ひよこの真実
日本語ってムズカシイ……。
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ぱきゃっと音を立てて卵の殻が割れる。花の陰に卵が消えるのが見えた。これ、ラダの投擲でも簡単に倒せそうだな。卵のドロップ率がレアじゃなければ、卵がどんどん手に入るぞ。
「……ん? く、くさっ!?」
「うぐっ」
ぷぅ~んと漂ってきた臭いに思わず鼻を押さえた。コクシンも喉が詰まったような音を出している。が、臭いはすぐに消えてしまった。
「なんだったんだ?」
「あ~たぶん卵が腐ってたんだと思う。鑑定の説明文にあった。あの臭いかぶることになったかもしれないと思うと、恐ろしいな」
怪訝そうな顔のコクシンに説明すると、ぎゅっと眉を寄せた。
「私は絶対に近接戦はしない」
「うん。気をつけよう」
よっぽど嫌な臭いだったらしい。握りこぶし付きで宣言するコクシンに頷く。
「まあ、いざとなったら、洗うなり消臭剤使うなりすればいいんだけどさ」
「……それはそうだが」
周りを警戒しつつ、卵が消えた辺りに向かう。
ダンジョンの不思議とでもいうべきか。戦闘中に浴びた魔物の血肉やその他諸々は、戦闘が終わっても俺達の体を汚したまま残る。だが、地面に落ちたものは死体とともに消えてしまうのだ。
臭いも、体につかなければ魔物の死体とともに消えてしまうのだろう。けれど浴びてしまうと、ラッカのようにデロデロになった上にくっさいことになる。エンガチョである。
「あ、あった。魔石かぁ」
小さな魔石を拾い上げ、ちょっとがっかり。普通の人には魔石のほうが価値があるのかもしれないが。いや、でもどうなんだろう。極小だし、卵のほうが値がつくのかな。
「次を探すか?」
「うん。気配はある?」
「うーん。近いのは戻ることになるな」
「そっか。じゃあ、そいつは放っといて、とりあえず一周してみるか」
「わかった」
歩き出したコクシンのすぐ後に続いた。コクシンが左右を確認したあと、俺に視線を落とす。前後左右、俺。左右、俺。チェックが激しい。変顔してやろうかな。
「どこか痛いのか?」
……笑わせようとしただけです。
「は〜。それにしても、出ないね」
道がないので、仕方なく花を踏み潰しながら歩く。平坦などこまでも続く花畑。時々岩や木はあるけど、代わり映えのしない景色だ。しかもエンカウント率が低い。
「左前方にいるが、ロープがあるから拾いに行けないな」
「外してちょっと行って戻ってくる?」
「……やめておこう」
まあ別にいいけど。
「あ。こっちにおびき寄せればいいんじゃね? ちょっと掠らせるとかすれば、怒って来るかも」
コクシンはちらっと俺を見てから、「じゃあ、やってみよう」と頷いた。
ひょこひょこと白い頭頂部が見える。そういえば、この階層、卵の魔物しか出ないんだろうか。他の魔物も食べ物系のドロップアイテムだったら、食料ダンジョンという位置づけになる。亡霊の草原の地下に食料ダンジョン。好き嫌い分かれそうだな。
魔法鞄から石を取り出す。手のひらサイズのちょうどいい適当な石。これを、投げます。
ぽとり。
俺達と魔物の真ん中くらいに落ちた。
「「……」」
飛距離足りんかったー! 全然足りてない! 調子こいて石でも釣れるんじゃね? とか思ってすみませんでしたー! 『投擲』スキルがないと、こんなもんだよね!
魔物は我関せずとひょこひょこしている。今度はちゃんと矢で狙う。当てると割れるから、掠るくらい。なんなら、狙われてると思わせられれば、当たらなくてもいい。
ぱきゃ。
「割れたぞ?」
見えてるよ! くっそー。外したはずがど真ん中だったじゃん。いや、俺は悪くないんだよ? 俺はちゃんと外したんだ。卵が転けたんだよ。わざわざ矢の方に転けて当たったんだ。どんな確率だよ。
ベルトに付けられたロープに余裕はない。外して取りに行くか、ドロップアイテムを諦めるかだが。コクシンを見上げると、フリフリと首を横に振った。行って戻ってくるだけなのになぁ。まあいい。
「じゃあ、次を探そう」
テクテクと花畑を歩く。ラッカとアリスの方はどうなってるんだろう。もう階段を見つけたのだろうか。ていうか。
「今何時ぐらいかな」
「さあ。眠くなってきた?」
「それはまだ大丈夫だけど、ラダ達どうしてるかなぁと。大人しく寝てると思う?」
小首を傾げたコクシンは「いや」と首を振った。
「私達が戻るまで起きているだろう。ミルコは寝てるかもしれないが」
「だよね~」
やっぱり一度戻ったほうがよかったかな。
「ん、いたぞ。真っすぐ前方だ」
「はーい。次こそひよこ!」
でも楽しいんだからしょうがない。そう。拒否したのはラダだもの。卵いっぱいお土産で持って帰るので許してくれないかなぁ。
こっちに向かってきた卵と向き合う。縞模様だ。緑と黒の。スイカなの……? ちなみに鑑定文は同じだった。殻の模様は個性なだけらしい。
敵と認めたのか、ぐっと踏み込んだあと飛びかかってきた。ちらっとコクシンを見てから、矢を射る。その直後コクシンが俺を抱えて横っ飛びをした。空中で卵が破裂している。
「わぉ。ギリギリだったね」
「結構飛び散るんだな。一対一だからいいけど、複数出てきたら、絶対、浴びる……」
「あはは。もう覚悟するしかないね」
たぶん、一回浴びたら吹っ切れるから。
さぁて、ドロップアイテムはなにかな?
魔石でも卵でもない。
ぐっしょりぐったり横たわっている物体。くちばしらしきものがあって、二本の脚がある。う、羽毛っぽいのも見受けられる。
「ひよ、ひよこぉーーーーーー!」
どう見ても、孵化に失敗したひよこだ。生きているようにはとても見えない。ふわふわでピヨピヨのひよこではなく、しっとりしーんのひよこだった……。
「死んでるのか?」
隣でコクシンがしゃがんで覗き込んでいる。その指がツンツンとひよこをつついた。『ただのしかばねのようだ』というフレーズが頭をよぎる。ひよこはピクリともしなかった。
「か、鑑定」
『ひよこ(孵化前)
食用。珍味。栄養抜群。丸ごと食べられるよ。調理はしてね。』
「しょくっ……」
食べちゃうのっ!? ひよこ表記でこれっていいのっ? いや、そういうなりかけのを食すのは、前世でもあったけどさ。食べたことはないけど、あれはもうちょっと卵寄りだったような……。
「レイト? 入れないのか? 消えてしまうぞ」
固まっていたら、コクシンがひよこ(孵化前)を手ですくい上げて差し出してきた。
「ぴぇ」
「ぴ?」
「い、入れといて」
魔法鞄の蓋を開けてコクシンの方に向ける。コクシンは首を傾げながらも、それをそっとしまってくれた。
せめて、せめて卵詰めの状態でお願いします! あ、でも、それだと一個一個鑑定しないと、ホットケーキ作ろうとしてデロンと出てくる羽目になるっ。瓶詰めは瓶詰めでアレな見た目だしっ。
持って帰らないという手もあるけど、まあ、一個くらいは証拠としてしょうがないか。俺が食べなければ問題なし。
「これ、食用って出たんだけどさ」
「ふぅん」
あっれー? コクシンは拒否感ないんだ? あれがひよこで生まれる前で珍味扱いだと説明しても、首を傾げるだけだ。
「レイトは卵も親鳥も食べるじゃないか」
「……それを言われるとなにも言えないんだけどさ。見た目……いや、なんだろうな……」
そうだよなぁ。卵も親鳥も食べといて、ひよこはちょっと……っていうのは違うよな。たぶん字面のイメージに引きずられてるんだ。いや、前世のイメージかな。
まあ、深く考えると肉が食えなくなるからこの辺でやめておこう。
「嫌ならひよこは放置しておくか?」
俺のテンションが下がっているのに気づいたのか、コクシンが聞いてくる。
「いや、大丈夫。珍味ってことは、高く売れそうだし」
「売るんだ?」
「えっ。食べたい?」
「レイトはだいたいなんでも食べるから、そうは言いつつ食べるんだと思った」
「……俺にだって無理なものはあるよ」
「そうか」
なんてことを言いながら、コクシンが剣を振った。風の刃が飛んでいった横の方で、ぱきゃっと音がする。あれ。コクシンも参戦しちゃうの?
「ん、いや。どれくらいのものか確かめておこうと思って」
「で、どうだった?」
「脆いな。最小の魔力で飛ばしたつもりだけど。ぶつかっただけで割れそうだ」
「あ~自爆ってそれかもね」
ヒップアタックも結局自爆になるんじゃなかろうか。当たる場所が頭か尻かの違いだと思う。
「ってことはさ、避けるだけで勝手に潰れるんじゃない?」
さてさて、ドロップアイテムは……。お、やったー! 卵二個目!
「いちおう足があるから、着地はするんじゃないか? 次ので試してみようか」
ってことで次のを探す。探すといえば金と銀の花だけど、ないもんだなぁ。なにか条件とかあるのかな。
しばらく歩いたあと、コクシンが右側を指さした。花がゆらゆらと揺れている。すぐに白い頭が現れた。
弓を構えたところで、何かに気づいたのかコクシンが「うん?」と声に出した。
「どうしたの?」
「いや、足が違うなと思って」
「脚?」
出てきたのは真っ白の卵らしい見た目の突撃卵だった。コクシンの言葉にそいつの足に目をやる。
なるほど。たしかに違う。カエルの足じゃなくて、アヒルの足だ。水かきがあって似てはいるが、色も形状もちょっと違う。
だからといってなんだというのか。
「とりあえず、鑑定!」