報としては知ってたけど、実際目にするとすごいな。これがダンジョンの中とは」
「ねー。ちゃんと空もあるよ」
ラダの言葉通り、見上げれば雲一つない青空が広がっている。実際は空っぽい天井であって、例えば魔法を撃つとちゃんとなにかには当たるらしい。日が暮れたりはせず、雨も降らない。
「空があるせいか閉塞感はないな。確実に今まで入ったことのあるダンジョンより広く感じる」
「そうだね」
コクシンの言葉に頷く。
実際めっちゃ広い。一階層を地図を頼りに真っすぐ次の階層まで進んでも、早くて半日かかるらしい。それでも一階層はルートがほぼ真っすぐで楽、なのだとか。
「しっかし、戦闘がやりにくそうだなぁ。上で戦ったら、足を滑らせて落ちそう」
「ん。武器を振り回せる広さはあるが、気をつけないと壁に押しつけられそうだ」
「そうだね〜」
コクシンの言葉に、ラダが少し離れて武器である棒を振り回した。底である通路は問題ないが、棚田のようになっている場所で戦うときは気をつけないといけない。
通り過ぎるだけなら問題ないが、俺達はお金を稼ぎつつ力試しなので、しばらく一階層をウロウロするつもりだ。
「はい、じゃあ、復習です。一階層で出る魔物は何でしょう?」
俺が人差し指を立てると、ミルコがぴっと手をあげた。
「はい! ネズミウサギとウォーターキャタピラーです! あと、芋が採れます!」
「正解! ミルコくん勉強バッチリですねぇ」
「きゃっふー」
そんなわけで、一階層で出るのはネズミウサギとウォーターキャタピラーの二種類。ついでに言うと、二階層も同じようなフィールドで出る魔物も同じだ。
ただし、カフレを落とすのは二階層のネズミウサギだけらしい。
「とりあえず、地図通り二階層の階段まで行ってみようか。出てくる魔物が少ないようなら、上に行ってみよう。シュヴァルツ、どう?」
フードに入っているシュヴァルツに声をかけると、顔を出して傾げた。
へっ。
「なにも感じないよ、って」
ミルコが通訳してくれる。
「? あ、安全地帯だからか? ちょっと進んでみるか」
ということで入ってすぐの場所から数歩歩いたら、すぐにシュヴァルツが反応した。
へ〜。
「あっちとあのへんと、あそこの上にいるって」
多いな。ミルコの通訳にコクシンを見る。
「私は正面のしか感知してないな。とりあえず正面のが一番早く接するだろう」
「りょうかーい。じゃ、正面注意で」
「ねぇねぇ、レイト。上から襲ってくる?」
ラダがふと気づいたとばかりに聞いてくるのに、ハッとする。
「いや、どーだろ? 読んだ資料にはそういうの書いてなかったけど」
資料に書いてあったのは地形のイラストと、ネズミウサギとウォーターキャタピラーの攻略法。どちらも噛みつきと体当たり攻撃なので、先制で攻撃するか、避けてから攻撃するかだ。ちなみにウォーターとついているが、水色をしているだけで水弾を飛ばすなどはしないらしい。
「それも頭に入れて気をつけて進もう」
先頭を行くコクシンがそう言うので、そうする。
隊列はコクシンとミルコが前衛、俺とシュヴァルツが真ん中でラダが後衛。ミルコが巨大化を使ったあとは、クールタイムが終了するまで後衛に下がることになっている。
地面は硬く乾燥した岩盤だ。下手に転ぶとそれだけでケガをしそうだな。暑くも寒くもないが、ちょっと乾燥しているだろうか。
「いたぞ」
コクシンが立ち止まる。通路の真ん中に、どーんと居座っているウォーターキャタピラーが目に入った。アゲハチョウの幼虫っぽい。水色で二メートルくらいあるけど。こっちに気付いて口元の小さな牙をカチカチ言わせている。
へっ。
「他のは離れてるから大丈夫って」
ミルコがちらっと俺を振り返りながら言う。戦闘中に別のが参加するってのは今のところなさそうだ。
「わかった。ありがとう。コクシン行く?」
「ミルコがやるっ! どーんするの!」
「えぇ? 大丈夫か?」
元気いっぱいのミルコに戸惑う。
「大丈夫だろう。ギルドでも三階層くらいまでなら私達でも問題ないと言われた。ミルコ、突っ込みすぎるんじゃないぞ?」
「わかった!」
コクシンの言葉にミルコが目をキラキラさせながら頷いた。まぁ、心配しすぎてもしょうがないんだけどさぁ。
「あ、来たよ!」
ラダが武器を構える。コクシンも剣を抜いた。俺はもう土魔法でいくので無手だ。
ミルコが姿勢を低くして、飛びかかってきたウォーターキャタピラーに突進した。ずむっと鈍い音が響いて、ウォーターキャタピラーが当たり負けして体を反らせながら吹っ飛んだ。
離れたところに着地したミルコが一瞬、地面に転がったウォーターキャタピラーを見てから素早く駆け戻ってくる。
ほぼそれと同時にウォーターキャタピラーの姿が消えた。ミルコはあの一撃で屠ったようだ。ぱっと見上げてくるミルコに『よくできました』とグッドサインを出しておく。
すたすたとコクシンが歩いていって、屈んで、戻ってきた。
「ドロップアイテムはなかったようだ」
「えーせっかくミルコ倒したのにー」
「すぐに次が来る。棚の上に反応があるが、無視して先に進むか?」
コクシンが岩棚の一つを指さした。通路を通ると真下を通っていくことになるな。
「おーい。すまんが、先に行かせてくれ」
声に振り返ると、おっちゃん二人組が後ろにいた。二人とも帯剣している。
「あ、はいはい、どーぞ」
俺が脇に寄ると、みんなもそれにならった。
「すまんな。三階層に用があってな、とっとと行きたいんだ」
二人組は手を上げて「どもども」と振りながら通っていく。気負った風はなく、むしろ町中の路地を歩いているような雰囲気だ。早足でしゃべりながらやがて視界から消えた。
「魔物は襲ってこなかったな」
ぽつりとコクシンがつぶやく。
俺達も警戒しつつ足を進めた。コクシンが反応があると言っていた岩棚の下を通ったが、やっぱり襲ってこなかった。
「つまり、上からの攻撃は警戒しなくていいってことかな」
「警戒はしとかないと。ウォーターキャタピラーの習性なだけかもしれないし」
「そうだな。次、ウォーターキャタピラーだな。二体だ」
コクシンの言葉にミルコが「はいっ!」と手を上げる。やたら張り切ってるけど、大丈夫かいな。途中でへばっちゃわない?
ミルコが突撃し、コクシンが一閃して終わった。ちょっと弾力はあるけど、問題なく切れるレベルらしい。
落ちたのは小さな魔石と、十五センチくらいのトゲ。ウォーターキャタピラーのお尻についていたやつだ。毒はない。
「次はラダとレイトな」
「ミルコも!」
「ミルコはその後。周りを見るのも大事だぞ」
頬を膨らませながらもミルコが頷く。コクシン先生頼りになります。え? お父さん?
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もうすぐ『レイトの〜』小説 二巻が出ます!
書き下ろしもあるので、お楽しみに。