本日の予定
おはようございます。レイトですよ。清々しい朝で、目覚めもバッチリ。やっぱり夜は静かなのがいいよね。ついでに寝具は清潔だとうれしい。
ライナスさん達にお暇を告げたあとの宿探しの結果、住民区にて宿を確保できた。商隊向けの宿らしく小ぎれいな馬小屋付きなのが決め手だった。まあその分お高めなので、キリキリ働かないとやばい。でも風呂があったのと、部屋がきれいだったんで不満はない。
「もう一回お風呂入ってこようかな〜」
服を着替えながら呟くと、まだ布団の中にいるラダに顔上半分だけ出している状態で「お風呂は夜だけでしょ」とくぐもった声で言われた。
別に寒いわけじゃない。肌触りがいいだけだ。
「え、そうだっけ?」
「私もそう聞いた」
すでに着替え終わっていたコクシンの言葉にうなだれる。そうか〜。夜だけか〜。残念。
この宿、大風呂っていうか湯船付きの設備があるんだよ。なぜか浅いし、衝立あるだけで女風呂とガッツリ繋がってたけど。お湯もきれいだったし、銭湯みたいで楽しかった。
風呂上がりの牛乳はなかった。
「じゃあ、朝ご飯か」
ないものはない。夜に期待しよう。
ところで、まだミルコが寝ている。仰向けに大の字になって寝ているので、丸いお腹が上下するのがよく見える。薄手の布団をかけていたのに、脇で丸まってしまっていた。
そっとシュヴァルツを持ち上げる。シュヴァルツは起きてるんだか寝てるんだかわからない。ミルコの腹の上にシュヴァルツをそっと載せてみた。
「……なにをしてるんだ?」
呆れたようなコクシンの声。いや、意味はないんだよ。みかんを見ると積み重ねたくなるでしょ。そういうアレだよ。
横目で見ていたラダがおもむろに起き出し、シュヴァルツの上にそっとお皿を置いた。なぜにお皿チョイス。と思っていたら、さらにその上に焼き菓子らしきものを載せた。
ミルコの呼吸とともにシュヴァルツとお皿と焼き菓子が落ちることなく上下する。
「ラダ。そのお菓子なぁに? 俺見たことないけど」
なぜラダは自分の鞄にお皿や見知らぬ焼き菓子を入れてるのかな?
「ふぇっ」
ラダは、ビクッとしたあとスーッと目を逸らした。布団にもぐり込もうとするんじゃないよ。起きて!
「別に怒らないよ。好きにしていいってお金渡してるんだから。いつ食べてるのかなって思っただけだよ?」
パーティーのお金は俺預かりで、たまに小遣いみたいにそれぞれに渡して「一時間ほど解散ー!」ってすることがある。その時に買い込んだものだろう。別になぜ俺には分けてくれないんだとか思ってない。ただ、それを食べているところを見たことがない。始終一緒にいるのに、ねぇ。
「夜中に食べている」
んぎっと口を結ぶラダに対し、コクシンがさらっと暴露した。
「ちょっと、コクシン!」
「レイトが寝ている間に、魔法鞄からこっそりハチミツを取り出してたっぷりかけて食べていた。ちなみに野営中の出来事だ」
「あばばば」
「……虫歯になっても知らないからね」
ちろっと見やる俺に、ラダは「だっていつもかけすぎってレイトが言うから〜」といちおう反論してくる。だからってこっそり食べてどうする。
まあラダ製の苦くない初級回復薬を毎日飲んでるんで、虫歯の心配は要らないだろうけど。太りは……うーん、ラダの体型的にこれも問題なさそう。
「ほどほどにね」
油断するとあとから来るからな。
「ミルコ〜。朝だよー!」
遊びもほどほどにして、焼き菓子はお皿ごとラダに返してミルコをゆすり起こす。ちょっとラダ。焼き菓子を自分の口に収納するんじゃないよ。
「んぇー」
平泳ぎみたいに手足を動かすミルコ。しばらくジタバタしてから目を開けて、ぴょいんと起き上がった。寝起きなのにめっちゃ動くな。
ちなみに載っかったままだったシュヴァルツは横に転がっている。寝てたのか、ごめんよ。
「ミルコ起きたよ!」
「おーう。着替え……はないんだった。顔洗っておいで」
「はーい」
ベッドから飛び降りたミルコは、ラダのズボンを引っ張りながら部屋の外へと向かった。井戸水を汲むにしても、魔法で水を出すにしてもミルコは出来ないので、そういう時のお助け要員がラダのようだ。
俺は窓から顔を出して、自分で水を出しながら洗う。人がいないタイミングを見極めるのが大事。
「今日は?」
忘れ物チェックをしているコクシン。
「うーんと、とりあえず冒険者ギルドかな。ダンジョンの情報知りたいし、暴れニワトリの依頼もあるし、骨喰リスの処理もあるし。あーとは、見つけたダンジョンがどうなったのかも知りたいところだね。ラッカとアリスがいたらいいんだけど」
「あれから何日経ったっけな」
コクシンが首を傾げる。
亡霊の草原前で何日か野営したし、その後も寄り道しちゃったからね。カレンダーとかないから、日付感覚が全くない。ご飯に困らないから、あと何日で街に着かないとヤバい! みたいなのもないし。まあさすがに依頼を受けてるときは気を付けてるけども。
「あとは、食料の買い出しと、武器防具屋巡り。その前にある程度稼いでおきたい。宿代もあるし。それからダンジョンに入る、かなぁ」
「ダンジョンで稼ぐんじゃないのか?」
二人並んで部屋を出る。シュヴァルツはピックアップして俺のフードの中だ。ちょうどミルコとラダが戻ってきたので、階下の食堂に向かう。え、ラダの着替えがまだ? 十五秒で支度しなぁ! って、うそうそ。ちゃんと待ってるから。
「どれぐらいのレベルのダンジョンかにもよるね。まあ駆け出しでも稼ぐために潜ってるみたいな話だったから、俺達でもある程度の深さまでは大丈夫だろうけど」
「そうか。まあ急ぐ旅でもないからな」
「うんうん。フィールドタイプらしいし、楽しみ」
知らずニコニコしていたらしい。コクシンに「レイトが嬉しそうで、私も嬉しい」なんて、にこやかに言われた。早朝からなんなのこの人。どういう反応をしていいかわからず、へらっと笑っておいた。
朝ご飯はシンプルに、パンとサラダとスープ。パンはお代わり自由だった。
ちなみに朝ご飯は料金に含まれてるけど、夜は別料金。まだベーグルがお腹の中にいたので、昨夜は食べていない。今日はどうしようか。ちらっとメニュー表見たら、財布の中身を確かめたくなるお値段だった。稼がねば……。
住民区から冒険者街へと足を運ぶ。途中の分断している壁には馬車も通れるような大きな門が装備されていたが、衛兵によるチェック等はなかった。ただ、いざというときに門を閉めるためにか、人員は派遣されている。重そうな門だが、これ人力で閉めるのかな。
こっちは通りを歩く人達の様相がガラッと変わった。ほぼ冒険者風。あとは商売の人か、職人。一気に男率が上がった気がしてげんなりする。女性冒険者もいるのはいるんだが。
ガチャガチャと鎧の擦れる音や剣が触れる音が響き、血なまぐさい袋を担いだ男が通ったかと思えば、派手な角付の兜に目を奪われたりする。
小一時間ほど人間観察をしていたい。
「ん。ここだな冒険者ギルド」
前を歩いていたコクシンが立ち止まった。探さなくても人の流れに乗れば冒険者ギルドにたどり着く。そんな感じだった。
二階建ての頑丈そうな大きな建物だ。扉がひっきりなしに開いては閉まりして人の出入りがある。うーん、やっぱり朝イチという時間はずらすべきだったかな。
とりあえず、左右にコクシンとラダを配置して扉をくぐる。別に縦列でもよかったんだけど、扉がデカかったのでつい。三人でバーンと入ってみたものの、特に視線が集まるということはなかった。ちょっとイキってるみたいで恥ずかしいじゃないか。ミルコが気にせずトコトコと中に入っていく。
「コクシン」
「ああ、そうだな」
屈んだコクシンがミルコを抱き上げた。
「なんでぇ。歩くの!」
「人多いから。踏まれちゃうよ」
さすがに拐われはしないだろうけど、念のため。
ほおを膨らませたものの、ミルコはおとなしくコクシンの腕の中にいる。
「さてさて。依頼書見てみる?」
「あの人混みに? レイト踏まれない?」
「踏まれないよ?」
何いってんの、ラダってば。
依頼書が貼られている掲示板の前には人だかりができていた。一部紙を奪い合っている人達が見られる。……足は踏まれそうだな。
「資料室行こうか」
朝の時間から資料室に行く人は少ないだろう。職員達は忙しそうなので、上につられているプレートを見て部屋を探した。ダンジョン都市ということもあってか、ギルドの規模も人員も一番だ。二階への階段の脇にあった資料室も、今までで一番大きい。司書みたいな人までいた。
「おやおや。かわいらしいお客さんだね」
鼻メガネのおじいちゃんだった。それは俺のことか。ミルコのことか。全員に関してか。まあいい。
「おはようございます。ここ、勝手に見てもいいんですか?」
「はい、おはよう。破ったり持ち出したりしなければ自由に見てもらって構わないよ。何か探しているものがあるなら、わしが場所を教えることもできる」
「うーん、じゃあ、暴れニワトリの資料と、ここのダンジョンの資料をお願いします」
好きに見て回るのも楽しそうだが、とりあえず目的から達しよう。そう思うくらいには本がたくさんある。ずらりと並んだ本棚に、ほぼぎっしり本が詰まっている。数えるほどしかなかったどこぞの冒険者ギルドとは大違いだ。
「それにしても、すごい蔵書だな」
コクシンも半ば呆れたような口ぶりだ。
おじいちゃんがすっと立ち上がり、手近な本棚から数冊を抜き取った。かすかに本の匂い、インクの匂いだろうか、そんなのがする。資料室内に四人がけのテーブル席があったので、そこで待つ。俺達以外の訪問者はいないようだ。