エルフとクリーム
なぜだがしょんぼりした二人と二匹が地べたに座っている。
「うん、いや、あのね? 反省会であって、誰それが悪いって吊し上げようってわけじゃないよ?」
「だが……」
「ていうか、それでいうなら俺だからね、一番悪いの」
「そんなことはない!」
コクシンが慌てたように片膝を立てた。いや、近いよ、顔が。ラダがオロオロしている。ミルコはよく分からないけど雰囲気的に怒られそうってことで凹んでいるんだろう。シュヴァルツは無反応だがなんとなくぺしょりとしている。
いや、ほんとにね。俺の指示があいまいだったせいだし。下調べしてはいても、実際に向き合うと想像してたより大きい! とか、素早い! っていうのは、よくあることだ。
それに俺たちって連携プレイってあまりしてないんだよね。俺が足止めしてコクシンが斬る、くらい。全員で一体を仕留めるってのはなかったんじゃないかな。
つまり、練習不足、認識不足ってことでさ。
「まぁ、それぞれ反省点あるから、次は頑張ろうねって話なだけだよ。はい、立って立って! すごい目立ってるから!」
場所は冒険者ギルド前。暴れニワトリの依頼を報告したあとで、「忘れないうちにご飯の前に反省会しようか」と言ったら、こうなった。なんでだ。俺がいつも皆を座らせて叱ってるみたいな構図になってるんだけども。
しぶしぶ立ち上がった皆を追い立て、その場を離れる。
「おーい。大事な肉を忘れてるぞー」
青蜥蜴のリーダーが追いかけてきた。おっと、そうだった。青蜥蜴のご厚意で一体分の暴れニワトリの肉を回してもらえることになってたんだった。依頼を取ったのは青蜥蜴とはいえ、一体しか倒せなかったから辞退しようと思ったんだけど、「最初はみんなそんなもんだ」と笑って快く寄越してくれることになった。
ちなみに、討伐した暴れニワトリはすべて冒険者ギルドで解体される。肉はそのまま買い取りでもいいし、引き取ってもいい。自分たちで食べる用であり、肉屋に売ることはできない。肉屋は冒険者ギルドから買う。こっそり冒険者から買い取ったりすると、どっちも罰せられるそうだ。ついでに密猟がバレると結構重い処分になるそうで、やむを得ない場合、例えば他の依頼中に襲われて倒してしまったなどのときは、速やかに報告することと言われた。まぁ、暴れニワトリは麦畑付近以外では人間に近づいてこないそうだから、だいたい嘘だとバレるらしいけど。
「ここで渡していいか?」
「あ、お願いします」
道端で魔法鞄から魔法鞄に暴れニワトリの肉を移動させた。Aランクの青蜥蜴はもちろん魔法鞄を持っている。
しかし、結構な量だな。後ろ足とか、いわゆる骨付きモモ肉みたいな感じで超デカい。コクシンに支えてもらいながら突っ込んだ。
ちなみに大きすぎるので、丸鶏の煮込み計画はなしになった。代わりに唐揚げを堪能してもらおう。
「じゃあな。がんばれよ!」
青蜥蜴リーダーは爽やかに手を振って冒険者ギルドに戻っていった。今からお酒を飲むらしい。まだ朝なんだけどな。彼ら的にはもう「今日は一日おつかれ〜」な気分なんだろう。
俺たちは朝ごはんがてら、宿に帰る。そのあとは、武器屋とか店巡りかな。寝直すのもいいだろう。
「なかなか優雅な朝食だな」
ガレットっていうんだろうか、薄く焼いた生地に焼いた肉と茹で野菜と堅焼き目玉焼きが載っていて、甘酸っぱいソースがかかっている。宿屋の朝食としては珍しい。
「うぐうぐ。これ美味しい」
頬を膨らましてラダが頷く。みんなも気に入ったようなので、また自分たちで作ってみてもいいかもしれない。外で食べるには上品すぎるだろうか。あ、クレープっぽく手で持てるようにしたらいいのか。
「それで、反省点だが……」
ひとしきり朝食を堪能したあとは、予定通り反省会である。切り出したコクシンにみんなの視線が向かう。
「えーと、私は斬るタイミングが遅かった……と」
「うぅん、というか、ミルコが突っ込んじゃったからね。あれはしょうがないと思うよ」
「え、ミルコ違った?!」
コクシンに続けた俺の言葉にミルコがびっくりする。
「いや、俺の指示が悪かったんだよ。コクシンが斬りかかったあとに押さえて…ってつもりだったんだけど。よく考えたら、全員で対応する必要はなかったんだよね」
「それは、えっと、レイトとミルコで倒せたってこと?」
ラダが首を傾げるのに、俺も首を傾げる。
「うーん。いや、尻尾の対応は必要だったと思う。あれ、結構強そうだったよね?」
コクシンを見ると、「そうだな」と頷いた。
「小さいミルコやレイトならふっ飛ばされそうだ」
おい。俺はミルコと同列か。もうちょっと踏ん張れるわ。ぴくっと俺が反応したのに気づいたのか、慌ててコクシンが付け加えた。
「ラダや私でも怪我をするだろう!」
そうじゃない。
まあいい。
「青蜥蜴のおかげで危なげなく足りないものが分かったわけだし、あとは数をこなしてうまくはまるパターンを見つけていこう。それでまた、暴れニワトリに挑戦しようね」
コクコクとみんなが頷く。うむ。知識は大事だが、経験も大事。いい経験をしたと思っておこう。
「それはともかく、おかわりしていい?」
ラダがガレットをペロッと平らげて俺を見た。
「いいけど、朝からよく入るね」
「美味しい♪」
まあ美味しいけども。これ用の生地なのかな。味が濃い目で食べやすい。ラダが手を挙げて追加注文するのを見ながら、俺は最後の一口を嚥下した。俺はもうお腹いっぱいだよ。
「フルーツと生クリームでおやつに食べたいなぁ」
チョコバナナで食べたい。バナナはまだ見たことないな。チョコはたしか、カカオの状態で見たことあったような……。あと桃とか苺とか蜜柑も欲しい、レモンはあったんだよな、オレンジっぽいのも。
「生クリーム……えーと、バターがあるんならありそうな気もするんだけど。生クリームって牛乳からどう作るんだっけ?」
「ナマクリームというのがどういったものかは知らないが、フルーツに付けると美味しいクリムなら手に入るよ」
首を傾げて考え込んでいた俺に、不意にそんな声がかけられた。全部声に出ていたらしい。左隣の席に顔を向けると、ナイフとフォークを手にしたエルフがいた。
「やぁ。突然ごめんね。たまたま聞こえてきたものだから」
俺を見てにこりと笑うエルフのほっぺたが片一方膨れている。皿には山盛りのスライス肉とマッシュポテト。その脇にはLLサイズのオレンジジュース。あ、オレンジあるな。
エルフはフォークを肉に刺し、ナイフでたっぷりとマッシュポテトを載せた。
「この店にもあるはずだよ」
そう言って、手を挙げて店員を呼ぶ。ぽかんとしている間に、コソコソとなにかを注文したらしい。
ぽかんとしているのは、いきなり話しかけられたからじゃなくて、エルフがエルフじゃなかったからだ。いや、エルフなんだが、いわゆる弓と自然の似合うほっそりした男女ともに美形、なエルフじゃない。
「ふふふ。私の体形に驚いているのかな?」
「えっ、あ、いや、すみません!」
やべぇ、人の容姿をじっと見るもんじゃない。失礼な態度をとってしまったと、慌てて頭を下げた。エルフはニコニコと笑っている。
「気にしていないよ。私は食べるのが好きでねぇ、森から出て以来、増える一方だよ」
もぐもぐしながらお腹をポンと叩く。エルフさんはぷっくり丸と丸で表現できるぽっちゃりさんだった。でも顔は彫り深めの美形。
「お待たせいたしました。このままでいいとのことでしたが」
給仕ではなく、コック服の男の人が着た。手にした銀色のお盆の上には、黄色くて半円の形のなにかが載っている。
「うん。ありがとう。今日の朝食も最高だよ」
「ありがとうございます」
コック服の男の人はお盆をテーブルの上に置くと、嬉しそうに奥へと戻っていった。
「これがクリムの実。割ると、柔らかくて甘い果実が出てくるんだよ。ミルクでなめらかにして和えたり、このマッシュポテトのように皿に添えたりするね」
エルフはそう言うと、「ふんっ」とオムレツみたいななにかに力を加えて割った。ぱかっと側面から割れた片割れを、俺の方に差し出してきた。分厚い外皮の内側に、薄黄色のものが詰まっている。
「そのままで食べられるから、舐めてごらん」
「えっと、じゃあ、いただきます」
さすがに指を突っ込むのはマナー違反だろうと、使っていないティースプーンですくい取ってみた。お茶にミルクを入れて混ぜるためのスプーンだが、俺はストレートで飲んだのでね。ちなみに俺の分のミルクはミルコのカップに注がれた。
もっちりとしたちょっと硬めのクリームのようだった。ふわりと優しい甘さが鼻をくすぐる。ふと、こっちをじーっと見ているコクシンたちの視線に気づいた。ここでスプーンを舐めてしまうと、俺しか食べられなくなる。
「あの……」
「いいよ。彼らの分もすくってやるといい。というか、こっちをあげようね。全部食べていいよ」
エルフに聞こうとしたら、くっくっと笑いをこらえながらクリムの実の半分をお盆に載せて俺たちのテーブルの真ん中に置いてくれた。なんかすまない。うちの連中、珍しい食べ物に目がないんですよ。筆頭は俺ですけどね。
みんなでペコペコありがとうを言って、それぞれ自分のスプーンを突っ込む。
「いただきます」
あむり。こ、これは!
「「甘〜い!」」
ミルコとラダがほっぺたを押さえて叫んだ。コクシンはこくりと一頷き。シュヴァルツは興味なし。賑やかだなぁとばかりに俺のフードへと潜っていってしまった。
そこはかとなくキャラメル風味のツインシューのクリームのお味! つまりは、ホイップクリームとカスタードクリームを混ぜてちょっと香ばしさを足した感じ? めっちゃ美味い。これでクレープ作ったら絶対美味いやつ。
みんなですくいまくって、クリムの実の半分あっという間に平らげた。種はないらしく、皮しか残らない。
ちなみにエルフがもう半分を一人で平らげていた。
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