とりあえず入ってみる
ご想像どおりでした!
あと、8月27日、コミック版『レイトのゆるーい転生生活』が連載開始予定です! 火曜日配信らしいですよ。楽しみですね!
「うーん。暗くて中は見えないね」
ぽっかり横壁に空いた穴は、背の高いコクシンだとちょっと頭をぶつけそうな高さだ。ひんやりした風が吹いてくる……わけでもなく、ただ視界的に穴があるだけのように見える。
「というか、これダンジョンじゃねぇかな」
座り込んだままラッカが言うのに、「えっ?」とマジマジと穴を見やる。そういえばこの、向こうが見えない穴ってアンデッドダンジョンの入口で見たアレに似ている気がする。
明かりの魔法を近づけてみると、穴の向こうには光が届いていないどころか、明かりの玉自体が壁にあたったように止まった。
「あ~そうかも。ていうか、こんなところにダンジョンあるとか知ってた?」
「知ってるわけないだろ」
「未発見のダンジョンかぁ。やべぇ、なにが出るんだろうな?」
「入るなよ? なんの準備もなく立ち入るとか、自殺行為だぞ」
言いながら立ち上がったラッカを意外に思いながら見やる。俺の視線に気づいたラッカが、「なんだよ」と片眉を上げた。
「いやぁ、ノリノリで入っていくのかと思ったから」
「俺にだって分別はあるよ。ただの縦穴とダンジョンは別物だって。てか、入らないとは言ってないだろ。準備が必要だって……あ、おまえら魔法鞄持ってんだっけ」
不意に俺とコクシンを見て考えるように首を傾げた。
「食料と回復薬が十分にあるなら、覗くだけならいけるかもな」
コクシンと顔を見合わせる。
「危険はないのか?」
そう聞くコクシンに、ラッカは「もちろんあるよ」と答えた。
「俺らはダンジョンは三か所しか行ったことがないから、絶対とはいえない。ただ入ってすぐの場所は魔物が出ないっていうのは定説だし、罠もそう。だから、ほんの少し移動して魔物の姿を見るところまでなら問題ないと思うんだよな」
「ほう」
「報告を上げるにしても、ちゃんとダンジョンだと確認したほうが話が早いしな。あ、ダンジョン発見は報告義務があんだよ」
「そうなんだ。ラッカさんいろんなことよく知ってるね」
俺も魔物に関しては知識を貯めていってるつもりだけど、世の中の常識とか、冒険者ギルドの常識とかはまだまだだ。まあ、印象良くないギルドがあったせいで、必要以上に立ち入らないようにしているからかもしれないが。冒険者仲間と飲み交わせば、そういう知識も増えるんだろうか。
「ははっ。死にたくはないからな」
グシャグシャと髪をかき回されて、慌てて後ろに下がる。照れ隠しに撫で回すのはやめてほしい。
しかし『死にたくはない』というのは当たり前であって重い言葉だよな。チャラそうに見えてそのへんの見極めはしっかりしているみたいだ。……そのわりには、悪ふざけが過ぎて俺に頭撃ち抜かれるところだったけど。
「ちょっと〜コソコソいつまでしゃべってんの?」
頭上からの声に振り仰ぐと、アリスがロープ一本で身軽に降りてきているところだった。えー。この人まで降りてきちゃってどうすんのよ。
「ねーちゃん。見てよ、これ」
さすがに四人がいると穴の中は狭い。俺とコクシンは壁際に寄り、アリスの場所を空けた。不用意にもたれると、また崩れるかもしれないから気をつける。
「え、これダンジョン!? あなた達なに見つけちゃってんのよ!」
不可抗力です。偶然、たまたま、意図せずです。
「で、どうするの?」
「覗くだけなら問題ないんじゃないかと思ってるんだけど、ねーちゃんどう思う?」
アリスはあごに手を当てて考えている。
「あなた達、怪我はない? 魔力は?」
「あ、俺は問題ないよ」
いくらか使ったけど、ほぼ回復している。コクシンはと見ると、「問題ない」と頷いた。さっき風の魔法大きめのを使ったけど、大丈夫なのかな。まあ、こういうときに嘘は言わないだろう。
「なんなら、魔力回復薬提供するよ」
ポンポンと魔法鞄を叩く。
「それがあったわね。じゃあ、大丈夫なんじゃない?」
意外と軽く許可が出た。
「いったん戻ったほうがよくないか」
コクシンが俺にそう言ってくる。うーん。一旦落ち着いて再考すべきか、勢いで行ってしまうか。
「戻ったら、絶対ラダ達も来たいって言うと思うんだよね。それか、止められそう」
「まあ、うん。そうかもな」
「ぶっちゃけ、さっきの救援魔法とか地響きとかで心配かけてるだろうし、ならついでに怒られ事が一個増えたところで、いんじゃね……みたいな」
「……そうか。レイトがいいなら私は構わないが」
「いや、そこは止めなさいよ」
いつものように俺のやりたいようにさせるコクシンに、アリスが思わず突っ込む。
「大丈夫大丈夫。危ないと思ったら、さっさと出てくるから」
「まあ、あたし達にだって止める権利はないけどね。冒険者は基本自己責任だから。ただし無茶をして他人に迷惑をかけるのはご法度よ。はい、じゃ、入ってみるに賛成の人〜」
アリスの言葉に、その場にいる全員が手を挙げた。まるでちょっとそのへんの小山に登る遠足だ。お姉さんの入る前の注意事項をおとなしく聞き入り、みんなで手をつないだ。バラけた場所に出たという事例はないが、念の為だそうだ。
「行くよ〜」
アリスが先頭を切る。アリスと手をつないだラッカ、俺、コクシンの順で穴へと立ち入った。
湿気ていた空気が変わり、乾いた暖かい風が頰を撫でる。閉じていた目を開けると、そこに広がっているのは……花畑だった。
「ふ、ふぉぉ」
なんだこれ。一面カラフルな花畑だ。赤とか黄色とか、原色に近い色の花びらが、風に揺れているので目がチカチカする。
かすかに甘い香りがするのは、花由来のものだろうか。
ラッカとの手は離れたが、コクシンとはまだ手をつないでいる。そのまましゃがみ込むと、つられるようにコクシンもしゃがんだ。ていうか、ヤンキー座りはやめろ。
花びらが大きく、四枚か五枚ついている。茎一本につき花は一つ。葉っぱは丸かったりギザギザだったり統一性がない。同じ花なのかどうかよく分からない。
「フィールドタイプのダンジョンみたいね。これは厄介だわ」
アリスの言葉に顔を上げる。
「目印になるようなものがないでしょ。こういうダンジョンって方向感覚狂うのよ」
「なるほど」
たしかに背の低い花ばかりで、目印になりそうな木や岩が見当たらない。小道があるというわけでもなさそうで、花の中を縫って歩いていくことになりそうだ。
「あとは出てくる魔物ね。系統でもわかればいいんだけど」
「俺絶対アンデッド系だと思ったんだけどなぁ」
ラッカが腰に手を当ててつぶやく。
まあ、上にあれだけ幽霊いたんだもんな。ダンジョンの影響とかあるのかもと思ったけど、花畑にアンデッドはなぁ。いや、いてもいいけどさ。ていうか、ここがアンデッドダンジョンなら、かぶるな。
「ここにいても出てこないみたいね。少しだけ奥へ行ってみる?」
アリスが見下ろしてくる。と、コクシンがくんくんっと手を引いた。「なに?」と顔を寄せると、双翼の二人には聞こえないような小声で、
「花の鑑定はしたのか? 踏んだりしても大丈夫なのか、これ」
と、自分のブーツの先にある花を指でつついた。すでにラッカが素手で触っていたので、触るのは問題ないと思ったのだろう。
「……忘れてたわ。ちょい待って」
小声で返し、目の前の黄色い花びらの花を『鑑定』!
『〜〜ダンジョンの花
ただの花。踏みにじるなり焼き払うなりお好きにどうぞ。金と銀の花はいいことがある。
食べられないことはないが、無味無臭。』
ひでぇ。鑑定さん花に恨みでもあんのか。
『〜〜』はまだダンジョン名がついていないからだろう。金と銀の花だけは別になにかあると。
「大丈夫。ただの花だってさ」
コクシンに報告すると、安心したように頷いた。先に立ち上がった彼に引っ張られるようにして立ち上がる。
「じゃ、行ってみようか」
アリスと目を合わせる。コソコソしているのを待っていてくれた。興味深げに見てはくるが、聞いてはこない。
振り返ると、黒くポッカリと出入り口が宙に浮いていた。洞窟ダンジョンのように壁がないので、入口は浮いているらしい。
「これ、裏からでも入れるの?」
何気なく聞くと、問題なく出入りできるらしかった。ついでにフィールドタイプとはいっても、無限の空間が広がっているわけではないらしい。どこかで透明の壁に突き当たるか、ループしているんだとか。ループだとやばいな。それこそ遭難しそうだ。
とりあえず入口近くに大きめの岩を置く。もちろん、俺の魔法鞄から出した岩だ。それにロープを巻き付け先は手に持っておく。これでロープが届く範囲でなら迷子にならない。
「なんてものを入れてるのよ」
アリスには呆れられたが、こうして役に立っているではないか。なんでも入れておくもんだね、ホント。
まあ、実際はそこまでしなくても初ダンジョン産魔物と出くわした。
「……あれは食えるんだろうか」
思わず漏らした俺を変な目で見ないでほしい。